狼と二人

 敵、マキシム。

 種族、人狼。失われた種族ロストブラッドの生き残りである。

 戦闘慣れしていて、更に復讐心に取りつかれた心理状態では普段以上の力を発揮するだろうし、説得も無意味だ。

 身体能力はディアと同程度か僅かに高い。【餓狼の咆哮ウルブズロアー】により遠隔魔術は無効化される。


 協力者、ディア。

 人間のようだがどこか違う。良く知らないけど。世間知らずとかそういう次元じゃあなく、考え方の基礎が異なる。

 戦闘慣れはまあまあ、格上との戦闘に慣れている様子はない。勿論やる気はあるようだが、小声で「まっするまっする」と呟いてる。キモい。

 身体能力が12倍になるとかいうとんでもない強化魔術フィジカルエンチャントらしきものを使っている。武器は液体で、魔力を籠めることで斬撃に変えたりしているようだ。水なのに。マジキモい。


 そして、リドル。


「………まあ、足手まといだよなぁ、俺」


 身体能力の倍率が所詮7倍の自分では、ディアにさえ追い付けない。

 剣の扱いにはそれなりに自信はあるが………今は使い慣れた長剣ロングソードではなく突剣レイピアだ。訓練もしたけれど、あまり得意ではない。


 やれやれ、とリドルは肩をすくめる。

 状況的には自分が一番の格下で、役立たずだ。まともにやり合えば、多分すぐ死ぬ。

 まあ――詰まりは、慣れ親しんだ立ち位置いつも通りだ。最下層のやり方を、精々見せ付けてやるとしよう。


「やるぜ、お嬢ちゃん。お前が前衛フロント、俺は後衛バックだ」

「後衛? しかし、結局近づく必要があるのでは? 魔術は消されるのでしょう?」

「良いから、任せとけ。そら、行くぞ」


 ディアは渋々頷いた。確かにこういう場合、リドルの方が慣れているだろう。

 それに――考え無しに飛び込む方が、楽なことは確かだ。







 ――ふん。


 何事か相談した後で単独で飛び込んでくる少女を、マキシムは冷めた思いで見詰めた。


 捕食者特有の冷静さを、マキシムは既に取り戻している。

 確かに、あのガキの侮辱は許せないものだし、それで怒りもした。しかし、戦いの妨げにはけしてならない。


 マキシムにとって、怒りとは力だ。

 火が薪を燃やし鉄を溶かすように、憤怒の炎が自らを焦がして力に変えていく。理性が抑えている蓋が外れ、再現なく沸き上がる。


 反面、頭脳は冷えていく。


 力を制限することに使っていた理性が、それを振るうことに向けられるのだ。

 怒りに我を忘れることなく、寧ろ怒りで我を。激怒が頭に、心に、己の旧き血を思い起こさせる。


 冷静な心に、燃え上がる肉体。

 矛盾する属性を持ち合わせることこそ、マキシムが神代から恐れられる由縁であった。


 突撃してくる少女の後方では、【魔女】の血族が剣を構え、魔力を練っている。

 恐らく魔法で体勢を崩し、斬りかかるつもりだろうが、そんなものは無駄だ。マキシムが一声吼えればそれで済む。

 少年が、剣をマキシムに向けてくる。少し驚いた――詠唱時間は殆ど一瞬、流石は【魔女】の血族というところか。


 まあ、無駄だが。マキシムは余裕を持って軽く息を吸い、魔法の解放に備えた。


「喰らえ、【魔女の裁きカプリース・ボルト】!!」


 少年の唇が、動く。その詞が、世界を震わせ、歪め、神秘を顕現させる。


「っかは!?」

「ははっ、馬鹿かよ! !!」


 赤黒い雷の蛇。その牙が、一瞬でマキシムに到達していた。


 単純な話だ――咆哮で魔法を打ち消すのならば。

 


 絡みついた赤黒い蛇が、マキシムの動きを止める。それはほんの1秒で解除される程度の麻痺に過ぎないが――。

 12倍の時間に生きるディアにとっては、まさに十分な隙である。


「はあっ!!」

「くっ! 舐めるなああああ!!」


 それでも、マキシムは反応して見せた。

 振り下ろされたマーレンに、左腕を振り上げたのだ。


 爪でない以上防ぐことは出来ず、マキシムの左腕は一息に斬り落とされた。

 些細な壁に過ぎなかったが、それでも切っ先は僅かに逸れ、マキシムの身体をかするに留まった。

 痛みを堪えながら蹴りを放ち、ディアの追撃を牽制すると、マキシムは大きく飛び退いた。


 そこに降り注ぐのは、だ。


「【泣き虫魔女サンダーレイン】!!」

「グオオオオッ!!」


 咆哮で消し飛ばし、更に距離をとる。

 バランスを崩しながらも防ぎきったマキシムに、リドルは苦笑を向けた。


「チッ、仕留め損ねたかよ………しっかりしてくれよなぁ、お嬢ちゃん?」

「私は腕を取りましたよ。何の戦果も上げてないのは貴方の方でしょう」

「へいへい、悪う御座いましたねぇ。出来たら次は、首を取って欲しいんだけど?」

「援護次第ですね」


 リドルは肩をすくめる。

 まあ、利き腕でないにしろ、腕1本は。四肢を持つならなんでも、急に腕が無くなればバランスを取り辛くなる。訓練もなく走れはしないし、戦闘なんてもっての他だ。

 まあ、これなら、次で落とせる――


「………リドルさん。今、何かものすごく不安になることを考えませんでした?」

「はあ? いきなり何を………」

「………まさか、ここまでやるとはな」


 首を傾げるリドルに、マキシムが低い唸り声をあげる。

 おやっとリドルは目を瞬いた。

 その瞳には、腕をもがれながらも尚薄れぬ敵意が浮かんでいる。しかし――その声からは、


 静かな、いっそ穏やかな声。

 ………。


「これ程の役者ならば――

「………まずい、ディア!」


 裂けるような笑み。

 マキシムの全身から、魔力があふれ出ている――通常ならば、生命の危機を感じる程に。

 これは、ヤバい。全身を打つ魔力の波にディアでさえ顔色を変え、剣を構えた。


「【薔薇染めの赤光マーレン・ローズ】!」

「【魔女の裁きカプリース・ボルト】!」


 赤い三日月と蛇が一直線にマキシムへと向かう。共に必殺の威力を誇る技だが、放った本人たちの顔に浮かんでいるのは焦燥と、そして諦め。

 もうどうしようもないくらい、間に合わないという確信だ。


 果たして。


「………遅い」


 やはり、それは間に合わなかった。


 二人の必殺技を弾き飛ばすほど濃厚な魔力が、マキシムを中心に爆発した。


「っ!?」

「うおおおおおっ!?」


 あまりの濃さに、物理的な風が発生した。

 嵐のごとく吹き荒ぶ風の壁は、生まれたときと同じようにいきなり消えて、そしてその向こうからゆらりと、影が姿を現した。


 リドルも、ディアも、それを


「………マジかよ」

「………まっするぅ………」


 呆然と見上げた、その先で。


「ガルルルルルルルル………」


 

 その真紅の瞳が、リドルたちを見据え。

 

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