第三章:英雄

 数日後、そろそろ奈美の所へ顔を出さないとまずいよな~という思いが頭をよぎり仕事を早く終わらせ行ってみる事にした。

 神社の近くの小金さんの家、奈美の親戚だったはずだ。神社で祭りがあるたびに人が沢山集まってにぎやかだったのを覚えている。子供たちが集まるとみんなを仕切る大将のような存在、それが奈美だった。

「と、ここだよな小金さんの・・・」

とぶつぶつ独り言を言ってると中から人が出てきた。

「やや! ハルじゃね~か!」

奈美のお父さんだ。

「ご無沙汰してました。おじさん」

「空襲の時は違う場所へ避難して、みんなからはぐれてしまいましてご心配お掛けしました」

そう言って頭を下げた。

「いやいや、無事ならなんでもいんだよ!」

「奈美から聞いたがおやじさんの事は残念だった」

「大変だったろハル、大事なときに助けてやれなくてスマン」

「そんな、心配してくれるだけで十分ですよ、ありがとうございます」

「おまえはホントにやさしい男だよまったく、早く奈美をもらってくれよ」

「突然何を言い出すんですかおじさん」

「うるさくてかなわんのだ、早く連れてってくれよ~」

「自分の娘を邪険にしちゃいけないでしょ、ハハ・・・」

「な~に二人で話してんのよ!」

話が聞こえていたのか奈美の顔は怒り心頭である。

「鬼が来た! ハルじゃまたな!」

そそくさと逃げるようにおじさんは走っていってしまった。奈美に似て体力があるおじさんだ。

「誰が鬼じゃー! まったく・・・」

「ってか、ハル!」

「ハイ!」

思わず上司へ返す返事のようなイントネーションをしてしまった。

「おーそーいっ!」

「来るって言ったら次の日に来なさいよ、まったく!」

「そんなめちゃくちゃな・・・こっちだっていろいろあるんだからさ~」

相変わらず奈美は自分中心である。

「ここで話もなんだから神社にでも行こっか」

「そうだな、なんか久しぶりだな神社行くの」

二人で歩きながら神社へ向かった。

「神社でかくれんぼしてさ、奈美、俺を見つけてくれなくて先に帰っちゃった事あったよな」

「あの後、父さんが俺を見つけにきてくれて帰ったんだよ」

「ギクっ・・そんな事・・あったっけ・・ハハ」

奈美は都合の悪そうな顔をしている。

「あとさ、奈美が神社の池にボールおとしちゃって、俺裸にされてボール取りに行かされてさ」

「俺、その後高熱でしばらく学校へいけなかったんだよね」

「ひゅーひゅーひゅー・・・」

奈美は更に都合悪そうに口笛を吹いている。

「あとさ」

矢継ぎに奈美が声をさえぎる。

「あーーーもうこの話は終わり!」

「そんな話ばっかりで私まるでめちゃくちゃな感じじゃない!」

「いや、めちゃくちゃだったろ・・・」

「ハァ~、あの黒歴史は変えられないのね・・・」

涙目の奈美。

「でもさ、一番忘れられないのは悪ガキ三人組だよな」

「あぁ、あいつらね」

「俺があいつらにいつもいじめられてて、相手は三人なのに奈美いつも助けてくれたもんな」

「あれはホントに感謝してるよ」

「ハハ・・・そんな大した事じゃないよ・・」

「結構気にしてたんだぜ、奈美は女の子だから顔とか傷つけたらまずいって思って」

「・・・・そっか、一応心配してくれてたんだ」

奈美は頬を赤く染めてる。

「てかさ、あの秘密基地ってまだあるのかな?」

「ああ、神社の裏のだよね、誰かが片付けてなければそのままじゃないかな」

「行ってみよう奈美!」

そう言って俺は奈美の手をつかみ秘密基地へと走った。

走りながら少し後ろを走る奈美を見るとつないだ手をみつめ顔が赤くなっていた。

あ、俺手つないじゃってる。

「あ、ごめん、勝手に手ひっぱって」

俺はあわてて手を離した。

「うんん、大丈夫、子供の頃はよくハルと手つないでたよね、今はなんか照れくさいというか何と言うか・・・」

「俺らも大人になってきたのかな? なんて。ってか、基地もう無くなってる」

「誰か片付けちゃったんだね」

「まあ、あの頃は何だかんだ言って楽しかった」

「そうだね」

奈美はどことなく寂しそうな顔をしている。

「そうだ、お父さんがね、また家を建て直すって。ハルの家はどうするの?」

「俺はとても立て直すお金なんてないから。買い手がいれば土地売ろうかと思ってる」

「え・・ハル、もうあそこへは住まないの?」

「ん、厳密には住めないと言うほうが正しいのかな」

「もう父さんもいないし、俺は医療の勉強をしてたわけじゃないし、山来診療所は閉鎖だな」

「・・・・」

奈美は困った顔をしている。

「ハル、家が完成したら家に来て!」

「ああ、遊びに行くよ」

「そうじゃなくて、一緒に家に住むの!」

「また勝手な事を・・・おじさんもびっくりしちゃうだろ」

「びっくりなんてしないよ・・・」

「私が・・・私が山来奈美になればいい!・・そしたら一緒に住めるでしょ・・・」

「奈美・・・・」

うれしくて何故か涙があふれてくる。

「あんた、なんで泣くのよ! これじゃいじめてるみたいじゃない」

「ありがとう奈美、すごくうれしい、こんな俺みたいな人間に・・・」

 奈美が俺に好意を持ってくれてるなんて、こんな幸せなことは無い。

「でも、今はまだ色々とやらなければならないことが山ほどあって」

「だから奈美の気持ちに答えることはできないんだ。ごめん・・・」

「それに、俺・・す」

と言いかけた時に奈美が声をさえぎる。

「謝らないでよ、私、待ってるから」

そう言って奈美は走っていってしまった。

 空を見上げるとすっかり日が暮れてしまっていた。また月が大きく綺麗な夜だ。奈美に言われた言葉がうれしくて涙が止まらない・・・。


 早朝、目の周りがはれぼったい。そんな顔を見て月世が話しかけてきた。

「ハル、その顔どうしたの?」

「さては昨日告白してふられたな~で、号泣してたとか?」

「んなわけないだろ」

 というか、逆だ。ま、逆なのに俺が泣くのもおかしな話だが。こんな話月世にはできない、というよりしたくない。

「へ~違うんだ。何があったか知らないけど、なぐさめてあげる」

そう言って月世は俺の体にそっと腕をまわす。

「へ?・・・・」

月世の華奢な体に吸い込まれていく。とても温かい。

 突然のことに頭が回らない。

「さて、今日もがんばってねハル!」

そう言っていたずらな顔をした月世が階段を降りていく。

 ああ、力が抜けていく・・・。

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