Age27-12 坊主の結婚
枯れ木の隙間を北風が吹き抜ける冬。コタツに足を入れて、俺と坊主は向かい合いながらみかんを食べていた。テーブルの上には、印刷された写真が何十枚も敷き詰められている。その一枚を手に取り、じっくりと眺める。タキシード姿の坊主と、その腕を抱きながら笑顔を見せる純白のドレスの美紅。二日程前に行なわれた二人の結婚式の写真だ。デジタルカメラで撮影して、後はパソコンとプリンターですぐに仕上がるものだから、便利な世の中になったものだ。
「あっ、このケーキを食べさせてもらっている所。こんなに大きな塊だったんだ。」
「ああ、それな。坊主の小さな口に収まりきらなくて、鼻の方にまでベッタリだったな!」
「鼻の中にまで入ってきたからね…。進行役の人が『愛の分だけ~』なんて煽るものだから、美紅もやる気になって目一杯ケーキを取ったんだろうね。美味しかったし、愛を強く感じられたけど。」
「ほんと、面白え企画だよな。母親に食わせてもらったり、花束ぶん投げたり。」
長い生涯、悪事を働くための乱入を除けば、人間の結婚式に客人として参加したのは初めてだった。ましてや外国風の方式ってんだから、進められる催し物の一つ一つが目新しくて楽しかったな。出てきた洋酒も癖になる味で、思わず係の人間に詳細を聞いちまうほどだった。それはともかくとして、坊主達は晴れてめでたく、熟成させ続けた真実の愛っていう名の甘い果実を結ばせたわけだ。幼少時代からの付き合いで結婚まで至るやつは、現代では珍しいケースに思える。いくら近所同士で仲が良くても、大人になるまでに道を違えたり、グループが変わって疎遠になったり。それだけじゃない。とかく現代の人間関係ってやつは、昔に比べて淡白で薄っぺらに感じる。上辺だけの付き合いってやつが多いようだ。そんな中で二人は結ばれたんだから、運命の赤い糸とやらで真っ直ぐに繋がっていたんだろうな。
「ふふっ、おじさんと一緒に撮ってもらった写真。おじさん、背筋立てすぎてて不自然だよ!」
「うるせー!写真なんて滅多に写らねえんだから、ちっとばかし緊張しちまったんだよ!」
坊主から写真を奪い、確かめるように覗き込む。写真写りよく、にこやかに正面を見つめる坊主とは対照的に、隣に立つ大柄な男は、顎を前に突き出し、上を見るように顔が上がり、両腕と背中を真っ直ぐに伸ばしていた。我ながら、なんとも滑稽な姿を晒しちまったもんだ。坊主との写真じゃなけりゃ、今頃丸めて口に放り込んでいるところだ。俺の苦笑いを見て、坊主もまた笑顔を作り、再び写真漁りに戻った。当人達は勿論、両家の両親、親族、友人や恩師、同僚まで、幸せな時間を共有するように笑顔が溢れている。昔の絵や文章での再現とは違い、鮮明かつ正確にその瞬間を保存できるのが、写真や動画のいいところだ。残された温かい思い出たちは、子や孫を伝い、後世へと継がれていく。そして時間も場所も違う場所で何度も何度も、誰かに笑顔を分け与えていくのだ。坊主と出会ってから買うようになったアルバムもこれで5冊目。こいつらも、誰かの笑顔になれると思うと、不思議と心が躍った。
「ところで坊主、子供は何人作るんだ?夜伽はもう始まってんだろ?」
「ぶっ!!ちょっ!?おじさん!いきなり変なこと言わないでよ!」
坊主は慌てた様子で、吹きこぼしたみかんを再び口に放り込んで茶を啜った。この様子じゃあ、まだまだ互いに手を出せずにいるってとこか。まっ、二人のペースでじっくり進めていけばいいと思うが、坊主をからかうネタが一つ増えたのは面白い。
坊主の分の写真をまとめて袋に入れて渡し、綺麗になったテーブルの上に酒瓶を置く。坊主が台所から二人分のお猪口を持ってきて、互いにそれぞれのお猪口に酒を注いだ。乾杯の音頭と共に杯を小突き合い、坊主と美紅の輝かしい夫婦の門出を祝って、酒を飲み干した。式場で飲んだ酒も美味かったが、坊主とのサシの酒は、やはり格別だった。
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