第二章:再会

 朝日がまぶしい。あれから何とかその日暮らしをしている状態だ。少しづつではあるが町もだいぶ落ち着きをとりもどしつつある。地下室にあるつかえそうな物を取り出しては町に売りに行く。売るというより食料と物々交換だ。父さんの腕時計や燃え残った母さんの着物。おかげでだいぶ物は片付いた。

 しかしいつまでも交換できる物がある訳ではない。仕事があるときはできるだけこなすようにして働いている。主に漁業関係の仕事が舞い込んでくる。何度か漁に出た事もあったが帰りに魚をもらえるのでとても助かる仕事だ。成果があがれば千恵さんも機嫌がいいのだ。そんな日々が今までになく充実した毎日に感じていた。ただ、それに反して月世の病状は決して良い状態ではなかった。

「月世、体の調子はどうだ?」

「ん・・・あまり良い感じじゃないわね」

「でも慣れたものよ。なんたって生まれた時からこの病と一緒に過ごしてきたんだから」

「きっとこの病気も含めて私なんだと思う。だから今更どうもこうもないのかな~私は私、大丈夫、大丈夫」

 月世はいつもそうだ。自分より周りを常に優先した気遣いをする。本当は辛いことぐらい気づいている。月世の力になれない事が何より悔やまれる。俺でも月世の為に出来ことがあるのだろうか・・・。


「ねえハル、あなたに一度話しておきたい事があるの」

何だ? もしかして告白だったりして、だとしたらうれしいが。

「私のお母さんが何故あなたのお母さんを嫌っていたのか」

「えっ・・・知ってるのか?」

思いもしない話題に面食らった。

「私も確かなことは言えないわ、でも少し分かったことがあるの」

「私のお父さん、若い頃ハルのお母さんの事が好きだったらしいの」

「・・・・・」

何ともいえない話に困惑する。

「以前酔っ払って話していた事があったの」

「ハルのお父さんと二人で取り合いになって、ハルのお父さんが射止めたって」

「そういう状況を見てきた私のお母さんは面白くなかったのかもしれない・・・たぶん」

「本人から直接聞いたわけではないから確かな事は分からないけど」

「酔っ払って話していたお父さんの言葉から大体の予想はつくわ」

「お母さんがハルに冷たい態度ばかりでごめんね。私たちには分からない何か事情がある事は確かなの」

「月世が謝ることじゃないよ、俺はそういうの慣れてるから」


 親戚中をたらい回しにされた俺はそのくらいじゃめげない。全く気にしていないという態度で月世に笑顔を向ける。


「千恵さんにもすごいお世話になっているし感謝してる。月世が罪悪感を感じるような事は何一つ無いよ」

「ハルがそう思ってくれてるなら救われるは、家に来るたび嫌な思いをさせてるんじゃないかって思ってたから・・・」

「そんな事ないよ、俺は・・千恵さんに会いに来てたわけじゃない、月世に会いにきてたわけだし」

何気に恥ずかしい言葉を発してしまったことで顔が熱くなる。

「まあとにかく、月世はそんな心配してないで自分の体調管理に専念してくれ」

「うん」

 月世のやさしい笑顔に救われる思いだ。


次の日、千恵さんに用事を頼まれた。

「ハル君、郵便局に家宛に荷物が届いてるらしいの」

「配達がままならないらしくて取りにいってくれないかしら? 外の自転車使っていいから」

「分かりました。では早速行ってきます」

それを聞いた月世がひょっこり顔を出す。

「ね、お母さん、私も行っていい?」

「だ~め! 途中で悪くなったらどうするのよ!」

厳しくもその言葉には心配しているという事が感じられる。

「たまには私も外を見たいの、それに自転車でしょ?」

「漕ぐのはハルだし、私は後ろに乗るだけ、ね? いいでしょ?」

「ん~~しょうがないわね・・・ハル君、月世をお願いね、絶対無理させないでちょうだい」

「分かりました。じゃ行こうか月世」

「やった! お母さんありがとう!」

そう言って母に抱きつく月世、千恵さんもまんざらでもなさそうな表情だ。

 二郎さんが乗っているであろう自転車、カゴがやたら大きくサドルも妙に大きい。後ろの荷台に座布団を縛りつける。郵便局まで三~四十分くらいの道のりだろう。月世を後ろに乗せるのは小学生以来のことだ。というか考えたら緊張する。

白くて長いスカートが絡まないよう上手に乗り、白く小さな手を俺の腰に回す。つかまる力がなさ過ぎて華奢さが更に際立つ。頭にはつばの大きな麦藁帽子が良く似合っている。

「小学生以来かな~ハルと自転車に乗るの」

月世はそう言ってうれしそうな寂しそうな表情を浮かべる。

「よく覚えてたな」

「私、一人で自転車に乗れないからね、基本後ろだからよく覚えているの」

「自転車って大好き。風が気持ちいいし、楽だしね~」

「ハルは私のエンジンみたいなもんだね」

「なんだそれ、俺は動力源かよ」

「そうだね~ ハルは私の動力源だね・・」

「・・・・」

月世の言葉になんとなく笑がこぼれる。


 天気が良く風が気持ちいい。こんな時間がずっと続いてくれたらいいのに、そう考えていた。

しばらく走ると俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ハル・・・・・・・ハルーーー」

「ん? 誰か呼んでる?」

「そう・・みたい」

月世は周りを見渡し人を探す。

自転車を止めると横道から声が近づいてきた。

「やっと追いついた~ハァハァハァ・・・」

ショートカットの日焼けした少女が駆け寄ってきた。

「おぉ! やっぱり大丈夫だったのか! 家が全焼だったからどうしたかと思ってたよ!」

俺は見慣れた少女に声を掛ける。

「ハル! 私ハルが死んだんじゃないかと思って、探しても探してもどこにもいないし」

少女は涙ぐみ叫ぶように話している。

「勝手に殺すな」

奈美は俺の家の隣に住んでいる幼馴染であり子供の頃はガキ大将でもあり・・・。

「ていうか後ろに乗ってるの月世さん・・だよね?」

「覚えててくれたんですね奈美さん。数回しか会ったことが無いのに」

「月世さんこそよく私の名前覚えてたね! ビックリ!」

「っていうかハルっ! 今までどこにいたの!」

何故か怒り口調だ。

「今は月世の家に厄介になってるんだ」

「えっ、月世さんの家に? ハルが? 何それ・・」

奈美はビックリした表情を浮かべている。

「お父さんはどうしたのよ?」

「亡くなったんだ。身寄りがなくなっちゃってさ、月世のお父さんが面倒みてくれてるんだ」

 奈美はその話を聞いて暗い表情を落としたが、すぐにふくれっ面に変わった。気に入らない様子だ。

「じ、じゃ今度は家に来ればいいじゃない! 月世さんの家ばかりじゃ迷惑でしょ!」

「迷惑の分担よ! 分担!」

「分担って・・・奈美には迷惑かけられないよ」

「月世さんなら迷惑をかけてもいいわけ? 訳わかんないし!」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ・・」

「ああ、そうだ、奈美のお父さんは元気なのか?」

「あの親父おやじなら元気すぎて誰かに連れてってほしいくらいよ」

「ハハ、そうか、元気そうで何よりだ」

「あぁ、ごめん奈美、今用事を足しに行ってくるんだ、遅れるとまずいからまた今度ゆっくり」

「え? 寄ってかないの? え~~~・・・ん~~」

「私のお父さんも心配してるから顔出しにきなさい!」

「神社のとこの小金さんちにいるから!」

「分かった、今度挨拶に行くよ」

「絶対よ! 来なかったらどうなるか分かるわよね~」

奈美は何故か握りこぶしを握っている。

「ハハ、分かったから、じゃまた今度!」

 ようやく奈美から解放された。昔からそうだった。同じ歳なのにまるで年上の姉貴面、いろんな意味であの気の強さにいつも助けられていたのは確かだが、もう少し女らしくしてほしい。黙ってるとかわいいのに。

「奈美さん元気な人だね・・」

「奈美から元気取ったら何も残らんだろ」

「ハル・・もてるんだ・・・」

「はあ~? いやいやいや、そんなんじゃないよ」

「昔からああなんだよ、いつも姉貴面でさ・・フ~」

ため息をつく。

「なんかむかつく」

と言いながら月世はハルの背中をつつきはじめる。

「いや、痛いし・・・何だよ・・・」

 奈美に出くわした為に予想以上に時間が掛かってしまった。早く戻らないと千恵さんにどやされるし月世の体も心配だ。自転車のスピードをあげると月世はキャッキャッと楽しそうに笑っている。

「月世! 疲れたらよっかかっていいからな」

「うん、ありがとう」

 むしろ寄りかかってほしいと思っていると、月世は背中におでこをつけ少しだけ体を預けてきた。俺の足に更に漕ぐ力が入る。


郵便局に到着し自転車から降りると一人の男性が近づいてきた。

「月世さんじゃないですか?」

「あら、木谷さん!」

月世はうれしそうな顔をしている。

 メガネをかけ身長も高くスマート、まさに二枚目俳優のような顔立ちだ。

「いつも父がお世話になってます。」

そう言うと月世はぺこりと頭を下げた。

「そんな、長門先生にお世話になっているのは私の方ですよ」

「月世さん、その後体の調子はいかがですか?」

「木谷さんの薬のおかげでだいぶ楽です」

「そうですか、それは良かった。ところでお隣の方は?」

「あ、彼は山来ハルです」

「こちらはお父さんの助手をしている木谷さん。薬の事で私もお世話になっているの」


木谷総一郎きたに そういちろう、国立医療研究所の職員。長門二郎の部下であり月世の担当医でもある。妻は木谷純子きたに じゅんこ。永らく子供ができず悩んでいる。


「ああ! あの山来先生の息子さんですか!」

どうやら父を知っているようだ。

「はじめまして、山来ハルです」

木谷と名乗る男へ頭を下げる。

「こちらこそ、山来先生の研究はすごくてね、私の憧れだったんですよ」

「山来先生の事は長門先生からお聞きしておりました。とても残念です」

「あんな父でも尊敬してくれる方がいる事を知って誇りに思います。ありがとうございます」

「尊敬も何も、山来先生が残していった研究資料がどれだけ世の為になっていることか」

「とてもすごい先生だったのですよ、誇りに思って間違いないです」

「さて、月世さん、あまり無理をせず体調管理はきちんと行ってください」

「仕事を抜けてきてますので、私はこれで失礼しますね」

木谷さんはそういうとさわやかすぎる笑顔を振りまき月世に手を振って去って行った。

「ふ~ん、ハンサムってああいうのを言うのかな?」

皮肉っぽく月世に言って見せた。

「木谷さんの奥さんすっごい美人なんだよ~」

「まさに美男美女って感じ、子供がほしいみたいなんだけど中々できないらしくて・・・」

「ふ~ん、美男美女にも悩みはあるんだ」

「ってか、こっちもさっさと荷物を受けとらないと、おばさんに怒られちゃうよ!」

早速郵便局で荷物を受け取り家へ戻ることにした。


 すっかり日は暮れ、月世も疲れたようで部屋で休んでいる。そこへ二郎さんが帰ってきた。

「そろそろ研究所も再開の目処がたってきた。もうしばらくしたら以前にも言ったとおり検査をしよう。何事も無ければいいが、もしもの事を考えてな」

「分かりました。準備が整ったら教えてください」

「うむ、で、月世は寝てるのか?」

「郵便局へ行くのに月世がどうしてもついて行くっていいまして・・」

「で、連れてったわけか? 大丈夫だったか?」

「ええ、終始喜んでいました。天気もよかったのでサイクリングには丁度良いかと」

「そうか、手間を掛けてしまったな、ハル」

「とんでもない、一人でも二人でもどうせ行くんですから同じですよ」


 食事を済ませ、いつもは最後に風呂に入るのだが月世がいつ入るのか分からない状態だったので先に風呂をいただくことにした。今日は奈美に会った。確か神社の近くの小金さんちにいると言っていた。近いうち顔を出しに行かないと、ここへこられると厄介だ。木谷さんはホントに色男だったな~。奥さんも見てみたい・・・。月世の話では不妊で悩んでいるらしいと、ま、誰にでも悩みはあるものなんだな。今日一日の出来事を風呂に入りながら思い出していた。月世が背中に顔をつけたことを思い出し一人ニヤニヤする。


 風呂上り、今日は疲れたので早めに休もうと二階へ上がった所へ月世が部屋から出てきた。

「ハル、いい匂い」

俺の体に顔を近づける。

「(うわっ・・近い)同じ風呂に入ってるんだからみんな同じ匂いだろ」

「じゃ~私も同じ匂いにしてくるね」

「ハル、今日はありがとう、すっごい楽しかった」

「郵便局へ行っただけだろ」

「その当たり前がいんじゃない」

そう言って月世は風呂へ向かった。

 当たり前のように続く日々に慣れ始め、それが幸せと感じるようになってきた。町にも活気が戻り、かつての日本が消え新しい時代が動き始めている。いつまでも月世の家で厄介になるわけにはいかない。実家の土地を売って何かしら商売でも始められればと考えていた。このまま変わらず、月世達と関わり過ごしていけたら。色々と辛いこともあったが今の自分には生きる希望があふれていた。

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