第八章:最愛
あれからできるだけ手に職を付けていける仕事があればと探していた。建設関係の仕事は人手が足りなくて困っている様子、一番需要も多くこれからも有望と考える。まずはやってみて自分に合うかどうか、当たって砕けろの精神でやってみることにする。
建設は体が資本、俺は体育会系ではなかったが全く体力が無いわけでもない。そこそこ仕事には貢献できていると自負する。男だらけのむさい職場だが皆明るく前向きな連中だ。家に帰れば月世がいるのでどんなきつい仕事も苦にならなかった。現場も日々目まぐるしく変わり、とにかく建物をばんばん建てていくという感じ、戦後の復興需要は建設会社にとって大きなチャンスであった。
仕事を始めすでに一年近くが過ぎた。体もなれて難なくこなせるようになっていた。給料も他に比べればかなり良い方だろう。ただ、仕事の順調さとは裏腹に月世の体は少しずつではあるが確実に病に蝕まれていた。月に数日は一日中布団の中で過ごす日が増えてきた。
俺は月世へプロポーズする事を考えていた。本来なら何かしら役職でもついてからと思っていたが、それを待っている時間はたぶん残されていないだろう。月世は成人できるかどうかすら危ぶまれていた。子供ながらに大人たちの会話を聞いていた俺はその話に免疫ができていたかのように落ち着いている。普通なら好きな人の命が短いことは悲観的に捉えるだろう。しかし、俺にとって月世と過ごした時間は果てしなく長く感じられるほど幸せな時間。月世に与えられた短い時間も俺に与えられた長い時間も同じ価値でしかない。
俺の気持ちを伝えることは月世にとって決して早いタイミングではないだろう。だから伝えることにした。
「月世、話があるんだけど入っていいかな?」
「どうぞ」
「体、大丈夫か?」
「うん、あまりよくはないね・・」
「そうか・・・」
「あのさ、俺、月世に大事な話があるんだ。聞いてくれるかな?」
「もちろん、でもね、その前に私からも話があるの」
「先に話してもいいかしら?」
「どうぞ」
「ハルも知っての通り、私に残された時間は少ない、普通の人のようにハルとは過ごせないと思う」
「だから私がハルを引き止めるのは良くない事だとずっと思っていたの」
「ずっと過ごしていける人と一緒になった方がハルは幸せになれるんじゃないかって、ずっとそう思ってた」
「でもね、色々な人たちの話を聞いて考えが変わったの、その中には奈美さんもいるわ」
一瞬驚いたが月世は奈美の気持ちも知っている様子だ。
「もし私が長生きできたとしても、短い人生でも、どちらの人生でも私はハルが好き、大好き、愛してる」
「その気持ちは絶対に変わらない」
「誰にも渡したくない、だから私と・・」
「ちょっと待った~!」
思わず聞き入ってしまったが焦って話を全力で止める!
「も~めちゃくちゃうれしいし最後まで聞きたいけど、けど! 俺に言わせてください!」
月世はクスクスと笑っている。
「月世! 俺と結婚してくらさい! ってかんじゃった!」
「私でよければ喜んで、私の一生をハルに捧げます」
「月世の全て、いただきます!」
もう月世が愛おしくてたまらない! たまらず抱きしめる。
思えば、お互いにそう思っていたんだ。俺は月世にはもっといい人がいるんじゃないかと、月世は長く俺と暮らせる人をと、でも本質は長い短いじゃない、そんな事は分かっていた。なのに踏み込めなかったのはきっと自分に自信が持てなかったんだと思う。でもそれに気がつけた。月世の短い人生、俺の特殊な体、実はすごい合ってるのかもしれない。俺は全力で月世を愛する。ただそれだけだ。
その夜、二郎さんの帰りをドキドキしながら二人で待つ。お母さんにはそれとなく分かる雰囲気で今夜話があると月世が伝えてある。はあ~・・・以前それとなく言ってはいるが今回は本番だ。
「ただいま~」
二郎さんが帰ってきた。
「どうした? 二人とも神妙な顔つきしてるけど・・・むむ」
「何やら嫌な予感と悪寒がする」
そういうと二郎さんは二人の前で正座した。
「今日、月世にプロポーズしまして、OKをいただきました」
「義父さん、月世さんと結婚させてください」
二人で頭を下げる。
「いやだ」
「ぺしっ」
瞬間千恵さんが二郎さんの頭をはたく。
「あ痛っ!」
「はぁ~・・・はぁ~~・・・」
ため息をつく二郎。
「父さんさみしい~」
「お父さん、結婚してもここでお世話になるからどこにもいかないわよ」
「いや、雰囲気だから雰囲気、父さんの気持ち壊さないでくれる?」
「お父さん、私ハルと結婚するからね、今まで育ててくれてありがとう」
「そして、今後ともよろしくお願いします」
もう一度二人で頭を下げた。
二郎は泣き出してしまった。
「うぅぅぅぅ・・・二人仲良くな・・・うぅぅぅ」
「二人ともおめでとう、月世の病気のこともあるから二人暮らしは無理だけど、二階はすべてあなた達で使っていいからね。ハル君も遠慮せず、もう家族なんだから」
「お義母さん、ありがとうございます」
「と、なると、小さくでもいいから結婚式と披露宴どうかな?」
さっきまで泣いていた二郎さんはすっかり笑顔で乗り気だ。
「あまり出歩くと体に障るからね・・・時間を短縮で結婚式だけでもいいのでは?」
千恵さんは月世の体を第一に考えているようだ。俺も意見に同意するように頷いた。
「月世はどう? 俺は月世の白無垢はちょっと見てみたいかな、でも無理はしないでほしい」
「そうね、一番の思い出になりそうだし」
「じゃ、決定だな!」
二郎さんはノリノリで手配を名乗り出た。
結婚式は時間を短縮して行い、終了後自宅で数名を呼んでお披露目をするという話になった。ただ、月世の体調が優先なのであくまで予定だ。その日に体調が良ければ決行するという事で話は決まった。
後日、俺は仕事が早めに終わったので奈美に会いに行こうと向かっていた。まだお礼を言えていない事と結婚の報告へ。奈美は父親の畑仕事を手伝っているという事で畑へそのまま向かった。
「奈美!」
「ハルじゃない、どうしたのこんなとこへ?」
「奈美に話があって」
「な~に、聞くよ」
「こんな時間が経ってからホント申し訳ない。俺が病気で入院しているときのことでさ」
「奈美に心配させてしまったらしくて、月世から聞いてたんだけど中々顔を出せなくて」
「あのときはホントありがとう。奈美には心配ばかりさせてしまって」
「ああ~、あったね。でもそれだけじゃないでしょ、昔っからもう何度も助けてるから」
「だな~、奈美には助けられてばっかりで。なのに何も返せなくて・・・」
「ホント助け損だよね」
奈美は微笑んでいる。
「奈美、色々ありがとう」
俺は奈美へ頭を下げた。
「ちょっとやめてよ、そんなつもりで助けたわけじゃないから」
「ただ、助けたいから助けただけ、気にすんなハル!」
そう言って奈美は俺の肩を叩く。
「俺さ、月世と結婚する事になったんだ」
「・・・そう・・・そっか、おめでとうハル」
「ああ、ありがとう奈美」
「結婚式、来てくれるか?」
「私はいかない、行かないよ」
「うん、奈美ならそう言うと思った」
「やっと奈美に言えた! ずっと気になってたから、話はこれだけ、じゃ帰るね」
「うん、ハル幸せになってね」
「奈美も!」
そう言うと俺は奈美から去った。
奈美はずっとこちらを見ていた。木の陰になり、奈美が見えなくなった所で遠くから泣き声が聞こえてくる。子供の頃、奈美は俺のヒーロー、そして憧れの女性だった。しかし、今の自分は奈美の気持ちにこたえる事はできない。こんなに助けてもらって愛をもらって、それでも答えてあげられない。月世がいなければ俺はきっと奈美のプロポーズを受けていただろう。俺にとって奈美とはそういう女性だった。だからこそ、あの気丈な奈美の泣き声に胸が苦しく締め付けられる思いだ。
結婚式当日、月世の体調は申し分ない。予定通り式を行う事になった。神社へは木谷さんが車で送ってくれた。
月世が着付けを済ませやってくる。綺麗だ、もう何もいえないくらい綺麗だ。俺も着付けを済ませ二人でくしの上げ方や手の打ち方など一連の流れを説明される。そして式が始まる。皆で並び式場へ向かう。月世が美しく、まるで幻想の世界のような感覚すら覚える。もしかしたら狐につままれているのかもしれない。後ろには出席者が並び同行している。途中、遠く離れた場所に奈美が見えた。来てくれたんだ奈美、ありがとう。そう心の中でつぶやく。
式は順調に進み滞りなく終わる。最後に集合写真を撮り式は終了した。
「月世、綺麗だよ」
「ありがとう。ハル」
いつにない姿に二人照れくさそうに笑う。
月世は結婚指輪をうれしそうに眺めてはなでてを繰り返していた。
この後は着替えを済ませ長門家で小さいながら披露宴もどきの打ち上げをする事になっていた。しかし月世は疲れ果ててしまい部屋で休むことにする。
長門家の中は人でごったがえしていた。月世の体調が良くない事を説明し頭を下げ、出席者皆に挨拶回りをする。全て回り終える頃にはだいぶ夜遅くなってしまった。お客さんが帰りはじめ女性達が残って後片付けを始めた。忙しいながらも千恵さん達は楽しそうにワイワイガヤガヤとやっている。二郎さんもお客様を見送り後片付けと急がしそうに動いていた。俺も後片付けに混ざろうとするが早く二階に行けと千恵さんに言われ甘えることにした。
「月世、入るよ」
「どうぞ」
「ハル、ごめんね、みんなせっかく集まってくれたのに・・・」
月世は残念そうな顔をしている。
「一応皆に挨拶して回ったから大丈夫だよ」
「それより体調はどう? 大丈夫か?」
「うん・・・あまり良くない。でも少し休めば大丈夫だと思う」
「月世、今日は本当に綺麗だったよ、あらためて惚れ直した」
「ありがとう、ハルもかっこ良かったよ」
月世はそう言うと俺の顔に手を伸ばしてきた。
「奈美さんきてたね」
「ああ、月世も気づいてたのか」
「私ね、奈美さんと色々と話したの。奈美さんがハルの事を好きなことも知ってる」
「ハルのこと好きなのに、私に病気を理由にするなって言ってくれて」
「奈美さんって強いよね」
「でもね、私はハルを好きな気持ちに負けるつもりはない」
「俺は月世の気持ちより更に上だけどね」
そう言って笑って見せた。
「月世、今日は疲れただろ、ゆっくりお休み」
俺は月世の頭をなでる。
「あれ? 初夜は?」
その言葉に俺は思わず赤面してしまう。
「な、何を言い出すかと思えば」
一瞬期待してしまう自分がいる。
「ごめんね、こんな状態で」
「そんなこと気にするな、これからはいつでも一緒だろ?」
「うん、そうだね、それでは旦那様、先に休ませていただきます」
「それじゃメイドさんじゃないか」
「あれ? 違った?」
「おやすみ、ハル。これからもよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく。おやすみ」
まだ下は少し騒がしく後片付けが行われている様子だったので俺も手伝いに向かった。全てが片付いたのは深夜を回った。
「ふ~~・・・お疲れさんだな」
二郎さんが俺と千恵さんの顔をみて発した。
「今日は本当にありがとうございました。何から何までお世話になってしまって」
「お互い様さ、ハルには娘が世話になるんだ。こちらこそ宜しく」
長門夫婦が揃って頭を下げてきた。
「いやいや、お世話になってるのはこちらですから!」
「おめでたい席でこの話もなんだが、大事な話なので聞いてくれ」
「ハルは終戦早々にこちらに移動してきていたので役所では行方不明扱いになっていたんだ」
「そこで、長期的に考えるとそのままの方が都合が良いのではないかと」
「千恵と木谷にも意見を聞いて今に至る」
「婚姻届を出せないことは二人にとって嫌かもしれないが・・・」
「歳をとらないことが役所に知れたら今の幸せもなくなってしまう」
「わかるな、ハル」
「わかりました。俺のことで色々と迷惑をかけてしまい申し訳ありません」
「このことは月世には伏せておいてくれ、がっかりさせたくない」
「はい、ではこの話はここだけの話と言うことで」
正直残念だ、形式上も夫婦になりたかった思いがある。自分の体がこんな状態である事を憎む始めてのことだった。
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