第十一章:離別
月世が白い着物を着て布団に寝ている。
もうお腹は大きくない。そろそろ起きるんじゃないか、月世、起きる時間だよ。
赤ちゃん生まれたね、名前は俺がつけたよ。月の音と書いてつきね。勝手に名前付けちゃってごめんな。月世が起きないから俺が付けちゃった。絶対美人になるよ。月世の子だから。
月世が大きな箱に入れられた。
やめてくれ、出してくれ、月世を・・月世を連れていかないでくれ!
やめてくれ!やめてくれ!入れないでくれ!連れて行くな!
助けて・・・誰か、助けてくれ・・ごめんなさい、なんでもしますから、そこには入れないで、連れてかないで俺も連れて行ってくれ月世、もう限界だ・・・。
月世が小さな箱に入れられた。
誰かが俺の袖をつかんでいる。誰だ・・・月世?
線香の匂いがする。俺の前を沢山の人が通っていく。知らない人たちが目の前を通っていく。さようなら。みんなさようなら。さようなら・・・。
月世がいなくなった。
もう姿はない。寂しくて、悲しくて、愛しくて。
俺の袖をつかんでいるのは誰? 誰かが俺をつかんでいる。ひっぱるとついて来る。
「奈美・・・」
「奈美・・月世が・・月世が・・」
激しく鳴咽しはじめる。
「ハル、よくがんばった。がんばったよ」
奈美はやさしく介抱するように抱きしめてくれた。俺は悲鳴をあげるように叫び泣いている。もう泣く意外できる事がなかった。もう月世を助けることはできない。
覚悟はしていた。できていたつもりだった。しかし現実に突きつけられると無力と化す自分がいる。どんなに求めても彼女を抱きしめることはできない。話すこともできない。そこにあるのは無だけだ。そして、残り何年あるのかも分からない長い時間を月世なしで過ごさなければならない。今の自分にとってそれは拷問にすら感じられる。結局、人は経験しないと何も学ばないんだ、経験してやっとその痛みを知る。
一ヵ月後
俺は少しずつ現実を受け入れていた。娘の為にも俺ががんばらなければと考えていたからだ。その娘の事で木谷さんから呼び出しがあった。
「ハル君、呼び出してすまないね」
「いえ、だいぶ落ち着いてきました。大丈夫です。それよりお話とは?」
「実は月音ちゃんの事で大事な話がある」
「率直に言おう。月世さんから月音ちゃんの事を宜しくと言われているんだ。これを読んでくれ」
そいう言うと木谷さんは俺に手紙を渡してきた。
――――ハルへ
この手紙を木谷さんから渡されたという事は私はこの世に存在していません。私の赤ちゃんの事でハルに提案がありこの手紙を書きました。ハルが赤ちゃんを一人で育てていくのは体のことを含め厳しい事と思います。そこで、木谷夫妻へお願いすることで話をしています。勝手に話を進めたことごめんなさい。でも分かってください。私が死ぬ前提でハルに話をすることはできませんでした。赤ちゃんを木谷さんの養子にしてください。私からのお願いです。
最後に、私がいなくなっても強く生きて幸せになってください。ハル、愛しています。―――――
確かに月世の筆跡だ。
「ハル君、無理にとは言わない。月音ちゃんは君の子だ。ただ、戸籍上の問題、君の体の事を考えると、月世さんのいう事は決して悪い選択ではないと思っている。もちろん、私達も全力で月音ちゃんを娘として愛するつもりだ」
「今すぐに結論を出さなくてもいい。ゆっくり考えてみてくれないか?」
しばらく沈黙が流れる。
「確かに、月世のいう事はもっともです。俺では月音に負担をかけてしまう」
「木谷さん、宜しくお願いします」
「いいのかい? 結論を急ぐ必要はないんだよ?」
「いえ、木谷さんなら安心して預けられます。木谷月音としてよろしくお願いします」
俺は木谷さんへ深く頭を下げた。綺麗ごとで子供は育てられない。俺じゃ月音を幸せにできないかもしれない。木谷さんなら間違いは無いはずだ。父親と母親がいるんだから。それに、俺は心も月世と共有しているつもりでいる。愛する月世の意見は俺の意見でもある。迷いは無い。
「木谷さん、俺もそろそろこの町で暮らすには厳しい年数が経過しています」
「しばらく点々と各地を回りながら暮らしていこうと思います。たまに月音を見に来てもいいでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも」
「では、宜しくお願いします」
その後、俺は長門夫妻に事情を話し、この町を出ることを告げ旅立つことにした。長門夫妻に息子なんだからいつでも帰ってこいと言われたのがうれしかった。帰る場所があるというのは心強いもの、孤児だからこそこ身にしみて分かる。
奈美には言わずにでてきた。奈美に会うとこの町を出られない気がしたからだ。すまない奈美。
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