第五章:再生

 それから約二ヶ月が過ぎた。

 不老に関する究明は一切進んでおらず二郎はただただ焦りが増すだけだった。

「木谷君、明日もう一度ハルの開腹手術を行うので準備しておいてくれ」

「お言葉ですが長門先生、これでもう三回目です。この短期間でまた開くのはハル君の・・」

間髪入れず二郎が叫ぶように言葉を発する。

「君は言われたことをこなすだけでいい!」

「しかし・・・このままではハル君が・・・」

「もう一度言う、準備をしなさい木谷君」

「・・・分かりました」


 検査中ハル君の話し相手はもっぱら私であった。

「ハル君大丈夫かな?」

「木谷・・さん・・・」

 弱々しくも笑顔を見せるハル君の姿に私は罪悪感で押しつぶされそうになっていた。

「ハル君は月世さんのことがかなり大事なんだね・・・」

「月世には・・いつも助けられてきたから・・ハハ」

「俺に・・父さんのような知識があれば・・月世を助けられたかもしれない。でも・・・この体が解明できれば・・同じように助けられる。それができるなら・・これ以上のことはないです」

「ハル君は自分の気持ちを一度でも伝えたことがあるのかい?」

「・・・・いいえ」

「月世さんがハル君の事をどう思っているのか、それを聞かず、もしも命を落とすような事があっても君は後悔しないのかい? 私には月世さんがこの状態を望んでいるとは到底思えない。このままいけば君は助かる保証も無い。それでも幸せと言えるのか?」

「月世が助かるなら・・・幸せです」

「月世は・・・俺しか知らない・・この先も生きて、色々な人たちと・・・関わり合い・・・幸せを見つけてほしい・・・」

どうやらハル君は眠ってしまったようだ。

 この状態が続けばハル君は助からない。長門先生がどこまでやるつもりでいるのか、自身を失い掛けている状態の判断は危険である。いずれにせよハル君が望む以上どうしようもならない様に私自身悩み続けていた。


 某日、長門家にて。

「ごめんください」

珍しく女性の声がしたので千恵はあわてて玄関に駆け寄った。

「はい、いらっしゃい。どなた様?」

「私、奈美と申します。ハルの同級生です。月世さんに用事があってきました。月世さんいらっしゃいますか?」

「ああ、はいはい、ちょっと待ってくださいね」

「月世~月世~お客さんがいらしてるわよ~」

月世は誰がきたのかと恐る恐る階段を降りてきた。

「奈美さん!」

「ごめんなさい突然押しかけて。ハルの事が聞きたくて来たの。少し話を聞いていいかしら?」

「はい・・私の部屋へどうぞ」

 奈美の表情はきわめて神妙で焦りさえ伝わってくる状態だ。

「ハルが仕事で留守にしている噂を耳にしたの、どこへ行ったのか話を聞かせてほしくて」

言葉だけではなく目でも訴えかけている様子で問いかけてくる。

「父の話では、遠洋漁業でしばらく留守にすると、突然決めた仕事らしくて・・・挨拶もなしで突然行ってしまったの」

「遠洋漁業? 確かにここは漁業が盛んだけど・・・」

「月世さん、その話はお父さんから?」

「そうです。父から聞きました」

「それ以外に何か変わったことは?」

「特に思い当たるふしはないけど・・・父と庭でたまに話しこんでいました」

「聞かせてくれてありがとう。失礼します」

「ちょっと待ってください奈美さん!」

「ハルに何かあったのでしょうか?」

「・・・。分からない、ただ、ハルが何も告げずに出るかしら? 何か違和感を感じるわ」

「とりあえず知り合いを伝に港に聞き込みをしてその船を探してみます」

「あの!・・勝手なのは百も承知で・・結果を私にも教えていただけないでしょうか? お願いします!」

月世は頭を深く下げている。

「・・・・。分かった。もし見つけたら月世さんにも伝えにきます」

「ありがとうございます。奈美さん!」

「でも勘違いしないで、あなたの為にするんじゃない、ハルの為にするの」

「そして私の為でもあるの。私はハルが好き。ハルに何かがあれば私が助ける」

「たとえハルがあなたの事を好きでも」

 力強く答える奈美さんの顔に迷いのようなものは一切感じられない。足早に去っていく後姿に自分の無力さ、ハルの事を何も分かってない事に絶望すら感じていた。奈美さんがハルを想う気持ちの大きさは巨大な壁に見えていた。


 奈美は早速港へと向かった。港と言ってもそうそう大きな船は見当たらない。小さな漁船が多くあるという感じだ。

「おっちゃん、元気にしてた?」

真っ黒に日焼けした中年のおじさんに声を掛けた。

「おお! 奈美じゃね~か珍しいなこんな所に、今日はどうした?」

「あのさ、丁度一ヶ月前に遠洋漁業に出ている船って何隻くらいあるの?」

「遠洋? 一ヶ月前? そんな船なんて無いよ」

「ここの港で遠洋に出てるのは一隻だけ、それも戦時中に沈められたんだよ」

「今は遠洋に出る船は一隻もね~よ」

「それ本当? どこからか水揚げにくるとかそういうのも無いの?」

「ね~よそんなの、今は近海だけさ」

「そっか、ありがとうおっちゃん! またね」

 その後も数件当たってみたが皆同じ回答しか得られなかった。

 月世の父がウソを言ってまで何かを隠している。確実にハルは何かしら巻き込まれていると考えて間違いない。ただ、この後について奈美には全く心当たりが無い。月世に託し解決してもらう以外なさそうだ。悔しいが月世に報告へ行く事にした。

「夜遅くごめんなさい。少し外に出れるかしら」

「ええ、私も早く聞きたいので」

月世は不安げに奈美についていく。

「さっき港で聞き込みをしてきたの。この港で遠洋の船は一隻も無い。戦争で沈められてしまったそうよ」

「月世さんのお父さんが何故そんなウソをつくのか、よほど何かを急いでいたんじゃないかしら、あなたなら何か心当たりがあるんじゃない? この先私には心当たりが全くない、あるとすればあなたに関わる何か」

「ハルに何があったのか心配だわ、見つけ出してほしいの。人手が足りなければ私にも声を掛けて」

「分かりました。心当たりをあたってみます。奈美さんの手をお借りする場合は知らせます」

「奈美さん、ありがとう」

月世は深々と奈美に頭を下げる。

「何度も言うけど、あなたのためじゃないわ」

そう言って奈美は去っていった。


 翌日

 ここ最近全く余裕が無い顔をしている父、父の出勤を見計らい数件隣の米屋さんにある電話で木谷さんへ連絡を取ろうとたくらんでいた。

「では仕事に行って来る」

二郎が研究所へと向かう。

 それを見計らい電話を掛けに行こうと玄関へ向かった月世のもとへ母がやってきた。

「月世、木谷さんに連絡取るなら研究所じゃなくここへかけなさい」

そういってメモを月世へ渡す。

「お母さん・・・」

「お父さんが研究所へ到着するのに一時間は掛かる。その前にここへ電話すれば木谷さんに連絡がつくわ」

「木谷さんは研究所の車を持っているから今ならまだ家を出ていないはずよ」

「お母さん、ありがとう」

 何も言わなくてもお母さんは私のことも、父さんのことも全て分かっているのかもしれない。いつもは厳しいお母さんだけど、どんな時も私の味方でいてくれる。ありがとうお母さん。


早速月世は米屋に向かった。

「おや? 月世ちゃんじゃないか、今日はどうしたの?」

「おはようございます。電話を借りにきました」

「珍しいね、月世ちゃんが電話なんて、どうぞ使ってちょうだい」

「ありがとうございます。お邪魔します」

月世は電話をかけ、交換手に番号を伝えた。しばらくして木谷へつながった。

「もしもし。木谷さん? 月世です」

「月世さん? どうしたんだいこんな朝早く」

「木谷さん、ハルの事で電話しました。今日これからお話を聞くことは可能でしょうか?」

「・・・・・お父さんはこの電話の事を知っているのかい?」

「いいえ、私の意思で電話しています。木谷さん、お願いします!」

「・・・・分かりました。今からでは長門先生に怪しまれますので正午に月世さんの家に伺います」

「正午に家の近くへ出てきていただけますか?」

「分かりました。お待ちしております。木谷さん・・・ありがとうございます」

そう告げると電話を切った。


 正午

 月世は早めに家を出て木谷を待っていた。そこへ木谷が運転する車がやってきた。

「月世さん乗ってください」

木谷がそういうと月世は助手席に乗り込んだ。

「月世さん、まず私は謝らなければならない。本当に申し訳ないことをした」

「木谷さん、いったいハルに何が起こっているのですか?」

「少し長くなるが聞いてください」

「ハル君のお父さんは生前ある研究を行っていました」

「終戦直前の激しい空襲時、研究成果を自らの命を掛けてハル君に施し死んでいったのです」

「山来先生がハル君に施したのは修復細胞、結果としてハル君は不老となってしまった」

「不老?!」

月夜は思いもしない内容に言葉を失ってしまう。

「ハル君に施された謎を解き明かす事ができれば月世さん、あなたの病気の進行を止める事が出来るかもしれないのです。月世さんだけじゃない、世界中の難病患者を救うことができるかもしれない。そこで長門先生はハル君の体を研究させてくれるよう頼もうとしました」

「月世さんを助けられるかもしれない事を知ったハル君は逆に我々へお願いしてきたのです。あれからハル君は研究に協力してくれています」

「ハルは、ハルの体は大丈夫なんですか!」

「正直なところ、良くありません。開腹手術も三回、血液検査から何から出来ることは全て行っています。相当無理が出ている状態です。それなのに我々は全く成果をあげられません」

木谷は申し訳なさそうな顔をしている。

「山来先生のように我々にはできないんです。月世さんを助けるどころかこのままではハル君まで・・・」

「ハル・・・」

月夜は涙ぐみながら話を聞いている。

「ハル君は月世さんを助ける為なら命すら捧げるつもりでいます。月世さんの体を治し、様々な人たちと出会って幸せになってほしいと言っていました」

月世は時折息を詰まらせ涙を流している。

 奈美さんは何かを感じ取り行動を起こした。それに引き換え自分は何も気づけなかった。この涙には悔しさも混じっていた。

「長門先生は開頭手術も視野に入れています。今の長門先生では何をしでかすか・・・」

「そうなれば最悪、障害が残る可能性も視野に入れなければなりません。結果が出せないことに長門先生も相当焦り悩んでいる様子です」

相当ハルには負担がかかっている事が木谷さんの説明で分かる。

「お願いします! 木谷さんハルを、ハルを連れ出してください! お願いします!」

「大丈夫です月世さん。そのつもりです」

「長門先生が間違いを犯す前に、私がハル君を研究所から連れ出します」

「明日、長門先生が出勤する前に決行します」

「私はこの後受け入れ先の準備に取り掛かります。明日ハル君を移動させたら月世さんをご自宅にお迎えにあがります。よろしいですか? 月世さん」

「ありがとう、ありがとう木谷さん・・」

月世は息を詰まらせむせび泣いている。

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