森の戦い

「………人狼ワーウルフ? それが、巡視隊の馬車を襲った犯人か?」

「うむ」

「それはまた、骨董品アンティークが生き残っていたものだな………」


 聞かされた犯人の情報に、私はため息を吐いた。【魔女】の森で巡視隊を襲うなんてどんな馬鹿かと思ったが。

 傍らを歩く【魔女】が、くすくすと控え目に笑う。


「この世で、何かを絶滅させることが出来るのは神だけじゃわい。お前たちには、精々一時姿を消させることしか出来んよ」

「そうかもしれないな………」


 そしてだとしたら。

 私たちの先祖は大きな失敗を犯したらしい。


「殺すなら、殺し尽くさなければ。お前たちが半端なことをしたせいで、奴ら相当恨んどるよ。………出会さんことを祈るんじゃな。お前さんくらい獣人では相手にならんぞ」

「そんなにヤベーのか? その狼ちゃんはよ?」


 もちろん、ヤバい。

 人間に動物としての個性が宿った私たち【亜人】に対して、人狼は、『人のかたちになった狼』だ。

 本来の大きさから2倍以上に膨らんだということは、単純に筋肉も2倍以上に膨らんだということだ。身体能力では私はおろか、並の騎士では相手にならない。


「そういうことじゃ。お主のごときなぞ、それこそひと飲みじゃよ。やはり、でなければな?」

「………確かに。私では相手にならないだろうな――

「ほう、宛てでもあるのか?」

「もちろん」


 私は、森の奥を見通すように頷いた。


「ウチの赤ずきんは、結構ヤるものさ」


 ………ちょっと馬鹿だけど。







 響き渡る咆哮と共に、マキシムが駆ける。

 大地を抉る程の踏み込みがもたらすのは、残像さえも許さぬ疾風の突撃。数メートルの間合いが一瞬でゼロになり、【森の悪魔】とも称された暴風が牙を剥く。


 迎え撃つのは、赤い刃。


 【赤い剣幕レッドアティテュード】。

 元来無色透明な【マーレン】を赤色が覆い、強度を補っているのだ。


 包んでいるのは、ディアの魔力を通した赤いペンキだ。

 魔力を籠めた液体は、名の有る名剣と比べても遜色無い程に硬く、鋭い。


「はあっ!!」


 気合いと共に振るわれるマーレンもまた、霞む程の早さである。

 何しろディアには、能力である【輝石王権ダイヤクローネ】により12人分の力が結集されている。単純な速度もまた、常人の12倍に達するのだ。


 数合打ち合うと、二人は同時に飛び退いた。


「速い………!!」


 呟きは、果たしてどちらのものか。

 ナイフのように長く伸びた爪を翳しながら、マキシムはニヤリと笑った。


「………やるな、貴様。俺の爪は、鉄ごとき容易く引き裂くものだが」

「鉄など、ただ堅いだけですからね。しかし、お見事と言うなら貴方でしょう。速さといい重さといい、していますよ」

「くはは! 全て受けきっておいて、吠えてくれる!」


 ひとしきり笑い、そして、マキシムは地面に伏せた。


「ならば。!!」


 強靭な後ろ足と、同じくらい強靭な前足が、しっかりと大地を噛み。

 次の瞬間には、マキシムはディアの真正面に出現していた。


「っ!?」

「遅いっ!!」


 逆袈裟にマキシムが腕を振り抜き、ディアの身体が軽々と吹き飛ばされた。







「かはっ………!」


 大木に思いきり叩きつけられ、ディアは咳き込んだ。

 肺の中身が全て吐き出された。頭も打ったのか、視界が揺れ、明滅する。

 咄嗟に構えたマーレンのおかげで、どうにか切り裂かれずに済んだが………その後踏み留まるには、マキシムの一撃は重すぎた。


「………良く反応したな、小娘」


 唸るような低音には、純粋な称賛が込められていた。


 実際マキシムにしてみれば、確実にと思えるタイミングだったのだ。

 四つ足での突撃に、明らかにディアは出遅れていた――完全に、マキシムの攻撃を見切れていなかったはずだ。


 それなのに、防がれた。

 


 ――とんでもない速度スピードだ。走るのはともかく、剣を振るのが俺より速い。


 そして、ディアにしてみれば、あんなものは防いだ内に入らない。

 片手で浮かされるのならともかく、そのままボールのように弾き飛ばされるとは思わなかった。


 ――凄まじい腕力パワーですね………、【スペード】を思い出します。いや、それ以上ですかね?


 あの膂力、接近するのは危険だ。

 息を整え、ディアはマーレンを構える。視界の明滅は収まったし、被害はそれほど無さそうだ。

 あとは、どう戦うか。接近戦が危険ならば、【薔薇染めの赤光マーレン・ローズ】で遠距離から攻めるべきだろうか。


 元より、ディアの本分は中距離戦だ。接近して剣戟というのは、実のところそこまで得意ではない。

 しかし………何故だろうか。

 脳裏に、警告が鳴り響いている。と、形のない誰かが叫んでいる。


 ――何が間違いなの?

 問い掛けても、答えはない。


「………」


 やってみるしかない。

 何が間違いなのか解らない以上は、自分に出来ることをやるしかないのだ。


「………来るか」


 そんな、ディアの決意を感じ取り、マキシムは姿勢を沈める。

 あの距離で構えるということは何か、遠距離攻撃の手段があるのだろう。そしてそれが、あの少女騎士にとっての切り札というわけだろう。

 面白い。マキシムは長い舌で牙を舐め上げ、こっそりと笑う。

 どんな攻撃手段があろうとも、それが奴の最後の抵抗となる。何しろ、マキシムにも切り札はあるのだから。


 ――見せてやろう、我が怒りの【餓狼の咆哮ウルブスロア】を。


 マキシムはタイミングを計るように身を沈める。低く、低く――。






「………チッ」


 木陰に隠れつつ、リドルは舌打ちする。


「あの野郎………なんでここに居やがる」


 目の前で睨み合う人狼と人外の様子を窺い、肩をすくめる。


「………まあいいさ。あいつが馬鹿をやる気みたいだしな。その隙を突かせてもらうか」


 どうやら、ディアはマキシムにあの赤光をぶつけるつもりのようだが、

 致命的、と言ってもいい。何しろ――のだから。

 ディアが赤光を撃ち、無効化され、そして引き裂かれる。勝ち誇るマキシムの首を、リドルが取る。それで終わり、それがベストな戦略だろう。


「………………………チッ」


 唯一、問題があるとすれば。

 


 リドルは舌打ちし、苛々と地面を蹴り、頭をガシガシと掻きむしり。


「………………くそっ」


 ――貸し1つだぜ、お嬢ちゃん。


 雷撃を、解き放った。

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