第九章:家族

 あれから数日、月世は体調がなかなか戻らず寝たきりが続いていた。やはり無理をさせると後に出てしまうようだ。これからはあまり無理はさせないようにしなければならないと考えていた。

 今日は研究所主催のパーティーがあるらしく長門夫妻が揃って留守になっていた。そこで今晩の夕食は俺が担当、親父と二人暮らしで過ごしてきた為、実は家事が得意だ。今日のメニューは筑前煮と焼きシャケ、豆腐とワカメの味噌汁にゴハンだ。ほうれん草か小松菜でもあれば良かったのだが手に入らなかった。早速完成した夕食を月世の部屋へ運んできた。

「月世、ゴハンだけど起きれるか?」

「うん、だいぶ良くなってきたから明日からは起きようと思ってたの」

「そうか、良かった。じゃ飯にしよう」

「今日は俺が作ったんだ、口に合えばいいけど」

「これハルが全部作ったの?」

「そうだよ、親父と二人だったからね、否が応でもやらなきゃいけなくて、しみついちゃってるんだ」

「何か自信喪失なんだけど、私よりできるんじゃない? ぶ~」

月世は分が悪そうな顔をしている。

「そんなことない、月世が作ってくれるご飯は世界一うまいよ」

 へそを曲げられると大変とばかりにお世辞を言う。

 それを聞いた月世はまんざらでもない顔をしている。単純でかわいい。

「今日の献立は筑前煮、焼きシャケに豆腐とワカメの味噌汁、そしてゴハンです」

そう言いながら小さなテーブルに並べていく。

「ではいただきましょう。いただきます!」

「いただきま~す」

 月世はいつになく楽しそうな顔をしている。最近は具合の悪そうな顔ばかりだったので少し安心した。


「筑前煮おいしいよハル!」

「そっか、うれしいな~ 今日はかなり良い根菜が揃ってたからね~」

「シャケは大先生から半身もらったんだ」

「結構な量だからしばらくシャケが続くかも」

「シャケの塩加減も丁度いいし、ハルすごいね!」

「お褒めの言葉いただきました」

ホント幸せだ。月世が元気になってよかった。

 あの食の細い月世が思ったより食べてくれたので助かった。少しでも多く食べて体力を戻せればこの上ない。

 食事も終わり、後片付けをしていると月世からお願いされた。

「あのね、お風呂入ってなかったから気持ち悪くて、桶に熱いお湯と手ぬぐい持ってきてくれる?」

「うん、分かった。食器洗ったら用意して持ってくるよ、ちょっと待ってて」

俺はさっさと食器を洗い片付け、お湯を沸かし用意した。


「月世、お湯持って来たよ、入るね」

そう言って部屋に入ると月世は俺に背中を向けた。

「ハル、背中拭いてくれる?」

「ああ、いいよ」

 月世がパジャマを脱ぎ、下着も脱ぎ始める。そして長い髪を手で束ね前に持っていく。すると白くて透き通るような肌が露になった。華奢で細い体だ。見てるだけで守ってやりたいと思ってしまう。俺はちらちらと月世を気にしつつ熱いお湯を入れた桶に手ぬぐいを入れ絞る。しかし少し熱くしすぎたな、絞るのに苦労してしまった。そして月世の背中をやさしく拭き始める。

「熱くないか?」

「大丈夫だよ。ごめんね、お風呂入ってなくて、ちょっと臭うかも」

「明日はお風呂に入ろうと思ってるから」

「月世がどんな状態でも俺は気にならない、というかむしろご褒美?」

「え? ハルってそういうキャラだった?」

「ん~しかしきもちいい~、人にやってもらうなんてすごい楽」

「背中は終わったよ」

「ありがとう」

「えっと・・前は?」

「後は大丈夫、自分でやるから」

 ですよね~。部屋の外でしばらく待つと月世が終わったから入れと声がかかった。

「ありがとうハル、さっぱりした~きもちいい~」

 月世は本当にさっぱりした顔をしながら布団へゴロンと横になる。そりゃそうだ、大の風呂好きが入れなかったんだから無理もない。俺は桶と手ぬぐいを片付け風呂場へ向かった。俺はそのまま風呂に入る。

 しかし、月世の肌綺麗だな~なんて思い出し一人赤面してしまう。と言うか夫婦だろ! と、誰かに突っ込まれそうだ。ま、確かに夫婦だし普通なのか・・・。ん? 普通の夫婦ってどうなんだろ? 今までとどう変わるのだろうか? やっぱりエッチな事とか? いやいや、どうしてもそっちにいってしまうのか俺、修行が足りないんだきっと。でも、愛してることをちゃんと伝えている事が今までとは違うか、俺も月世を愛してるし、月世も俺を愛してくれてる。それだけで十分だ。というかさっさと風呂を終わらせよう。風呂上り、昼間に買っておいた瓶のジュースを持って月世の部屋に向かう。

「月世、ジュース持ってきたけど飲む?」

「ああ、気が利くね~飲む飲む」

「ねえハル、今日から私の部屋で寝ない?」

「いいのですかご主人様?」

「これはご主人様の命令です」

「承知いたしました」

「うむ、ではお手」

「なんで犬なんだよ、執事の流れだろ」

「めぇ~」

「それは羊だ」

 そう言うと俺は自分の部屋から布団を運び月世の隣に布団を敷き始めた。月世は妙にうれしそうな顔をしている。

「ね、就学旅行ってこんな感じなのかな?」

月世は楽しそうに布団でゴロゴロしている。

「ああ、こんな感じだろうねたぶん。俺も行った事無いんだ」

「ってかさ、ハル、自分だけお風呂に入ってずるい」

月世はころがってきて俺の匂いをかいでいる。

「はは、ごめんな」

 ゴロゴロと転がりながら笑顔を見せている。よほど体調がいいのだろう。昨日まではあまり動かず笑顔もなかった。体調が戻って本当に良かった。元気な月世を見ていると自分も元気になっていく。しばらく他愛もないことを話して時間がすぎていく。会話が途切れると、月世の表情が少し硬くなり口を開く。

「ハル、私、子供がほしい」

「え? いや、木谷さんからも話があったじゃないか」

 そう、木谷さんから妊娠の危険性について前もって説明されていた。命の保障はないと。しかし、どう判断するかは俺達二人の問題だとも言われていた。

「ハル、前にも言ったけど、私は病気を理由に何もできない人生は送りたくない」

「そうやって少し長く生きながらえても、やらなかった事をきっと後悔すると思う」

「私は病気を理由に後悔したくないの」

「大丈夫! 私は死なない、ハルを置いて死んだりしない」

そう言うと月世は抱きついてきた。

「無責任って言われるかもしれない。でも、お母さんもお父さんも、きっとわかってくれる」

「わがままばかり言ってごめんね」

「・・・・分かった。俺は月世の気持ちを尊重する。ただ、一つだけ約束して」

「絶対二人で赤ちゃんを育てるって」

「分かった。ありがとうハル・・」

「ハル・・ハル・・ハル・・・ハルハルハル大好き」

 月世は俺の胸で何度も名前を呼び顔をこすり付け、強く抱きつく。そしてキスをする。俺は月世のボタンを一つずつはずし始める。月世も俺のシャツのボタンをはずす。そして二人は初めての夜を迎える。


 あれから月世にはできるだけ無理をさせないよう細心を計り生活していた。俺の仕事も順調そのもので建設業界は更に躍進できそうな勢いだった。そして九月五日、月世が二十歳の誕生日を迎える。

 ささやかながら長門夫妻も含め皆でお祝いをする。月世へのプレゼントは月の形をしたネックレス。小さな月の中にこれまた小さなダイヤがちりばめられている。そう、俺は少しがんばった。月世はとても喜んでくれた。この笑顔を見るのが今や生きがいとなっている。

 誕生会も終わり二人で部屋に戻った。

「かわいいネックレスありがとう。大事にするね」

月世はずっとネックレスを見ている。

「あの、ハル、話があるんだけど」

「どうした?」

「実はここ二ヶ月生理がないの、三ヶ月目にはいる。もしかしたらできたかも」

「本当?」

俺はうれしい反面、月世の体がどうなのか心配でもある。

「月世の体調をみて一度検査に行こうか?」

「うん、一緒にきてくれる?」

「もちろん!」

 月世もうれしくもあり不安でもある様子が感じられた。俺はお腹に気遣いながら月世をやさしく抱きしめると月世が安心して体を預けてきた。これから益々がんばらないといけない。

 後日、その事を長門夫妻に話した。

「ハル、おまえわかってのことなのか?」

おじさんは少しこわばった顔で話してきた。

「はい、月世と話し合って子供がほしいと二人で決めた結果です」

「お父さん、私が望んだの、それをハルが受け入れてくれたの」

「しかし! 妊娠がどれだけ月世の体に負担があるのかお前達も知ってるはずだ!」

「命に関わることなんだぞ」

「分かっているわ、私は病気を理由に何もできない、何もしない人生は嫌なの」

「私はハルの子が産みたい」

しばらく沈黙が流れる。

「あなた、月世達が決めたことよ、私達親が決めることじゃないわ」

「今どうこう言ってもはじまらない。まずは検査しないと。あなた月世の検査の手配よろしくね」

千恵さんは冷静に対応している。

「分かった。明日にでも木谷と話し合って決めてくる」

そう言うと二郎さんは奥の部屋に消えた。

 本来なら喜ぶべきこと。こういう状態になってしまった事が月世にとってとても辛いことだろう。そう考えていると千恵さんが月世へ言葉をかけた。

「妊娠してるといいね月世」

千恵さんは笑顔でそう答えた。

「うん・・・お母さんありがとう」

月世も必死に笑顔を返そうとしている。


 数日後、市民病院の産婦人科に木谷さんの知り合いがいる。そこで検査が行われた。妊娠三ヶ月だった。今後の経過は二郎さんと産婦人科医の二人体制で見ていくこととなった。予定日より早めに入院し万全の体制で産ませるという事だ。身内が医者というのは本当に頼もしい。

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