Age78-2 僕の歳月
「王手飛車!」
「あぁ、やっぱそうくるよな…。」
雪解けに春が目前と迫った頃、暖かな日の光を浴びながら、僕はおじさんと神社の縁側で将棋を指していた。まだまだ油断のできない寒さを抱えた季節ではあるが、照りつける太陽の熱は、暖を取る必要もなく十分に体を温めてくれた。
「ああ、参った!完全に詰みだ!坊主、本当に強くなったな。今日はもう3連敗してるぞ、俺。」
「あはは、今まで負けっぱなしだったからね!そろそろ僕も勝たせてもらわないと。」
「へっ、上等だ!お前の連勝も次で終わらせてやる!」
初めはハンデ込みでも勝てなかった将棋も、年を重ね、経験を積んだこともあってか、今ではおじさんと対等に渡り合えるまでに至った。まだまだ戦績を覆すには勝率が足りないけど、勝ちの目が増えてきたのは確かなので、おじさんに勝ち越す日はそう遠くはないだろう。いつものように一手ずつ駒を戻していきながら、対局の見直しをしていく。僕の考えが及ばなかった手や、逆におじさんが閃かなかった手が見つかり、試合展開が大きく変わっていく様を比べるのがまた面白い。
「ここに銀を打って…」
「そういや坊主、お前のとこの孫、成人したんだってな。」
手を動かしながら別の展開を模索していると、おじさんが盤上をじっくりと見つめたまま、僕に話を投げかけてきた。僕もまた、駒を動かす手を進めながら、おじさんの言葉に応じる。
「あれ、話してなかったっけ?
「ははは、幸せそうで何よりだな!妹の方も今年で大学生か?」
「うん。
「そりゃいい。いざって時は可愛い孫娘に介護してもらえ!」
「あはは、そうだね。美知が嫌じゃなければ頼もうかな!」
両親が亡くなり、息子と娘が成長し、成人して孫が生まれ、その孫も成人して…。時の流れというものは実に早いものだ。無邪気に外を駆け回っていたあの頃に比べると、顔のしわが増えて、頭も涼しくなって、入れ歯をつけて…すっかり僕は年相応のまさに坊主みたいになった。そんな話でおじさんと笑い合ったこともあったけど、歳月の歩みの早さを思い知らされたものだ。
「子供に孫、次は曾孫の誕生が待っているわけだな!まだまだ老い先は長いぞ、坊主!」
「僕は長生きするよ!父親の年齢は超えたから、次は母親!その次は祖父母!200歳までは生きて見せるよ!」
「ぶはははは!そりゃいい!世界的な記録に挑戦だな!応援してるぞ!」
年を取って、怪我や病にかかりやすくなったし、いつも体の節々がどこかしら痛む。同世代の友人達の死も増えて、悲しいことが多くなった。でもその一方で、新しい家族の誕生と成長、医者や日帰りの老人センターでの交流、この年になってできた目標や趣味、なによりおじさんとの親交といった生きがいもたくさんある。「老いを悲観する暇があれば、未来を思い描いて楽しく笑っていたい」と、生前の父は笑顔を絶やさなかったが、僕もその生き方に準じたいと思っている。おじさんとの約束もあるし、笑う門には福来る…こんな僕でもまだまだ人に幸福を分け与えることができるだろうからね。
日が落ちる頃、6勝1敗という結果でおじさんとの対局を終えた僕は、杖をつきながら階段脇のエレベータに向かい、おじさんに見送られながら、神社を下りた。小刻みに振動しながら下る鉄箱の中で、孫の成人のお祝いにとおじさんに渡された僕の好物の酒瓶を覗きながら、僕は今夜のお祝いパーティーに思いを馳せ、頬を緩ませた。
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