第六章:救済

 決行当日

 二郎は以前より増して険しい表情を浮かべ、家族との会話と言う会話がほとんど無い状態だ。そんな状態を千恵は何も言わずいつも通り接している。まるで何もかも知っているかのような感じだ。

 二郎はいつも通り出勤していった。月世は何も悟られないよう気遣いしているつもりであった。しかしハルの状態が気が気でなくついつい時計ばかりが気になっている様子だ。その前に、母である千恵に全て説明をしておこうとする。

「お母さん、ちょっと話があるの」

「ハル君のことね、詳しく話してちょうだい」

 ハルの体の秘密、現在研究所で行き過ぎた検査が行われていること。そして父が自分を失いつつある事を説明した。

「そうだったのね・・・お父さんの様子がおかしいから何かしら問題があると思ってはいたけど・・・まさかそこまで問題が複雑だったとは、さすがのお母さんもビックリしたわ」

 母はそういって笑顔をみせた。その笑顔に月世はキョトンとビックリしている。何故驚かず笑顔なのか?

「ハル君は木谷さんが助けてくれる事になっているのかな?」

「そうだけど・・・お母さんはなんでそんな余裕があるの?」

「月世、ハル君はこれから助かるの。そして、間違いを犯す前にお父さんも助かるの。だから喜ばしいことなのよ、分かる? だから暗い顔をする必要は無いわ。月世も不安な顔はしないでハル君に笑顔をみせてあげなさい」

「お父さんの事は私に任せなさい! 大丈夫、あの人はちゃんと分かる人間よ」

「お母さん・・・ありがとう」

月世は母のぬくもりに平常心をとりもどしていた。


 その頃研究所ではすでに木谷が担架へ乗せたハルを車に乗せようとしていた。ハルの意識は朦朧としており連れ出されている事を理解できていない様子だ。そのまま昨日木谷が用意した受け入れ先へ直行する。

 受け入れ先は木谷の実家である木谷医院、木谷の父は古くから代々受け継がれている開業医だ。

 到着早速ハルを木谷医院の病室へ移す。

「父さん、昨日話した患者さんです。今日から宜しくお願いします」

「おぉ、待っておったぞ、早速運ぶとしよう」

二人で担架に乗せたハルを病室の奥へと運んだ。

「患者はだいぶ疲れています。しばらくこのまま休ませてください」

「あい分かった。お前さんはお嬢さんを迎えにいくんじゃろ?」

「ええ、少し時間が掛かりますのでもし目を覚ますようでしたら患者を宜しくお願いします」

「分かったからはよいけ!」

「それでは」

 早速車で月世さんの家へと向かう。ハル君はひとまず安心だろう。しかし問題はこの後、長門先生がどう行動を起こすかである。長門さんの奥さんにどうにか説得してもらわないとまずいことになってしまう。私自身、どこかへ異動、もしくはクビも覚悟しなければならないだろう。長門先生をどう説得したらいいものか。

「もう少しすると長門先生は血相を変えて探し回るだろう。覚悟を決めるしかないな・・・」

 長門家へ到着

「月世さん! 木谷です。到着しました!」

「木谷さん!」

月世が中から走ってきた。

「月世さん、走らないでください。あなたまで倒られては困ります」

「私は大丈夫、ハルは! ハルは大丈夫ですか!」

「大丈夫です。無事移動させましたよ」

すると奥から千恵さんがでてきた。

「奥様、長門先生の件でお話が」

「木谷さん、月世から話は聞いています。長門の件は私に全てお任せください」

「皆の悪いようにはしません。木谷さんの事もご安心ください」

 そういうと千恵さんはにっこりと笑顔を見せた。何故だろう、その笑顔に全てを任せても全く問題はないように感じられるから不思議だ。

「木谷さん、今回のこと、本当にありがとうございました」

「あなたのおかげで長門家が救われます」

そう言うと千恵は膝をつき深々と頭を下げた。

「いえいえとんでもない、頭を上げてください。これは私の責任でもあるのです」

「いいえ、木谷さんは長門を相手によくやってくれてるわ、今後とも長門を宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」

木谷も深々と頭を下げる。

「では、奥様、月世さんを少しお借りします」

「はい、月世、ハル君によろしくね」

「お母さん、行ってきます」

そう言うと月世と木谷は車に乗り込み出発した。

「・・・さて、私の出番ね」

千恵は一人でガッツポーズをしている。


 車中にて

「月世さん、ハル君の体はまだ傷がつながっていない状態です。まだ体には触れないでください」

「分かりました。ハルはどのくらいで回復できそうですか?」

「ん~普通で考えると数ヶ月は必要かと、ただ謎の多い体ですから何とも言い切れません」

「そうですか・・・」

月世は考えふけっている。

「ごたごたであまり深く考えていなかったのですが、あらためて不老について考えていました」

「やはりハルは歳をとらないという事なのでしょうか?」

「ええ、色々調べましたがあらゆる場所にそういった症状が見られました。無論、顔にも」

「姿が変わらない可能性があります。ただ、実際時間の経過を見ないと確かな事は言えません。あくまで調べた内容からの推測です」

「月世さん、お分かりのように、彼は今後世間へ姿を隠して生活しなければなりません。第二、第三の長門先生が現れた場合、彼はまた人体実験にさらされるでしょう。愛情のない人間にかかれば骨の髄まで調べられる。特に国の機関にばれたらおしまいです。今後は私たちでハル君を匿い世間から隔離しなければなりません」

「月世さん、今このような事をいうのも酷な話ですが、あなた自身決して多くの時間が残されている訳ではありません。ハル君も含め、どうか有意義な時間を過ごしてください」

「ありがとうございます。木谷さん。私の体は私がよく分かっています」

「私は私なりに精一杯生きます」

木谷には笑顔が月世の母とかぶって見えていた。


 木谷医院へ到着

「月世さん、くれぐれもハル君の体、特に腹部にはお気をつけください」

「わかりました」

奥の病室へ通される。

「おう、来たか来たか、彼にはまだ声をかけとらんで、そろそろ声を掛けてみてはどうかの?」

「ハル、ハル、大丈夫?」

 小さな声で月世は声を掛けてみた。

 するとハルは静かに目を開けた。目の前にいる月世の姿に驚いている様子だ。すると後方から声がした。

「ハル君、私はハル君の意向を守らず勝手な事をしてしまった。ここは私の実家で木谷医院です。ハル君の体を我々には解明することが出来ませんでした。大変申し訳ない。このまま研究を続けていれば命に関わる状態でした。命を守るため、そして長門先生が間違いを犯さない為にも君を連れだしてきました」

「なんとか事情を理解してください。ハル君」

「ハル、私がお願いしたの。木谷さんは悪くない、むしろ私たちを助けてくれたの」

「私の為にごめんね、ハル」

月世はこみ上げる鳴咽に我慢できなくなり泣きむせてしまう。

「月世・・・助けられなくて・・ごめんな」

ハルは声を絞り出すように答えた。

「俺が・・もっと父さんの仕事に関わっていたら・・・助けられたかもしれないのに・・・」

「悔やんでも、悔やんでも・・・もう戻れないんだ・・・本当にごめん」

月世の頬へ手を伸ばす。

「あなたは何も悪くないの! もう・・罪悪感を持つのはやめて・・ハル」

「私はいまのままで幸せなの」

頬に触れるハルの手にしがみつき月世は泣き崩れる。

「ハルがいないと私は幸せになれない・・うう・・だから、だからずっと私のそばにいてハル」

 月世の言葉を聞いて自分の間違いに気づく。もう月世から離れない。そう心に誓っていた。

「月世・・・ありがとう。俺、生きてて良かった」

ハルは笑顔を見せる。

「早く良くなって月世と沢山過ごしたい」

「私もよ、ハル」

月世もやさしい笑顔をハルにむける。


その頃長門家では二郎が血相を変えて自宅へ戻ってきた。

「千恵! 月世は! 月世はいるか! 月世――――!」

二郎は狂ったように叫んでいる。

「千恵、何か聞いていないか? 木谷はここへ来たか? どうなんだ千恵!」

千恵は落ち着いた表情で二郎を見つめる。

「ハルは、ハルは来たのか?!」

「あら、ハル君は遠洋漁業にでているのではなかったのあなた?」

「いや・・・それは、月世はどこに行った! 千恵答えろ!」

二郎は息を切らし血眼で千恵の肩を揺する。

「千恵! 木谷が来たんだろ? 来たんだよな? どうなんだ・・・千恵答えてくれ!」

二郎は崩れるように膝から落ち、両手で顔を覆い泣き崩れてしまった。

千恵は二郎の前に膝をつき頭をやさしく包むように抱擁し背中をなで始めた。

「あなた、もういいのよ、十分がんばったわ」

「月世は今のままで十分幸せなのよ、ハル君と一緒にいる事が幸せなの、月世にとって病気は障害ではない、あるとすればハル君を奪われることなのよ」

その言葉を聴いた二郎はハッとしてしまった。やがて号泣へと変わっていった。

「千恵~・・千恵~・・」

「はいはい、私はあなたのそばにいるわよ」

「俺は・・俺は・・月世を助けたかった・・助けたかったんだ~・・うううう・・・」

「そうね、あなたはがんばったわ」

「ハルに、ハルにとんでもないことをしてしまった・・・命まで危険にさらして・・」

「そうね、医者は命を助けなきゃね」

「でも大丈夫よ、皆が助けてくれたわ、月世もハル君も木谷さんも私も、みんなあなたを恨んでなんかいない、だから安心して頂戴、私は何があってもあなたの味方よ、二郎」

「千恵~ごめんな、ごめんな・・・」

二郎は千恵にしがみつき子供のように泣きじゃくっていた。


 日が暮れ始めた頃、木谷は月世を車に乗せ自宅へ送ってきた。外では千恵が待っていた。

「木谷さん、少し中にいいかしら」

「はい・・長門先生は?」

「長門からも話があります」

「あぁ・・分かりました。お邪魔します」

「木谷さん、大丈夫よ」

千恵は笑顔を見せる。

月世と木谷が中へ入ると二郎がいた。

何とも微妙な時間が流れる中、二郎が口を開いた。

「みんな、本当にすまない。すっかり自分を見失っていた。許してくれ」

そういうと二郎は手と頭を床に付け深く謝罪した。

「木谷君へはひどい命令をしてしまった。本当にすまない」

「いえいえ、私がふがいないばかりに、今回の事は私の責任でもあります」

「そんな事をいわんでくれ、私が悪いのだ。上司失格だ」

「月世、おまえの気持ちを考えず行動を起こしてしまった。ハルにひどいことを・・・」

「本当に申し訳ない」

「お父さん、私を助けようとしてくれてありがとう。私は病気のことは何とも思ってはいない、ただみんなと一緒に過ごせればそれでいい。その中にハルは絶対必要な人なの」

「ハルと月世の思いに気づけず、ただ自分の思いだけを突き通そうとうしてしまった。本当にみんな、申し訳ない」

二郎は更に頭を下げた。

「さ、もういんじゃないかしら?」

千恵が明るい口調で話しかける。

「木谷さん時間はあるの?」

「はい、妻にも遅くなると言ってあるので時間はあります」

「じゃ、みんなで食事にしましょ」

「お母さん」

月世は母の偉大さにあらためて感謝している。

「俺が言うのもなんだが、みんなで飯にしよう!」

二郎も吹っ切れたようだ。

「では私も遠慮なくいただきます」

「じゃ、みんな手伝って頂戴、台所に全て用意してあるから運ぶわよ」

千恵がそういうと皆で台所へ向かいそれぞれ運び始めた。


 皆それぞれの思いがありその為に人は動いている。それぞれの本当の思いが分かればすれ違いが防げたのかもしれない。しかし、それも含めて人なのだろう。そうやって成長していくのだ。

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