暗殺者のやり方

 立ち上る白煙を、ディアももちろん目撃していた。

 全力で走り、森の中途まで踏み込んだ末生じた白煙に、ディアは首を傾げた。


「………?」


 あれは何なのか。

 一応姿を消している手前、声は出せない。辺りに人気は無いが――【魔女】さんの感覚がどの程度森を覆っているのか、ディアには想像も出来ないのだ。

 バレてはいない、と思う。今のところ迎撃もされていないし、出迎えもない。最低限『正確な居場所が解らない』程度には効果があるようだ。


 クロナ様に相談したいが、そういうわけで難しい。

 そもそもどうやら、近くには居ないようなのだが、どうしたのだろうか。

 ――素人わたしが隠れられてて、専門家クロナ様が隠れられないわけはないと思うけれど………。


 そこまで考えてふと、クロナ様が言っていたことを思い出した。

 ――


 詰まり自分は猟犬。走り回って獲物を駆り出し、主人の前に誘導する役か。

 そして、この白煙。

 


「………!」


 ――そうか………! 


 もし、クロナがここに居れば、肩を落としてディアの悪癖その2を指摘しただろう――『何でも私の意図と妄信するのは止せ』と苦言を呈しただろう。

 しかし残念ながら、そこにクロナは居らず。

 彼女の暴走を止める者は、誰も居なかった。







「さあ、どんどん焚け! 【魔女】に効果があるのだ!!」


 キルシュは意気揚々と、部下たちに命じる。

 彼らに焚かしているのは、鰯の頭や南天の木などの魔除けとなる植物だ。

 それらを火によって昇華させ、煙として場を清める。


「キルシュ様、その………本当に、効果があるのですか?」


 事前にそう聞かされてはいたが、巡視官たちにとっては眉唾物だ。

 何しろ相手はあの【魔女】だ。下手な魔除けでどうにかなるのだろうか。


 そもそも、外で包囲していれば良い筈では無かったか。

 そんな不満を、しかし彼らは口には出来ない。何せ相手は貴族の跡取り、些細な文句で首を飛ばされかねないのだから。


「安心しろ、愚民ども。お前たちは知らないだろうが、我が家は昔から【魔女】と戦ってきたのだ。これはその、古くより伝わる手段なのだ」


 そう言われては、仕方がない。

 巡視官は再びしゃがみこみ、籠の煙を森の奥へと扇ぎ始める。


「ははは! 【森の貴婦人】敗れたり!!」

「………そんなわけ無いだろ」


 ん、と巡視官は首を傾げた。

 今何か、ぼそりと聞き慣れない声したような………。

 次の瞬間、どさり、と何か重いものが倒れるような音が響く。そして、慌てふためく仲間の声。


「キ、キルシュ様!?」


 振り返り、巡視官は目を見開いた。

 何と。馬から落ちて、キルシュが目を回しているではないか。


「な、何だ?」

「今、何か走っていたような………ぐわっ!?」

「お、おい! がっ!!」


 騒ぐ突撃部隊の面々が、見えない何者かに殴られて、どんどん昏倒していく。

 キルシュ取り巻きの騎士が全員倒れ、剣士も2人やられた時点で、彼らは決断した。


「に、逃げろ!!」


 籠を放り出し、倒れた仲間を引きずって、巡視官たちは森から逃げ出していく。


「………ふん」


 残された籠を持ち上げ、私は鼻を鳴らした。

 これで良しか。流石はキルシュ、実に簡単な仕事だまったく。


「しかし、火はどうやって消すかな、これ」

「ふふ、ご苦労」


 ふわりと下りてくる【魔女】に、私も【蛇の目頭巾】を脱ぎながら頷いた。


「中々の手際じゃな、腕が良いようだ」

「敵が弱すぎるだけだ」


 多分、それなりの騎士がいれば不味かったが。あいつら気配も読めないし。

 肩をすくめる私の前で、【魔女】は上機嫌に籠を覗き込んでは鼻を摘まんで咳き込んでいる。

 ――こうして見ると、ただの子供だけどな。

 ただし、世界一危険な子供だが。


「とにかく、これで良いな。中に入らせてもらうぞ」

「んー? ふふ、いやいや、?」

「………やれやれ、やっぱりか」

「む?」


 不思議そうな顔をする【魔女】に、私はにっこりと微笑んだ。


「【魔女】の取引なんて、信じるだけ愚かだったな。私のことを入れるつもりは、無いんだろう?」

「………ふふ、だとしたら?」


 色々難癖をつけては約束を反故にする。【魔女】のまあ、常套手段だ。

 それが解っていても、人は【魔女】に願う。他に手が無いから。

 それが解っているから、【魔女】は笑いながら人を裏切る。他にやり方を知らないから。


 だとしたら、か。

 私は微笑んだまま、頷く。

 


「………私は煙を出すのを止めさせた。中に入れるつもりは?」

「無いのぅ。今、少々忙しくてな」

「そうか」


 私はバグに手を突っ込み、小瓶を引き抜く。

 ドロリとした液体が詰まったそれを、【魔女】が馬鹿にしたような眼で見詰める。

 彼女たちは【魔法薬】のエキスパートだ。薬や毒でどうにか出来る相手ではない。


 そんなことは、解っている。

 私は笑ったまま、小瓶を投げた――ただし、森の中へ。


 小瓶はクルクルと回りながら木々の合間を飛び、地面に落ちた。

 その僅かな衝撃で、小瓶――ゴーレムも吹き飛ばす爆薬が炸裂した。


「うひゃあっ!?」


 見た目によらず………あぁいや、見た目通り可愛らしい悲鳴が、【魔女】の口から漏れる。


「な、な、ななな?」

「バグ。今の爆薬、あとどのくらいある?」


 呆然とする【魔女】をしり目に、私はバグに尋ねる。

 私の意を酌んで、バグはゲラゲラと笑う。


「あのくらいなら、幾らでもあるぜ!? それより大きいのもあるぞ? 森を消し飛ばせるくらいな、ギャハハ!!」

「それはいいね、ふふ、楽しそうだ」

「お、おい、待て、待つのじゃ!」


 爆薬が落ちた辺りでは、地面と共に、辺りの木々が薙ぎ倒されている。

 この森は【魔女】の領土だ。焼け焦げては困るだろうと踏んだのだが、どうやら当たりらしい。

 目の前の惨状を見て、【魔女】は血の気の引いた顔で私を止めようとする。

 伸ばされた細い腕を私は気にせず、2本目を振りかぶった。


「【魔女】は殺せない、けど、ギャハハ!!!!」


 絶妙のタイミングで、バグが追い打ちをかける。パクパクと動く口から同じような瓶が何本もはみ出ているのを見て、【魔女】の顔は更に色を無くした。


「悪いね、、急いでるんだよ」


 私の言葉に、【魔女】は苦しそうに悔しそうにぎゅっと唇を噛んだ。

 ………やがて。


「待て! ………解った、妾の敗けじゃ………案内する!!」


 泣きそうな声で、【魔女】は言った。敗北を宣言した。

 ………【魔女】は裏切る。ただし、

 もし、自分自身を裏切ったら。

 彼女は、それまでの報いを受けることになる。


 私は軽く息を吐いて、爆薬をバグに戻す。

 これこそ、私流のやり方。暗殺者にとって、命こそ最も安易で高価な通過だ。

 命の危険をちらつかせた相手は、多くが頭を垂れるものである。

 まあ、と私は肩をすくめる。


 これは少し、やり過ぎたかもしれないが。

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