Age17-6 僕の憂鬱
地面に叩きつけるように降り続く雨。行き場を失った雫は、溜まり場を生み、そこにさえ、容赦ない銃弾のような雨が勢いよく落ちてくる。パチャパチャと小気味良いリズムを奏でているはずだが、今の僕にはその陽気な演奏が、木魚を叩く音に重なり、暗く沈んだ心を一層締め付けるばかりだった。
一週間程前に祖母がこの世を去った。闘病のため、病院に入院していたが、亡くなる前日までは、退院も近いだろうと思わせるほど元気だった。ベッドに横になりながらも、昔から変わらない柔らかい笑顔で、僕の手を握ってくれた。その時感じた祖母の体温と、「来てくれてありがとう」と言ってくれたかすれ声が今でも忘れられず、死を直視するたびに、掌が熱くなり、頭の中で彼女の声がうっすらと響いた。病院から連絡が入ったのは、僕が学校に行っている間だった。容態急変の知らせを受けた母が、学校に連絡をしてくれて、僕は早退してまっすぐ病院に向かった。病室に着いたときには、母は泣き崩れ、父は医師と手続きの説明や葬儀屋の紹介の話などを受けていた。荷物を床に置き、ゆっくりと眠る祖母に近付く。穏やかな顔をしていた。祖父が亡くなってから、家族には打ち明けられないような孤独感を彼女は抱えていたのだろう。愛した人のもとへやっと逝けると、心の底から安堵しているように僕には思えた。それでも、もっと長生きして欲しかった。元気になって、退院して、また一緒に暮らして…。湧き上がる思いが涙となって溢れる。落ち着いた母に背中を叩かれながら、僕は抑え切れない感情を何度も何度も吐き出した。
それから祖母は、久々に家に帰ってきて、物言わぬまま家族とのひと時を過ごした。葬儀までの間、両親から連絡を受けた親戚の人たちや祖母と親交の深かった友人たちが祖母に会いに来てくれた。今でもよく会う人や僕が幼い時以来の人、初めて見る人など、様々な顔ぶれが我が家に出入りした。人の入れ替わりの多さを見るだけで、僕が思っていた以上に祖母は人から愛されていたのだと分かり、頬が緩んだ。祖母も多くの親族や友人達に会えて、嬉しかったのかもしれない。来客が線香を上げる度に、蝋燭の炎が激しく揺れているように僕には見えた。
昨日一昨日と通夜、告別式を終えて、今日、僕はいつものように神社に来ていた。行く手を阻むように大粒の雨が天から降り注いできたが、傘からはみ出た服が濡れようとも構わず、外廊下の縁側、屋根の下に腰をかけた。すぐに僕の気配に気付いたおじさんが、居住空間の奥の方から縁側に出てきて、僕の隣に座った。町内の仲間として、おじさんも告別式に参列してくれたので、僕の曇り空の理由について分かっていた。おじさんは、何色でもない顔で黙って僕のすぐ隣に座ると、僕の肩に手を回して、寄り添ってくれた。僕はおじさんの好意に甘えて、おじさんの脇辺りに頭を傾けてもたれかかった。ゴツゴツした感触の中にも、おじさんの体温が感じられて、心の穴が少しだけ埋まったように感じた。おじさんに頭を撫でられながら、暗く湿った天を仰ぐ。すっかり泣きはらして、中々涙が出ない僕の代わりに、梅雨空はいつまでも冷たい雫で大地を濡らし続けている。
「おじさん。何で人には…生き物には、寿命があるんだろうね。」
「…さあな。」
信憑性はともかくとして、いつもなら何かしら答えをくれるおじさんも、この時だけは曖昧に返事をするだけだった。分かっている。おじさんに限らず、どれほど高尚で聡明な人間でも、この問いに対する正しい答えは知らない。科学的な回答は得られるかもしれないけど、僕が求めている答えはそうじゃない。しばし、雨の音が大きくなってから、おじさんは再び口を開いた。しかし問いの答えはやはり返ってこなかった。
「坊主、お前はじいさんやばあさんよりも長生きしろ。父親、母親よりもずっとずっと…。」
おじさんの体温が少し高くなったように感じた。頭に添えられた手にも僅かに力が入っている。
「うん。僕、長生きするよ。長生きする。」
「おう。」
おじさんは今、何を思っているのだろう?おじさんはどうしてこんなことを言ったのだろう?付き合いは結構長いけど、おじさんの真意は一切測れなかった。
雨粒が、木々や水溜りに体を打ち付ける音だけが耳に入る。僕とおじさんは、一向に泣き止まない空を見つめながら、体を寄せ合い、時の流れに身を委ねた。
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