age08-1 巡りてまた、ともにいく
新しい年を迎え、初詣の参拝客がまちまちではあるが、この神社にも訪れる。早朝から販売や祈祷などの各種受付といった接客をこなし、夕時には早めに終了させて酒を飲む、というのがこの時期の俺の日課だ。舌が肥えたせいもあり、一人酒は相変わらず不味いが、去年の暮れ頃から、この神社の神である蛇神の奴が、気を利かせてちょくちょく飲みに来てくれるものだから、その時ばかりは美味い酒が飲めてありがたい。あの女には面と向かって言うつもりはないが、賑やかな時間を取り戻させてくれて感謝している。今まで互いに過干渉せずを貫いてきたこともあり、俺もあいつもまだまだぎこちない接し方ではあるが、いずれは腹を割って話せる時が来るだろうと思える。友情に種族は関係ないと、坊主から身を以って教わったからな。あいつともいつか良い関係が築ける日が来ると信じたい。話を戻すが、そんなわけで俺は今日も仕事を終えて、蛇神とぼんやり酒を飲んで過ごしていたのだが、奴が漏らした言葉が気になり、明日にでも確かめてみようと思った。積極的に人間と関わるのはやめようと考えを巡らせていたはずだったのに、こうも興味をそそられるとは、今の俺は筋金入りの人間好きなのかもしれないな。昔とは大違いに。蛇神の奴もそれが分かっている様子でわざと口を滑らせるのだから、食えん奴だよ、全く。
「鬼、ここ最近、お前を遠目に見ている人間の女子がいるぞ。」
蛇神のお節介を聞いた翌日の夕刻、業務を終えた俺は、賽銭箱の横に腰を下ろして、周囲に意識を集中させた。風に木々が僅かに揺れる音、カラスの鳴き声、近くの墓地を訪れる参拝客の足音…一つ一つ耳に入る音を選別していき、ようやく鳥居近くの木の陰に立つ何者かの足音と息遣いを見つけた。俺は重い腰を上げて、神社の裏手に走った。程なくして、姿を見せた長髪の少女が、俺の走り去った方にゆっくりと歩いていった。足音を消しながら神社を一周して少女の背後に回りこんでいた俺は、気付かずに俺の行方を追おうとしている少女に、驚かさないように静かに声をかけた。
「俺…おじさんに何か用かな?」
「!!!」
少女の体がビクッと一瞬跳ねて、顔を引きつらせながらこちらを振り返る。少女は理解が追いつかない様子で、口を大きく開けたまま固まってしまった。まあ、当然の反応だよな。だがこのままだと埒が明かないので、俺はズボンのポケットからメロン味の飴玉を取り出し、少女に差し出した。
「よかったら舐めな。」
恐る恐る手を出した少女に飴を握らせて、俺は再び神社の表に向かって歩いた。少女は手の中の飴をしばらく見つめてから、包み紙を外して飴を頬張り、俺の後についてきた。
鳥居前の長い階段に腰を下ろすと、後からついてきた少女も黙って俺の隣に座った。少女は飴を口の中で転がしながら、俺の顔を凝視してくる。俺はなんだか照れくさくなり、空を橙色に染める夕日を真っ直ぐ見つめた。
「お嬢ちゃん、ここ最近おじさんのこと見てただろ?神様が教えてくれたぞ。」
「…神様って、神社の神様?」
「そうだ。目つきが鋭くて、無愛想で…けど美人で優しい神様だ。」
「おじさん、神様とお友達なんだね。」
少女は一度神社の方を見て手を振り、再び俺の方に顔を戻した。神様と知り合いと知って嬉しかったのか、少女の表情は先程よりも柔らかくなっていた。
「あのね、曾おじいちゃんが天国に行く前に言ってたの。お山の神社には優しいおじさんがいるって。大事なお友達だから、早く元気になっておじさんを安心させるんだって。それで病気が治ったら一緒にお参り行こうねって言ってたんだけどね、曾おじいちゃん、天国に行っちゃったの。だからね、曾おじいちゃんの代わりにおじさんに御挨拶に来たの。でも、おじさん怖そうだったから…おじさん?」
はっきりと視界に映っていた夕日が、ぼんやりと滲んで見える。頬を伝う紅い雫は、もはや俺自身でも止められない。自分が一番辛かったくせに…。自分が一番心配されるはずなのに…。出てくるはずのなかった思いの数々が、些細な言葉一つで溢れかえり、絶えず雨を降らせて膝を濡らし続けた。
「おじさん、どこか痛いの?大丈夫?」
少女は心配そうに俺の背中を擦って、ハンカチを貸してくれた。癒える筈のない痛みではあったが、少女の優しさが良薬として効いたらしく、高ぶる感情は次第に落ち着きを取り戻した。ハンカチで露を拭い、少女に返して、無理やりではあるが不器用に笑顔を作った。
「ありがとな、お嬢ちゃん。楽になったよ。」
「よかったね、おじさん!」
俺が少女の頭を優しく撫でると、少女はくすぐったそうに体を揺らした。それから俺が手を離すと、今度は少女が俺に手を差し出してきた。
「おじさん、顔は怖いけど、曾おじいちゃんが言ってた通り、優しいね!ね、私ともお友達になってくれる?」
きっと蛇神の奴も、こうなることを期待して、俺にこいつの話をしたのだろう。再び訪れる別れを思えば気は引けるが、今はそれ以上に新たな出会い、あいつの残した宝物と親しくなれることへの喜びに満ち溢れていた。俺の正体を知られていないのも大きいしな。差し出された手を握り、俺は大きく目を開いて笑った。
「勿論!いつでも待っているから、気軽に遊びに来い!」
「うん!」
それから少女と、遊びに来る時の最低限の決まりを含めて雑談を交わし、暗くなる前に少女を家に帰した。元気よく駆け下りる彼女の姿には、昔の坊主の面影が重なり、自然と顔が緩んでしまった。一つ一つの表情もそうだが、血は争えねえな。なんにせよ、賑やかなひと時をまた過ごせたらいいもんだ。あいつの話もたくさんしてやらねえとな。
逝きし友を胸に刻みながら、社の鬼はいつまでも、巡りゆく時を彼らと共に生く。
ぼくとともに、俺とともに / 僕がいき、俺がいき 夕涼みに麦茶 @gomakonbu32hon
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