雷の魔剣士
戦場を、雷光が切り裂いた。
自然現象ではけしてあり得ぬ、真横に放たれた雷の、その色――血を思わせる赤黒い色に、ディアは見覚えがある。
世界よ滅べ、社会よ壊れろと叫んでいた少年の、絶望の色だった。
かつて、打ち倒した敵の色だった。
それが、
「っ、がぁ!?」
「おいおい、黒焦げになると思ったのに、なかなか頑丈だねぇ」
木陰から現れた、
あちこちが汚れた囚人服に、乳白色の
「リドルさん………生きていたのですね」
「その節はどーも、お嬢ちゃん。図々しくもまだ生きてますよー。感動の再会ってやつかねぇ」
道化のように笑いながら近付いてくるリドルに、ディアは首を傾げる。
「感動………何故です? リドルさん程の方なら生きていて当然です」
「あー………、そういや、こいつそういう奴だったわ………」
軽薄な笑みをひきつらせて、リドルは肩を落とした。
皮肉や嫌みが通じる相手ではない。寧ろ、本当に
幾らかテンションの下がったリドルにディアはニッコリと、本心から嬉しそうに微笑み、
抜き打ちで【薔薇染めの赤光】を放った。
「うおおおおおっ!? あぶねー!? いきなり何すんだ!」
「え、だって、貴方を捕まえないとクロナ様が困るとベルフェさんが言ってましたから」
「ホンッッットぶれねぇなお前! 現在進行形で命の恩人の俺にそんな所業とか、騎士の風上にも置けねぇぞ!」
「私は庭師ですから」
「下らねぇ嘘吐くなよ!」
嘘ではないのだけれど。いや、まあ【元】は付くけれど。
しかし、とディアは首を傾げる。
「命の恩人? どういう意味ですか、私はあのまっする狼さんと互角でした。
「そうでもねぇよ。お前が例の技を撃ったら、お前の負けだった。………たぶん知らねぇだろうけどな、人狼には【餓狼の咆哮】っつう裏技があるんだよ」
人狼は、夜の住人としては古株で、それこそ【魔女】と同じくらいの歴史を誇る。
神秘の世界において、歴史とは力だ。古いもの、長く生きたものというのはそれだけで力を持つのだ。
「人狼、っつうよりは狼か。神代から生き残る奴等は、役割としては神を殺すものとして存在してんだ。神を食い殺し、神代の終わりを告げる化け物だ。だから――その咆哮は、神秘を否定する」
人狼が忌み嫌われる所以はそこだ。
多くの神話で神を食い殺すと言われる狼は、奇跡を否定する特性があるのだ。中でも人狼族はその血筋が古く、万全ならば【魔女】の魔法さえ打ち消す程の力を持つ。
放出系の魔術など、咆哮一喝、雲散霧消だ。
神秘を、奇跡を、夢を終わらせる悪魔。
だからこそ人は――騎士も魔術師も含めて――狩人として、彼らを狩り尽くしたのだ。
「とはいえ、討ち漏らしてちゃあ世話無いけどな。ったく余計な荷物、残してくれたぜ」
「………貴様、いつぞやの………」
低く唸りながら、マキシムが身を起こした。
その全身には、呪いのように赤黒い茨がまとわりついている。
リドルの電撃に付随する追加効果、感電。肉体の動きを阻害するため、一度でも食らえば回避を困難になり、二度三度と続けて攻撃を当て続けられることになる。
いうなれば、リドルの必勝パターン――だが。
その唸り声で、茨は跡形もなく砕け散った。
「………ふん。下らん小細工だな」
ぎろりと、マキシムの瞳がリドルを射抜く。
肩をすくめるリドルの金眼に気が付いたのだろう、その口が嘲りに歪んだ。
「なるほどな。この森でどうして生き残ったかと不思議だったが………貴様、【魔女】の血縁か」
「あぁ? ならなんだよ」
「ふ、ならば、感謝してほしいものだな。巡視隊の連中を蹴散らし、自由にしてやったのだからな」
「巡視隊を………? まさか!」
一人の男性の顔が浮かび、ディアは色めき立った。リドルを育て、導こうとしていた、一人の巡視官。
「あなた………ラデリンさんに何を?!」
「それこそ、言うまでもない。ここが巡視官にどれほど優しくないか。貴様とて理解しているだろう?」
「………」
マキシムの言葉を受けても、リドルの金眼には、感情らしい感情は浮かんでいない。
凪いだ水面のような、落ち着いた瞳。それが逆に、内心の激情を感じるようで、ディアは不安げにリドルの様子を窺う。
彼の、恐らくは唯一の味方。それを傷つけられたとすれば、内心は穏やかではいられまい。
そんな事情を知らないでか、それとも知ってか。マキシムは、嘲笑を浮かべた。
「しかし、【魔女】の血族が巡視官に囚われるとはな。余程間抜けな【魔女】の血族がいたものだな?」
その、言葉は。
かつて少年を産むために。
森を出たリドルの母にも、刺さる言葉ではないか。
己の生まれと、半生を嗤った男に対して、リドルはしかし、ニヤリと笑みを返した。
「なかなかよく吠えるじゃねぇか、犬っころ。知ってるか? 弱い犬ほどよく吠えるんだぜ?」
「………なんだと?」
「怖いんなら、とっとと御主人様のとこに帰ったらどうだ? あ、そっか居ないんだったなぁ?! 誰かさんが間抜けにも留守にしてた内に、殺されたんだったっけぇー?!」
「っ、貴様ぁ!」
マキシムが、激憤のまま突っ込んでくる。
リドルは素早く身をかわし、電撃を叩き込んで嗤った。
「笑わせるよなあ? なんかいろいろ言って? 俺やお嬢ちゃん殺そうとしてますけど? とっくに手遅れじゃねぇか! 無駄な努力ごくろーさまでーす!」
「おのれぇぇぇ!!」
「そんなに誉めてほしいんなら、とっととてめぇも、主のとこに送ってやるよ!」
マキシムの爪に憤怒がまとい、リドルの剣に赤雷が宿る。
凶悪に笑いながら、リドルはディアに軽く頷いた。
「ぼさっとすんなよ、お嬢ちゃん。こんな下らねぇ仕事、さっさと終わらせようぜ?」
「………そうですね」
いくら逆に言い負かされたとはいえ、マキシムの侮辱は許される域を越えている。
報いを、受けてもらうべきだ。それもキツいのを。
ディアはマーレンを握りしめ、リドルの隣に並んで構えた。
その口許は、誰かに似て、凶悪な笑みを浮かべていた。
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