第四章:診断

 昨夜二郎さんから話があり、かつて両親も働いていた国立医療研究所へ検査に向かうことになっていた。

「よくきたねハル」

「紹介する。こちらは私の助手で木谷君だ」

「久しぶりだねハル君」

「なんだ? お前達知り合いだったのか?」

「以前郵便局でお会いしまして」

俺はそのときの事を二郎さんに説明した。

「何だそんな事があったのか、狭い世の中だな~」

「今日は宜しくお願いします」

深く頭を下げる。

「では早速取り掛かろう」

 検査は多岐にわたり様々行われた。しかし俺に理解できる検査は一つも無い。されるがままという感じだった。午前中まるまる時間を費やし検査は終わった。結果は数日後と言うこと帰宅した。月世にこの事は言っていない。父さんが何をしたかも分からない今まだ皆には言うべきではないだろうという考えだ。二郎さんも同じ意見であった。


 帰宅後また二郎さんに庭へ呼ばれた。

「地下室へ案内してくれるか?」

「はい、そのままにしてありますからいつでも」

「では明日にでもいいかな?」

「分かりました。では明日」

二郎さんの様子がいつもと違うように映ったのが少し気になった。


 翌日、早朝から地下室へ向かった。久しぶりの地下室に父さんの思い出がよみがえる。二郎さんは何やら棚に入っている薬品を調べているようだが俺にはチンプンカンプンだ。

 ここを売って、将来のことを様々妄想し、月世の事を考え赤面する。そうこう考えをめぐらせていたら用事は済んだようだ。二郎さんは険しい表情をしている。検査の結果が思わしくなかったのだろうか?


 医療研究所

「長門先生、ハル君から採取した細胞を調べているのですが・・見間違いなのかなんなのか・・」

「どれ、見せてくれ」

顕微鏡を覗き険しい表情を浮かべている。

「これはまるで老化しない細胞と言ってもいい状態でしょう。切り刻まれた部分のみ修正しようと活動しているようにも見えます。老化しないというより・・・老化を常に防いでいるという事でしょうか?」

「長門先生、これが山来先生が行っていた研究なのでしょうか? これが解明できれば、長門先生の娘さんの病気、完治はできなくても進行を止める事ができる可能性があるということになります」

木谷は興奮気味に長門へ話しかける。

「何てことだ・・・こんな事があっていいのか・・・全てを解くカギ」

狐につままれたような表情を浮かべる二郎。

「ここまでくると神の領域、我々人間が踏み込んでいいのだろうか? しかし、月世の進行を止める事ができるかもしれない・・・」


 山来秋雄が行っていた研究は常に自己修復を行う細胞。結果的に不老となっているとでも言うべきか、という事はハルは老化しない、年をとらないという事なのだろうか。彼は全てを解くカギと言っていた。まさにそうだと確信する。

 軍も関わり行っていた研究。常に修復を繰り返し老化さえ抑えてしまう力、これが解明できれば全ての病の進行を止め、永遠の命すら手に入るかもしれない。スケールが大きすぎて何とも言えない。

「終戦で軍の管理系統が現在どうなっているか分からないが、これは国家機密に相当するだろう。木谷君、このことは絶対に他言してはならない。しばらくは二人で研究を進めていこう。いいね?」

「分かりました。長門先生」


 検査を行ってからすでに三週間あまりが過ぎていた。もう結果は出ていると思うのだが二郎さんからまだ詳しい話が無い。今夜あたりにでも聞いてみようと考えていた。


 いつものように食事が終わり、千恵さんは後片付けへ台所へ、月世は風呂へ向かった。そこを見計らい二郎さんへ話しかけよとしたところ逆に話しかけられた。

「ハル、明日もう一度研究所へ来てくれないか? 検査の結果について話があるんだ」

「分かりました。俺も気になっていましたので丁度良かったです」

「では何時頃伺えばよいですか?」

「正午、木谷君も一緒に食事をしながらでも話そうか」

「分かりました。では正午に伺います」

「よろしく」

二郎さんは神妙な顔つきで一言いい奥の部屋に消えていった。

 あの様子から何かしら問題があったという想像がつく。なんせ父さんが行っていた研究だけに予想外の事は覚悟しておいて損は無いだろう。いずれにせよ逃げることはできない。明日、何を告げられても受け入れるほか道がない事は十分理解しているつもりだ。


 次の日、正午に到着するように研究所へと向かった。研究室にはすでに木谷さんが忙しそうに作業を行っている。そこへ食事を持って二郎さんがやってきた。

「簡単な物ですまない。弁当を買ってきたので食べながら話をしよう」

「おぉうまそうな弁当、いただきます」

かなり贅沢な弁当だ、焼き魚に卵焼きまで入っている。この時期卵は貴重品だった。

「ハル、これから話すことは絶対に他言してはいけない、これが知れたら君の命に関わってくる。それを絶対守れるかい?」

「父がおこなっていた研究ですからそれなりに覚悟はしてきたつもりです。教えてください。父が俺に何をしたのか?」

「では話そう、山来秋雄が君に施した魔法とは」

「常に修復を繰り返し老化さえ抑えてしまう細胞、結果的に君は年をとらない体となっている」

一瞬この場だけ時間が止まってしまったように感じた。

「え? 歳をとらない? 俺が?」

さすがに覚悟はしていたがまさか不老とは思いもしなかった。

「そうだ、君の細胞は常に修復している。不老は結果的に出ている症状だ。不老が部分的なものなのか、それとも内臓も含めた全身がそうであるかはまだ分からない。もしかしたら見かけだけという可能性もあるし、そこは何ともいえないところだ。その辺はこれから調べていかなければと考えている」

「それとは別に、君の体を解明できれば月世を助ける事ができるかもしれない」


 俺が月世を助けられるかもしれない! その言葉に動揺していた気持ちが凍りつくように静まった。月世を助ける事ができるなら喜んで協力する。もうそれしか頭になかった。不老などもうどうでもよかった。月世さえ助けられるなら。

「治せるかは未知だが進行を止める事ができるかもしれない。これ以上悪化を止める事ができれば月世は人並みに生きられる可能性がある。それだけではない、全ての病の進行を止める可能性があるという事だ」


 俺の体は全ての病気を治せるかもしれない、俺の体が解明できれば、母や月世のように苦しむ人たちを救えるかもしれないという事だ。父はそれを俺に託したという事なのか・・・・。

「おじさん、木谷さん、是非協力させてください。というより、こちらからお願いします」

「月世を少しでも助けられる可能性があるならこの体お二人に預けます」

「どうか、なんとかお願いします」

もうこの二人にすがる思いで俺は頼み込んだ。

「ありがとうハル、私からお願いするつもりだったが・・・。あらためて宜しく、宜しくお願いします」

二郎さんは安心した顔で深々と頭を下げた。

「早速だが今日から初めてもよいだろうか? 月世に残された時間は限られている。少しでも時間を無駄にしたくないんだ。」

「もちろんです。何でも言いつけてください」

「ではここにしばらく入院してもらう。いいね」

「はい!」

 一切迷いは無かった。ただ世話になる事しか出来なかった俺にとってやっと役に立てることが見つかった。もう父も母もいない独り身、月世を助けられるなら死んでも構わない、それを見つけられた事に幸せすら感じていた。

 研究室には小部屋があり、そこへすでにベッドが用意されていた。見慣れない機材や点滴など様々置かれている。早速ベットへ横になり採血や点滴が行われはじめた。かなり用意周到に進めてきたらしい。あの地下室で体験した意識が朦朧としていく感覚がまた襲ってきた。


その晩、長門家にて。ハルの姿が無いことを疑問に感じた月世が口を開いた。

「お父さん、ハルが見当たらないの、どこへ行ったのかしら?」

「ああ、突然のことで悪いんだが、実は良い仕事が見つかってね」

「知り合いの船長が長期の漁へ出る為に若手を探しているって事でハルを紹介したんだ」

「そしたらとんとん拍子で話が進んでね、突然だったが漁へ出たよ。たぶん戻るのは数ヶ月先だろう、船だから連絡もつかない」

珍しく千恵が口を開く

「あまりに突然すぎでしょ?」

「そんな長期じゃ用意もあるだろうに、用意をしていた感じが全くなかったわよ?」

「ん、ああ、船長の方で全て用意するって話でね・・」

 月世の顔が明らかに曇っている。同時に、二郎の言葉に不振を抱いているようにも見える。

「あまりに突然すぎて・・・ハル、大丈夫かしら」

月世から生気がすっかり失せてしまった。

「な~に大丈夫、ハルも立派な男だ、きちんと仕事を終えて帰ってくるさ」

「それまでちゃんと元気で過ごさないとハルも心配するだろ? な、月世」

「うん・・・分かった。ごちそうさま」

「月世、全然食べてないじゃない。体力が持たないわよ」

「今日はもういい・・・」

そう言って月世は自分の部屋へ戻っていった。

「で、本当の所はどうなの?」

千恵が問い詰めるように二郎へ問いただす。

「いや、本当だって・・ハハ・・・」

「ま、いいわ、何かあったらきちんと責任をとる覚悟は忘れないでちょうだい、あなた」

すでに見透かしているような千恵の発言に二郎は息を呑む。

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