分断、或いは分担
巡視隊は各都市における治安維持の要である。犯罪者を捕らえ、裁き、処罰する。
構成人員は、主に旧騎士団。
帝国打倒の末解体された彼らを新たに取り込んだ、新政策の要。
今でこそ平民たちからも参加者は多いが、隊長クラスになるためには貴族の血が必要となる………らしい。
実力よりも血筋を重んじるなんて、とも思うが、私としては別に興味がないから良い。
それに――無能な上役の方がやり易いのが私の仕事だ。
ともかく、彼らは民衆の剣であり盾なのだが、そこで問題となるのが犯罪者の質である。
例えば、魔術師。
例えば、亜人。
人よりも優れた能力を持つ相手を前にして、巡視隊はあまりにも人並み過ぎるのだ。
それでも、魔術師は巡視隊を刺激するようなことは避けるし、亜人だって敬礼する。果たして何故か。
その答えが今、目の前に有った。
「………多いな」
森を包囲する、その人数。
他の組織を圧倒する数の暴力こそ、巡視隊の真骨頂だ。
魔術師のような才能も、亜人の【異能】も持たない凡人の群れ。
だが――ありふれているからこそ、彼らは無限に存在する。
全員がそれなりの訓練を受け、武器を持てば、それはもう純然たる脅威だ。
凡人だろうが天才だろうが、斬られれば死ぬ。なら、斬る刃は多い方が強いのだ。
「
「静かに。ディア、準備は良い?」
「はい!」
「………静かに」
無言で頷いたディアは、私が渡した小道具――1枚の布を頭から被った。
その瞬間、ディアの姿が消える。
問題ないらしい。私も自分の分の布を取り出した。
一面に目玉が描かれたその布は、
要するに、消えたのではなく目を逸らしてしまうわけだ――見たくもないと、相手に思わせるのである。
実に便利な道具だ。少し見た目が悪いことにさえ、目をつむれば。
欠点は、2人で使うと互いにも見えないことか。私は声を潜めつつ、ディアに呼び掛ける。
「ディア、準備は良い?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、行って。私はディアの動きに合わせるから」
私は耳と鼻を使えば、ディアの位置はある程度把握できる。
うっかり互いにぶつからないためには、ディアに好きに動いてもらって、私がそれをかわすのが最も効率的だろう。
「では、行きます」
「あぁ」
………その時まで、私は油断していた。愚かにも、事態がそれなりに上手く進んでいることに安堵していた。
どんなときだって、予想外のことは起きる。
そして何より――私は、私の手札を見落としていた。
ディアに好きに動いてもらうことの意味を、よく考えるべきだった。
ドンッ、という爆音と共に、ディアが立っていた辺りの地面が大きく抉れた。
唖然とする私の耳が、鼻が、放たれた矢のように遠ざかるディアの位置を告げる。
そう。
単純な事実――ディアが全力で走ったら、私はおろか世界中誰も追い付けはしないという事実を、私は今、実感した。
痛いほど、痛感した。
「………バグ。お前、空飛ぶ靴とか持ってない?」
「ギャハハ………。それより、大砲出すから弾に乗ってけよ」
「………笑える」
「そりゃあ結構。今度は首輪でも付けときな、相棒。んで? 作戦をもう一度考え直そうか?」
元々の作戦は、『巡視隊の包囲網をこっそりと抜けて森に入る』だが、私はため息と共にそれを訂正した。
「そうだね。『巡視隊の包囲網をこっそりと抜けて森に入る』………ただし」
「『大急ぎで』。ギャハハ、笑える!!」
私は肩を落とす。
今度からは本気で、首輪か鎖が必要かもしれない。そうすれば、彼女の暴走も少しは収まるだろう――私が引き摺られなければだが。
巡視隊の包囲は、幸いいささかも乱れてはいなかった。
ディアの気配の残り香が、あちこちにある。どうやら、無事に通れたらしい。状況としては依然悪いが、独断専行の末見付かって大騒ぎ、なんてことにはならなかったようだ。
「………本当、中身さえ何とかすりゃあ、抜群の
例によって、バグは【喋る】機能を調整し、私にしか聞こえない音で話している………出来れば喋らないで欲しいのだが。
慎重に、音をさせないように私は巡視隊の陣営に侵入する。
幾つも立ち並ぶテントの隙間を縫い、森へと近付く。森を囲む方に人員を回しているのだろう、人の気配はほとんど無いが、後詰め役の兵は残っているはず。もしもバレたら、まあお互いに最悪の事態だ。
なんとか見付からずに、私は包囲網の最前線にたどり着いた。
「おやおや。ギャハハ、あの子は良くこれを突破したな!!」
まったくだ。
森を囲む包囲網は、先ずは杭で支える大盾を並べて壁を造るところから始まっているようだ。その隙間から槍が伸ばされ、次いで剣士、弓使いが整列している。
「………盾と槍で突撃を防ぎつつ、弓で殲滅。突破した敵は剣士が始末するってわけか。ふん、間の抜けた陣形だな?」
「………」
私は専門家ではないが。
別に問題のある陣形とは思えないが………私が敵なら、攻めあぐねる陣形である。
私の疑問を悟ったのか、バグは笑いながら身を震わせる。
「ギャハハ、確かにな。これならどんな相手にもそれなりに戦えるだろうな、けどこれじゃあ………敵の顔が見えてこない」
「………?」
「ギャハハ、詰まり、こいつは
成る程。
私は音もなく頷く――微かな衣擦れの音は、カチャカチャ言う巡視隊の装備が掻き消してくれた。
戦においては情報が全てだ。
どんなものが来ても平気な陣形をわざわざ敷くということは、どんなものが来るか解らないということ。
「無能じゃあないが、有能でもないな、こいつは。ギャハハ、なんとなーく、指揮官の顔は見えてきたぜ?」
私にも見えてきた。
情報不足なのにこれだけ大規模な作戦を展開する傲慢さ、情報不足だからこれだけ慎重な陣を敷く臆病さ、そして、それを可能にするだけの権力と実行する熱意。
「………キルシュ様! 準備出来ました!!」
「うむ」
やっぱり。
声の方に視線を向ければ、そこには見覚えのある青年の姿。
この前の事件で、それはそれは生き恥を晒した貴族殿。
見目麗しい――詰まりは録な戦闘経験の無い――金髪の青年が、装飾過多な甲冑を纏って馬上に陣取っていた。
「………指揮官はあいつか。ギャハハ、弱そうなやつ」
率直な感想を述べるバグを無視して、私は耳をそばだてる。
準備と言ったが………何の準備だ。
何となく――嫌な予感しかしないが。
「突撃隊、編成済みです! いつでも森に突入できます!!」
――うおおい!!
私は、叫び声をどうにか押し留めた。それでも収まりはつかず、心中で割りと汚い言葉を叫んだ。
――馬鹿か、馬鹿なのかあいつは!?
腰では、相棒が大爆笑している。まったく、ここがいつものバーで、私に関係の無い話だったら、私だってそうしただろうに。
突撃だと? 森にわざわざ?
………馬鹿じゃないのか。
「死にたがりは無視しようぜ、相棒。言っちゃあなんだが、付ける薬はねぇもんだ」
確かに。
だがしかし。大事なのは、私は魔術師からの依頼でここにいるということだ。
私が見捨てるということは、
私が貸しを作れば、魔術師に貸しを作らせられる。
後の交渉で、それなりに優位に立てる
誰かに貸しを作るのは良い――返済の目処が立っている相手は、特に。
やれやれ、と私は肩をすくめる。ディアの方はひとまず後回しだ。あの子は、それなりに頑丈だ。
弱いやつのお守りから、始めるとしよう。
私は息を潜め、キルシュの馬を尾行しはじめた。
「………む?」
侵入者の匂いを嗅ぎながら移動していたマキシムは、疑問の声をあげた。
別れた――人間は森に踏みこみ、亜人の方は周囲の愚かな人間に混じり始めた。
下らない、とマキシムは鼻を鳴らす。
陽動か、或いは己を見つけるまで手分けするつもりか。どちらにしろ、愚策極まるというもの。
「狼を相手に手分けなど………死への近道と知るが良い」
牙を剥き出して獰猛に笑いながら、マキシムは樹上から飛び下り、疾走する。
愚か者には、その報いを受けさせる。
先ずは人間、血祭りにあげてやろう。
人狼は猛る………それがどれ程の難事か、予測しないまま。
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