Age18-10 坊主の戦

 毎年、秋から冬の間には神社への参拝客がいつもよりも増える。客の世代は、比較的若者が多い。無名のこの神社にさえ足を運ぶところを見ると、まさしく神にもすがる思いなのだろう。参拝して、合格祈願の御守りを買い、絵馬を吊るして帰っていく。実際に神様の御利益ってやつはあるが、わざわざあちこちの神様に股をかけて祈りに行く様は、なんとも滑稽だ。まっ、受験といえば、人生の中で最初に直面する大きな戦だから、気合が入るのも分からなくはない。相手は全国、近隣都道府県、市町村…規模は受ける場所によるが、学校内のテストよりも熾烈を極める頭脳戦は、さながら戦国時代を彷彿とさせているようだ。そんな若輩者たちの大戦に、坊主もまた、一人旗を掲げて参戦すべく、去年の春頃から着々と準備を進めてきたようだ。

 居間のちゃぶ台を机に、分厚い問題集を広げて、スマホで時間を計りながら手を進める。縁側で酒を飲みながら一日の疲れを癒している俺のほうなんて一度も見ずに、かれこれ一時間弱、問題集とにらめっこだ。それからしばらくして、スマホから終了を告げる軽快な音楽が流れる。坊主は音を止め、付属の解答集を取り出し、自己採点を始める。実際の試験を想定しての模擬試験なのだろう。何度も行なってきたのか、坊主は時間の使い方に慣れている様子だった。大きく息を吐き、坊主は赤ペンをちゃぶ台の上に置く。採点が終わったようだ。

「どうだ、手応えのほうは?」

「一応、正答率9割は取れてるよ。過去問だけど、安定して点数を維持できているから自信はついたかな。」

坊主は再びスマホで時間をセットして、別の教科の過去問を準備し始めた。一休みしても罰が当たるわけでもなかろうにとは思ったが、受験生ってのは僅かな時間も惜しいと、坊主はよくよく語っていたな。それでも長戦の準備期間とはいえ、適度な休息は体調管理という面では無駄にはならないから、俺は酒瓶を床に置き、台所に引っ込んで、温かいココアを淹れて、坊主のもとに戻ってきた。

「少し休め。実際の試験でも合間に休憩時間が入るだろ?」

「うん。それじゃあ、ちょっとだけ。」

坊主がちゃぶ台の上から勉強道具一式をどけると、俺は坊主と自分の前にココアを静かに置いた。湯気の立つカップの取っ手を掴み、火傷しないようにゆっくりと口に含む。ココア特有の甘さが舌に広がり、温かさと共に不思議な安堵感を与えてくれる。坊主も同じように心地よさを感じたのか、熱が伝わり赤みがかった頬を綻ばせた。

「美味しい。ココアは、ホッとするね。」

「ホットだからな。」

「あはは、おじさん寒いよ!」

俺の渾身の駄洒落に鋭いツッコミを入れ、坊主は再び喉を潤した。俺もまた大笑いしながら、甘い汁を喉に流し込み、坊主の顔を覗き込む。

「それにしても、愛しの美紅ちゃんとは遠距離恋愛になっちまうんだな。」

「こればかりは仕方ないよ。お互いの将来を確固たるものにするために、各々が選んだ道を進まないといけないからね。」

坊主の話では、幼馴染で恋人の美紅という少女は、浪人覚悟で倍率の高い名門大学の医学部を受験するのだとか。医師不足が懸念される現代社会で、医学に従事するとは、実に御立派だ。美紅が目指す大学は、首都に近い都市圏に立地していて、坊主が目指す土木系の大学とは、遠くかけ離れた場所にあった。会う気になれば、新幹線を利用するなりですぐにでも再会できるみたいだが、落ち着くまでは講義やアルバイトで時間を合わせるのが大変そうだ。そんなわけで、「毎日ワンコールは必ずし合おうね」と、美紅から提案されたんだと。やり取りを想像するだけで胸焼けしちまいそうだ。

「美紅とは会う時間が限られてくるけど、おじさんとは変わらず会えるから心配しないでね!」

「ははは!馬鹿言え!誰がそんな心配するか!寂しくなりそうで心配だったのは坊主の方だろ?」

「あはは!さて、どうだろうね?」

幸か不幸か、坊主が目指す大学は、県外ではあるが、この町から電車で10分程の場所にあるそうだ。ただ、一人暮らしに挑戦してみたいからと、自宅からは通わずに大学近くのアパートに入居するらしい。しかし、距離が近いこともあって空いた時間に神社まで来るのはいとも容易いことのようだ。おかげで坊主との賑やかな時間も、途切れることなく続きそうである。

「坊主、一人暮らし大丈夫か?ゴミ出しも飯作りも掃除洗濯も、全部一人でやらないといけないんだぞ?」

「そうだね。じゃあ、やばそうだったら、おじさんにアパートに来てもらおうかな!家事全般、得意でしょ?」

「ぶはははは!行ってやってもいいが、鬼の家政夫は高くつくぞ!」

「ははは!バイト代と要相談だね!」


 休憩時間が終わり、坊主は再び手にペンを握り、過去問を相手に模擬試験を開始した。そんな坊主が戦に勝利し、名武将になれるように、縁側に戻った俺は、杯いっぱいに酒を注ぎ、天に掲げて一気に飲み干した。


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