無謀なる依頼

「………事態は、非常に不味いことになりました」


 ベルフェの言葉に、私も重々しく頷く。

 最悪の一歩手前、というところだ。出来ることなら耳を塞いで目を背けてしまいたいが、残念ながらそうもいかない。


「えっと………どう違うのですか?」

「全然全く百八十度違います、ディア。………何があってかは知りませんが、リドル君は行方不明。【魔女の森】でならそれも致し方無い、諦めて事後処理に勤しむところですが、彼が


 巡視隊も魔術師組合も、犯人の身柄に関しては諦めていた――襲撃に関しては、に任せるだけ、その黒幕に関してのみ話は進められていた。

 それはそうだろう、【魔女】の森に迷い込んで、無事に帰る者など居るわけがない。


「例えるなら、海だよ。人魚マーメイドが泳ぐような海に犯人が飛び込んだとして、誰も追い掛けはしない。引き摺り込まれてさようならだ。だが――犯人も人魚なら話は違う。

「極端な話、リドル君が襲撃者と共謀して逃げた可能性まで考えられます」

「………

「………何故?」

「リドルさんは、


 私とベルフェは無言で顔を見合わせる。

 それは、あくまでも心証に過ぎない。ディアがあの決闘で何を感じ取ったかは知らないが、私たちに共有出来る感覚ではない。

 加えて言えば、彼が逃げようとしていないのなら、それはそれで問題が生まれる――


 もし、リドルと襲撃者が共謀関係に無いのなら、両者は間違いなく敵対している。そして、護送のために戒められているリドルに対して、襲撃者は準備万端で襲っているはず。

 勝てる確信が無ければ襲撃は起きない。

 だとしたら――リドルの生存は、別な意味で絶望的だ。


「………現在、森は巡視隊が封鎖しています。外に出た者は居ませんが………」

「その封鎖は、襲撃後だろう? その前に出た者は居るはずだな」

「生き延びた――いえ、者が報告して初めて解った事態ですからね。しかし、個人的には未だ中に居る可能性は高いと思いますが」


 それには私も同意見だ。

 何故ならそこは【魔女】の庭。

 庭荒らしが報いを受けないで済むほど、優しい相手ではない。


「………既に、【魔女】に始末されている可能性は?」

「有り得ます………が、確認の方法は1つしかない」

「【魔女】さんに聞くこと、ですね?」


 椅子の上で正座させていたディアが、後を引き取る。

 そう――すべてを知るのは【森の貴婦人】ただ1人だ。


「問題は2つ。聞いて教えてもらえるかどうかと、そもそも聞かせてもらえるかどうかですね」

「森に踏み込んだら、そのまま【魔女】の餌食かもしれないわけだ」

「………それほど、強いのですか?」


 ディアの疑問はもっともだ。

 私はともかく、ベルフェもディア自身もひとかどの実力者、戦って勝てる敵など、恐らく一握りに過ぎないだろう。

 だが――


 少なくとも、森の中で【魔女】に勝てる生物は

 勝負にさえならないだろう。【魔女】の姿を見ることなく、侵入者は翻弄され、叩きのめされ、やがて森の一部となる。

 森の【魔女】は森有る限り死なず、朽ちず、滅びない。

 それは最早現象に近い――低いところから高いところに水は流れないように、森で【魔女】を殺すことは出来ないのだ。


「少なくとも、僕は無理ですね。魔術師が踏み込んだら、【森の貴婦人】は容赦しない」

「そうなのですか、似てるのに」

「………それは僕以外には言わない方が良いですよ。魔術師はあくまでも、人に出来る技術の延長です。対して【魔女】は、神秘そのもの。互いに互いを嫌悪しているのです」


 神秘を目指し、人のまま手を伸ばす魔術師。

 神秘を獲得しながら、それを気ままに振るう【魔女】。

 魔術師は【魔女】の怠慢さが我慢できず、【魔女】は魔術師の執念が理解できない。


 私は肩をすくめる。


「一応聞いておくが、なら、誰を行かせるつもりだ?」

「一応答えますが、貴女以外に居ると? 貴女以外に?」


 私はため息を吐いた。

 現状私は、巡視官の命で魔術師を殺したことになっている。それを払拭するには、今度は魔術師の依頼をこなす必要があるわけだ。


「他の方々にも、『全ては僕の計画通りです』と伝えなくてはなりません。そのためにも、今回、貴女には使い走りをお願いしなくてはなりません」

「………失敗したら?」

「それもまた仕方がない。私の依頼で挑戦したという事実さえあれば、最悪大丈夫ですよ。ただ――」

「断ったら私は巡視隊派と見なされる、か」


 その結果どうなるか。

 まあ、商売はしづらくなるだろう。


「そう構えないで下さい。僕としても、相手が【魔女】ならろくな事にはならないと解っています。危なくなったら、帰ってきていただいて結構です。それに………?」

「………クロナ様。私は………」


 私はため息を吐いた。

 ディアは、リドルのを知りたいのだろう。それが悲劇であったとしても、知りたいのだ。

 歓迎すべき事態ではある。ディアがこの世界に、繋がりを得た結果なのだから。ただ、私としてはひと言言いたい。

 友達は選べ。


「………マジで、うまくはいかないだろう。門前払いが最高の結末だ。それでも、いいのならいってやる」

「構いません。ありがとうございます、クロナさん」

「礼なら金にしろ。………ディア、あまり期待するなよ?」

「はい! ありがとうございます!!」


 満面の笑みを浮かべるディアと、友人みたいに微笑むベルフェ。

 二人を交互に見て、私はため息を吐いた。

 やはり、友は選ばないといけない。

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