第七章:再興

 あれから二週間程が経過した。

 二郎さんと木谷さんは変わらず仕事をこなしている。月世の体調も安定しているようだ。奈美には俺の体の事は話していない。特殊な病気で極秘入院していたと説明してある。何か問題を起こし奈美まで巻き添いえを食らうような事は避けたいからだ。

 俺はと言うとまだ木谷医院でお世話になっている。予定では数ヶ月はかかると説明を受けていた。しかし、予想とは裏腹に傷の治りが異常に早くなっていた。

「ん・・・正直分からん」

 木谷さんの父である大先生がそう言った。木谷さんの父は大先生と地元で言われているそうだ。で、息子である木谷さんが普通に木谷先生、それに習い俺も大先生と呼んでいる。

「全ての傷がふさがるまでとなると数ヶ月は掛かる。しかしお前さんは違う」

「来週にでも退院できそうな勢いじゃ」

「息子の話じゃ傷の治りが異様に早いという症状は見られなかったそうじゃが・・・」

「それが何故今になってそうなっているのか・・・わからん。わからんものはわからん」

「ま、治って良いにこした事はない。いんでないかい?」

 いやいや、いいのかい? なんともいい加減というか何と言うか、確かに俺の体はまだまだ謎だらけだ。今後も何か異常性が出てくる可能性もある。何が出ても不思議じゃない体だから仕方がない。

「では来週に退院しても?」

「息子に判断を任せるとする。来週にでも来るように手配しとくよ」

「よろしくお願いします。大先生」

「はいよ」

 木谷さんとは違いおっとりとしていて非常に緩い感じの先生だ。どうも木谷さんの親とは思えない。大先生の奥さんは数年前に亡くなられたそうだ。生前は大先生を手伝い病院へ出ていたらしい。今は若い看護婦さんを一人雇っている。時折セクハラまがいの行為をしているであろうセリフが聞こえてくるくらい元気だ。

「はぁ~いハル君着替えを持ってきたわよ~」

「あ、西田さんおはようございます」

 木谷医院で働いている西田さんだ。三十くらいの豊満な肉体という言葉がしっくりくる女性だ。

「はいはい、脱いで頂戴」

「いやいや、自分で出来ますから、着替えたら呼びますから」

「恥ずかしがっちゃって~いいのよ~私の目の前で脱いでもいいのよ~」

「遠慮しておきます」

元気なのは大先生だけじゃなかったようだ。


 だいぶ体も落ち着いて先のことを考えるようになっていた。退院後はまた月世の家に厄介になるつもりだ。しかし、顔や姿が変わらない状態が何年も続くであろうことを考えると、いずれ周りの人たちが不審に思うだろう。暮らせると言っても三年くらいが限界ではなかろうか? できるだけ周りと接する機会は作らないようにしていかなければならない。そして、俺は数年おきに移動しなければならないわけだ。月世とも別れなければいけないということか・・・正直辛い。いつまでも月世の家でひきこもった生活ができるわけではないし、そんな負担は掛けられない。顔を隠し、たまに会いに来るくらいなら許されるだろうか? とにかく月世に迷惑は掛けられない。どうやって生活していくべきなのか答えが見つからない。

 そして、出来るだけ考えないようにしてきたことがある。周りが老いていくという事だ。いずれ全てに別れを告げなければならないかもしれない。実際その時が訪れるまで実感は湧かないだろう。まずは目の前のことから取り組んでいこう。あとはその時々で考えることにする。


更に一週間後、木谷さんが診察にやってきた。

「ん・・・傷が全くなくなっている。ここまでの回復力は研究所では見られなかった現象だ」

「確かに少しばかり傷の治りは良かった。しかし、良かったと言える程度だ。何か要因で早まっているのか、それとも・・・進化しているのか? とにかく、我々の知識では分からないのが正直なところです」

「ハル君、とりあえず退院です」

「やった!」

 月世に会える事が何より楽しみでしょうがない。まずは荷物をまとめ大先生にお礼をしなければ。

「大先生、本当にお世話になりました。ありがとうございます」

深く頭を下げた。

「いやいや、息子の尻拭いでもあるんだ、気にせんでくれ」

「体調を崩したり病気を起こすようなことがあったらここへ来なさい。いいね」

「分かりました。近いのでちょくちょく顔を出しに来ます。それでは!」

「いつでも遊びにおいで」

 大先生にお礼を言うと木谷さんの車で送ってもらうことになった。


 車窓から見る風景は平和そのものだ。のどかな田園、見渡す限りに広がる草木、深呼吸すると生きている実感が湧く。戦争が終わり、復興が始まり、日本は生まれ変わった。民主主義ってやつだ。俺は今の世の中が良いと考えていた。戦争で身内を失う様を見てきた人間にとって今がどれだけ幸せな状態なのか、きっと生き残った人々はそう思うに違いない。一人生き残った自分がそうであるように。


お昼近く長門家に到着した。

「それではハル君、何か体に変化を感じた場合すぐに知らせてください」

「わかりました。木谷さん、色々とご迷惑お掛けしました」

「気になさらないで、もう家族同然と私は思っています。ハル君にもそう思っていただけるとうれしい」

「もちろんです、俺もそう思ってます。兄さんのように」

「ハハハ、それはいい、私は弟がほしかったので」

「それじゃ、失礼するよ」

そう言って木谷さんは職場へ向かっていった。

 久しぶりの長門家に緊張している。どんな顔で入ったらいんだろうか? おばさんも俺の体の事は聞いてるはず、どう思われたのかな~・・・化け物なんて思われていたら辛いな・・・いやいや、おばさんはそんな人じゃないだろ。とにかく月世に会いたい、けど・・・なんて声掛けようか? やあ! とか?

しばらく玄関の前で考え込んでいたら後ろで声がした。

「おかえり、ハル君」

「ハッ! た、只今戻りました!」

「なんだい、まるで帰還兵みたいじゃないかい」

千恵さんが笑っている。

「いろいろとご迷惑お掛けしました」

俺は頭を下げた。

「はいはい、もうそういうのはいいのよ、普通~にごく普通にしてちょうだい」

「さ、月世は二階にいるから顔見せにいっといで」

「はい、お邪魔します」

「だから、それをやめなさい、ここはあなたの家なの」

「ハハ、ついついすみません」

 千恵さんの言葉がうれしくてうれしくてたまらなかった。戻る場所があることに泣き出しそうなほどうれしかった。まるで母が戻ってきたような感じに。

 二階へ足を運ぶ。階段を上がるとギシギシと変わらない音が鳴る。そして変わらない家の中、月世、月世・・・

音を聞きつけ月世が顔を出す。

「ハル!」

月世は小走りで俺に向かってくる。

「月世、ただいま」

月世が抱きつく、抱きつくというよりしがみつくという感じだ。俺の胸に顔をうずめている。

「ハル・ハル・ハル・ハル」

俺の胸で顔を左右にこすりつける。

「ハル、もうどこにもいかないで」

顔を胸にうずめ言ってる為に声がどもって聞こえる。

「ああ、どこにもいかないよ」

俺も月世を抱きしめる。

月世は更に体を密着させようと詰め寄り、俺は後ずさりしてしまう。

抱き合う時間が過ぎていく。

「月世?そろそろ・・」

と、言いかけさえぎるように月世が声を出す。

「イヤだ」

「月世?」

「イヤだ」

 俺は月世に対してどちらかと言うとクールなイメージがあった。その月世がまるで子供のようにしがみついてくる様子がまさに「たまらない」知らない一面が見られてうれしくてついつい笑みが出てしまいそうになっていた。

その様子を悟った月世が口を開く。

「ね、今笑った?」

「いやいや、笑ってなんかいないよ」

「いや、笑ったよね?」

「だから笑ってないよ」

と言いつつ顔に出てしまっている。

「ちょっと、なんで笑うわけ? この感動の再開をあなたは笑っちゃうわけ?」

「いや、面白くて笑ってるわけじゃないんだ。うれしんだよ」

そういって俺はもう一度月世の華奢な体を抱き寄せる。

「ハル、私ね、ハルのこと、あ・・」

と言いかけてたところで口をはさむ。

「愛してる。月世のこと愛してる」

月世の顔がみるみる赤面していく。

「ちょ、ちょっと! なんで先に言うわけ!」

「私が今言おうとしてたでしょ!」

「だから俺が先に言ったんだ!」

「も~何なの~私から言おうってずっと決めてたのに・・」

「なんか予定狂わせちゃってごめん。ハハ・・」

「はぁ~・・ちょっと予定が狂ったけど」

そういうと月世は俺に向き合い頬を両手で引き寄せ口付けをしてきた。

「ハル、おかえり」

「ただいま。月世」


 夕方前になると月世は母の手伝いをすると台所へこもり何やら作業をしている。俺はあらためて自分の部屋に戻り荷物を片付け軽く掃除した。ただ厄介になるわけにもいかない、早々にでも仕事を見つけ家計を助けなければと考える。確かに二郎さんは医者であり研究職、給料は普通の人より良く裕福の部類に入るだろう。しかし俺はもう子供ではない、自分はもちろん月世を養える分を目標に考えていた。すぐには無理でもそれを目標にして月世を迎える事ができれば、俺の夢でもある。


 夜、二郎が帰ってきた。そのまま階段を上がりハルの部屋へやってきた。

「ハル、入ってもいいかい?」

「はい、どうぞ」

二郎さんは膝をついて手をつきはじめた。そして頭を下げようとしたところを両手で肩を止める。

「もう済んだこと、俺が頼んでしたことです。おじさんが頭を下げる必要はありません」

「しかし・・・」

「本当に、もうこういうのはやめましょう。普通に今までどおり過ごせたらそれだけで幸せです」

「しかもこれから厄介になるわけですし、頭を下げるの俺のほうです。これからもよろしくお願いします」

「ハル・・・本当に君ってやつは・・・」

「ハル、いや、山来ハル君、本当にありがとう。ひとつ借りができてしまったな」

そう言うと二郎さんは笑顔になった。

「あ、ではその借りを早速いいでしょうか? 娘さんを俺にください!」

「やらん」

即答だ。

「ええええ! 俺じゃダメですか?」

「やらん」

「あら~・・・」

二郎さんは笑いをこらえきれず噴出す。つられて俺も笑い出す。

「ハル、おまえ月世にプロポーズしたのか?」

「いえ、まだです」

「は? おまえ、順番が違ってるだろ、まず本人に確認だろ」

「あ~そうですよね・・・早まった。というかチャンスだったので先にお父さんの確約をと・・」

「お、お父さんって言うな! 月世は俺の女だ!」

「いやいや、娘さんでしょ、お父さん」

「ああ! また言った!」

 二階から聞こえてくるにぎやかな声に台所で作業していた母娘は顔を見合わせクスクスと笑っている。


 今夜は俺の快気祝いという事で木谷さん夫婦も呼び、にぎやかにおこなわれた。皆それぞれ楽しそうに食事をしながら話し込んでいる。常に笑い声が絶えない。

「木谷さんの奥さんお綺麗ですね~」

 と言った瞬間月世の肘鉄、ぐふっ。

 月世は木谷さんの馴れ初めに興味津々に聞き入り、二郎さんは俺のおかげだと恩着せがましく振る舞い千恵さんに注意されている。木谷さんも負けじと長門夫婦の馴れ初めを聞こうと話題を振ると二人は頬を赤く染めもじもじ、その様子を見て皆で爆笑する。俺の大好物である鶏のから揚げが並び月世が作ったと自慢げに話す。

「これはうまい!」と、俺は口いっぱいに頬張る。

 月世は照れ笑いをしてる。その笑顔がかわいくてかわいくて思わずデレデレ顔になってしまう。

それを見た二郎さんが対抗心丸出しで間に入ろうとする。千恵さんが邪魔するなと言わんばかりに二郎さんの口に物を詰める。

 こんな楽しい雰囲気は初めてだった。親戚を点々とし、やっと帰ってきた父親と寂しいながらも過ごしてきた。正直、幸せすぎて怖くなってくる。いつまでもこの幸せが続いてくれるよう心に願った。神など信じない俺が初めて神に祈った。

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