第十二章:再来

 昭和三十八年二月


 日本は高度成長期、インフラ整備が進み町並みは日々進化、十月には東京オリンピックを控えまさに日本は生まれ変わる最中だった。

 俺は長門夫妻、木谷さんと定期的に連絡を取り合い現在地を常に知らせていた。そのとき俺は自動車の生産工場で寮に入り働いていた。その日もいつもと変わりない日常が流れている。特に何事もなく、仕事はかなりきついが給料はそこそこ良い。金の使い道が無いので大体は木谷さんへ養育費として送金し、残りは貯金へ回していた。はっきりいって木谷さんの収入はかなりのものだ、俺が送金したとしてもさほど意味が無いことは分かっていた。それでも父親として何か関わりを持ちたかったのだ。単に俺の自己満足と言われればそれまでだが。そんな代わり映えしないその日、木谷さんから寮に電話があった。

「ハル君、元気かい?」

「木谷さんお久しぶりです。相変わらずです。月音は元気ですか?」

「ああ、元気でいるよ。実は月音の学校の事で相談があって電話したんだ」

「近いうちこちらに顔を出してもらえないだろうか? 大事な話なので実際に会って話したい」

「長門さんの家で会えればと思ってね、いいかなハル君?」

「ええ、もちろんです。では今週の土曜日夕方くらいに伺います。いかがでしょう?」

「ああ、土曜日だと私達も都合がいい、その予定で頼むよ、長門さんにはこちらで伝えておくので」

「分かりました。では今週土曜日に伺います」


 月音に会ったのは三歳ころが最後だった。物心がつく前に会うことは止めた方が良いと判断したからだ。俺が誰なのか何故会いに来るのか疑問に思うような事は避けようと、それ以来月音には会っていない。たまに木谷さんから写真が送られてくるがそれも小学五年生が最後だった。月音が写真を嫌がるようになったそうだ。何故かはわからないが年頃なのだろう。ただ、全てがうまくいっていたわけではなかった。月音の生みの親は月世であり父親は俺、残念ながら生まれてきた月音にも体に異変があったのだ。

 それに気づいたのは七歳頃という話だ。木谷さんの調べた結果、月音は月世と同じ病気を持っていたという。それだけではなかった。なんと俺の不老の力まで持ち合わせていたそうだ。もちろん、全てが解明されたわけではなく、そうだと分かったというだけで対処法は無いに等しい。ただ、月音は俺とは違いちゃんと歳をとっている。

 木谷さんの仮説では、月世の病気はそのまま遺伝し、不老の力でそれが抑えられているのではないかということだ。簡単に言うと病気と不老が拮抗し相殺されているといった感じなのだろう。木谷さんが心配しているのはそのバランスの崩れが置きた場合どうなるのかだ。今まではそういう現象は起きなかったらしい。もしそうなった場合、成長が止まるのか? もしくは思いもしない現象が発生するのか? どちらにしろ人知を超えたものである事に変わりはない。

 症状として高熱を出すことがちょくちょくあるらしい。しかし、この場合は体調が悪くなるのではなくむしろ良くなるとの事だった。逆に体温が低下するときは調子を崩してしまう。とにかく低温だけは避けるために水場、雨や雪に注意が必要だそうだ。月世もよく高熱に苦しめられていた。もちろんだが月世は高熱で体調を崩す。単純に考えると病気の悪化で高熱に見舞われる。しかし、むしろ体調が良くなると言う事は不老の力が月音にとって負担になっているのかもしれない。いずれにせよ、残念ながら普通の体ではなかったことに親として申し訳ない気持ちでいる。

 今回は月音の学校について相談と言っていたが、俺に出る幕があるのだろうか? どちらにせよ、俺に出来るのは金銭的に少しでも力になれれば、それだけで自分の生きている意味があるように思えた。


 土曜日を迎えた。前もって職場には休暇届を出してある、当たり前か。俺は駅に向かい長門家へと向かった。俺が住む町から三時間ほどで到着。懐かしい、ここへ来ると月世の事を思い出し目頭が熱くなる。俺は相変わらず月世の事が忘れられないでいた。それでもこの十四年の月日は伊達ではない。時間が全てを解決するというのは確かかもしれない。最初の数年は生きていることが拷問のように感じられたが一人でいることには慣れていったのだ。

 俺は自分の中で死ぬという事はある意味全てからの開放であると考えている。人は誰でも死ぬ、別れは悲しい、しかし死を迎える本人は苦しみから解放されているのかもしれない。少なくとも俺自身、死を迎えたらそう思うだろう。月世もきっと苦しみから解放されたのかもしれない。そう思うと少し救われる気持ちになれた。

 駅の外へ出る。左手には郵便局がある。月世と自転車で荷物を受け取りにいったあの郵便局だ。中を覗くとすでに人は変わっていた。当たり前か、当時で退職数年前という感じだった。あれから十四年が過ぎたのだ、すでに退職されたのだろう。忘れていたが俺も三十五歳になった。ああ、確かに間違いなく三十五歳だ。見た目は十七歳だが・・・。

 到着早々マスクと帽子を装着。誰か知り合いに会ったら大変だ。奈美はどうしてるだろうか? 会いたい気持ちはあるが、この姿をどう説明するべきか悩ましい。木谷、長門両家には俺の住む場所を内緒にしてくれと言ってある。一度全てを話し、会いに行こうと思ったのだが、勇気がもてず結局十四年も月日が流れてしまった。相変わらず気が弱く情け無い男だ。自分で言うのだから間違いないだろう、そこは自覚している。という事は、奈美も三十五歳になったという事になる。うん、三十五歳になった奈美を見てみたい。どうしよっかな・・・いや、すでに結婚して子供もいるかもしれない。そこへ十代の男がのこのこやってきたらどんな関係かとややこしくなりそうだ。やはりやめておこう。いらぬ波風は立てないように。

 さて、結構早めに到着してしまった。ま、そうなることは分かっていたが、とにかく早く来たかった。早くこの町を見たかったんだ。奈美の家はすでに立て直されているはずだ。俺の実家の跡地がどうなったか見たいが奈美に会ってしまう危険性もある。危険と言う言い方は奈美に悪いが。

 この町を出る前に実家の土地は売りに出していた。二郎さんへ頼んで売れたら連絡するという事にしてあったのだが、俺がこの町を出て五年後くらいに売れた。誰に売れたのかは興味がなかったので聞かなかったが何となく寂しい気分になったのを覚えている。売れたお金が入ったときは素直にうれしかった。しかし、どう考えても使い道がない。月音に何かあった場合手をつけようと今もそのままにしてある。

 このまま進めば昼には長門家に到着しそうだ。どこかに行くにしても、この姿で誰かに会うわけにもいかなし、正直辛いな・・・。せっかく生まれ故郷にきても誰にも会うわけにはいかない。自分で言うのもなんだが不憫だ。俺の体の秘密を知っているのは長門・木谷両夫妻と大先生だけだからな・・・。少し早いが飯を済ませ長門家にむかうことにしよう。千恵さんと会うのも久しぶりだ。俺は駅前の食堂で適当に食事を済ませ、ちんたらと散歩しながら長門家に向かった。寄り道をしながら、途中遠目に奈美の家を見て、長門家に到着したのは午後二時を回っていた。

「ただいま戻りました」

 すると中から千恵さんが飛んできたかと思うとそのまま抱きついてきた。

「ハル君! 全然顔を出しに来ないんだから!」

そう言って千恵さんは涙ぐんでいた。

「ただいま、お母さん」

 久しぶりの人のぬくもりに思わず手を回してしまった。懐かしい匂いがする。どことなく月世の匂いに似ていて思わず涙が出そうになる。

「電話だけじゃなく、顔を見せにこなきゃダメじゃない」

千恵さんは少し怒っていた。

「すみません。お母さん」

しかし、すぐに笑顔になった。

「ハル君、本当にあなたは変わらないのね。あの時のままだわ」

「そうそう、月世に挨拶してちょうだい」

そういうと月世の仏壇に通された。

「月世、ただいま。遅くなってごめんな」

俺は線香をあげ手を合わせた。

 実は隠れてお墓には何度か来ていた。思い出が多い長門家に顔を出すと帰れなくなる気がして怖くて顔を出せなかったんだ。本当に気弱な自分に腹が立つ。

「ハル君お昼は済ませたの?」

「はい、駅前で済ましてきました」

「そう、お腹がすいたら遠慮なく言ってね、今日は泊まっていくんでしょ?」

「はい、お世話になります」

「もう~そういう他人行儀はやめてちょうだい、あなたはここの息子なのよ」

「ええ、そうなんですよね、ごめんなさいお母さん」

 十四年経っても千恵さんをすんなりお母さんと言えたのが自分なりにうれしかった。この勢いで二郎さんをお父さんと言えるだろうか? んん・・・・何か言いにくいな~。

「ハル君、二階そのままにしてあるから遠慮なく使ってね」

「はい・・・・使わせていただきます」

 そうは言ったが、正直二階に上がるのが怖い。あの時の一人になってしまった孤独感が甦りそうで怖いのだ。ここから離れることで月世を失った喪失感から離れられた気がした。それでも慣れるまで数年はかかった。月世との思い出は俺の人生で最高の時間、それを失った恐怖感が何より怖かった。それが長門家へ足が遠のく原因になっていたのだ。しかし、愛する月世から遠のく自分に許せない気持ちと罪悪感があった。今日長門家に来ることで克服し、その事を月世に謝りたい、その一心でここへ来た。

 俺は荷物を持ち二階へあがる。月世の部屋のドアを開ける、部屋はあの当時のままだ。それを見た俺はもう我慢できなかった。気づけば月世の名前を叫び崩れてしまっていた。千恵さんが階段を上る。その軋む音がまるで月世が来るように感じられてしまう。泣き崩れる俺を千恵さんが抱きかかえてくれる。それが月世に抱かれているように感じてしまい、もうなんと表現したらよいか言葉が見つからない・・・。

「ハル君、思い出しちゃうよね、私もね、ここに来ると思い出しちゃって涙が出るの」

「でもね、部屋を片付けちゃうと月世の存在が消えちゃう気がしてね」

「死んでも月世は私達の娘、そしてハル君のお嫁さんよ」

「そう思ってくれるだけできっと月世は幸せだと思うの」

「ハル君、あなたの体で生きていくことは大変だと思う。すでに経験してきたはず」

「でも、きっとそれを分かってくれる人がいるはずよ」

「月世もハル君の幸せを願っている。ハル君が幸せになって月世を安心させてちょうだい」

「分かった? ハル君」

千恵さんはにこやかに語りかけてくれた。

「はい、そうですよね、ありがとうございます。お母さん」

 そうだ、いつまでも引きずっていたら月世は怒るはずだ。遺恨を残すような真似はするまい。いつまでも変わらぬ愛のままで俺は俺の道を進もう。今日は来て本当に良かった。やっぱり月世のお母さんはすごいよ! 月世のお母さんは俺にとっても自慢のお母さんだ。


 夕方近く木谷さんと二郎さんが帰ってきた。

「お父さんお邪魔してます」

すんなりとお父さんと言えた。

「ハル!」

一目見て二郎さんは俺を抱きしめてくれる。

「見ない間に・・・全く変わらんな」

お決まりのセリフは俺には通用しないと判断した様子だ。

「木谷さん、電話では話していましたがお久しぶりです」

「ああ、ハル君も変わらないね!」

「しかし・・・本当に変わらないんだな~」

二郎さんは感心して俺を見ている。

「自分が一番驚いています。老ける事を期待して毎日鏡を見るのですが・・・全く変わらず」

「ただ、外見だけ若く見え、ちゃんと年齢は三十五になっている可能性もあるのではと、最近考えています。もしそうだとしたら、それなりの年数で亡くなるかもしれません」

「うむ、確かにそういうことも考えられる。しかし、数種調べた内臓も同じ現象が見られた」

「それを考えるとそのままの可能性もある。どちらにしろ、その時が来ないことには分からないという事だ」

「残念ながら俺達はそれを見届けることはできないんだよ」

「ま、あの世で見てるさ!」

そう言って二郎さんは笑っている。

 どちらにせよまだ先の話だ。その時はその時で対応するしかないだろう。今は楽観的に考えるようにしよう。

「ところで、話というのは?」

俺は本題に切り込んだ。

「では私から話を」

木谷さんが話を切り出した。

「月音が私達と同じ医療に関する仕事につきたいと言い始めてね」

「私としても、月音自身にしても良い事と考えている」

「しかし、地元の高校ではその次に控える大学への入学は厳しい学力状態」

「そこで、隣の県にある進学校へ行くこととなりました」

「しかし、月音の体の事を考えると誰かが付いていないと不安な所があります」

「そこでハル君にお願いしたいのです。月音の体調管理を」

「私達は今の仕事を離れられません。それは月音の体の為でもあり、金銭的な事でもあります」

「それに、月音には事実を伝えるべきという事と本当の父親との時間を与えてやりたい」

「ちょっと待ってください。木谷さんは月音のお父さんです。それを今更俺が本当の父親と言うのはどうかと・・。しかもこの体で父親と言われても受け入れられないでしょうに・・・」

「ああ、実は先月月音に全て話したんだ」

「えええ!もう言ったんですか!」

「ああ、全て事実をね。ハル君と月世さんのことから全てだ」

「もちろん月音は事実を受け入れられずふさぎこんでしまった。それでも事実は変わらない」

「月音は受け入れる以外に道はない。彼女もそれは分かっている。本当に強い子だ」

「月音の性格は月世さんともハル君とも違ってね、どちらかと言うと奈美さんに似ている」

「??奈美??」

「実は月音は奈美さんを姉のように慕っているんだ。それもあってか・・・ハハハ」

「はっきりいって気が強い。ちょっと大変かもしれないが月音を頼む!」

「はあ・・奈美か・・ま、扱いはなれてますが、ハハ」

「そこで、ハル君には双子の兄として月音に付いてもらいたい」

「ハル君の入学手続きも進めてある」

「いやいや、ちょっと待ってください。俺は戸籍上この世にいない存在です。それがどういうふうに?」

「私の知り合いに役所の人間がいてね、ま、そこはあまり深く考えないように」

 ああ、俺の中で木谷さんが黒く染まってゆく・・・。

「という事で、ハル君、月音を宜しく頼む」

木谷さんが深く頭を下げてきた。

「とんでもない、俺の子でもあります。いろいろと手配していただきありがとうございます」

「ところで、ちょっと話題を変えます」

ここで木谷さんが神妙な表情へ変わった。

「実は、月音を預かった当初、奈美さんが月音を引き取りたいと話がありました」

「え? 奈美が?」

「そう、奈美さんから。私に月音を預け、ハル君が失踪したと思い込んでいたらしく、ひどくハル君を怒っていたんだよ。それでハル君の変わりに自分が育てると言い出してね」

「奈美がそんな事を・・・」

「よほどハル君の事を大事に思っていたんだろうね、そういう事があったものだから、月音の事をとてもかわいがってくれてね」

「奈美さんは今も独身であの家に住んでいる。ハル君、全てを話して奈美さんと会ってみてはどうだろうか? 奈美さんなら全てを受け入れてくれると思うんですが・・・」

「奈美は今でも結婚していないのか・・・でも、今更、もう十四年も経ってますし・・・少し考えます」

「月音の学校が終わってからでも構わないし、奈美さんのことも頭に置いといた方がいいかと思うよハル君」

 木谷さんは俺にそう言って奈美の電話番号を渡してきた。会いたい気持ちも確かにある。しかしこの体で奈美に会って受け入れてくれるだろうか? 正直不安の方が大きい。

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