Age15-9 坊主の告白

 神社本殿の裏手に設けられた墓地。山の麓のお寺さんの敷地ではあるが、その寺よりも近いからという理由で、神社の管理を任されている俺が除草や清掃を定期的に行なうように頼まれていた。神社の管理ついでとはいえ面倒ではあるが、ちゃんと給金を払われるので、文句を言われない程度には仕事をこなしている。今日もまた、竹箒や雑巾、バケツといった掃除道具一式を携えて、定期的な業務に取りかかっていた。休日ということもあり、墓地には墓参りの客をちらほら見かけたので、町内会の会合に出席する時のように、がたいのいい屈強な印象を与える人間の男の姿で掃除を進めた。

 墓石を丁寧に磨いていると、背後に人の気配を感じた。また墓参り客から墓地の手入れのお礼を言われるのだと思い、ぎこちない笑顔を作り、立ち上がって後ろを振り返ると、安堵やら呆れやらよく分からない溜息が、俺の口から外に出て行った。いつもの坊主が、右手を小さく挙げて澄んだ瞳を向けていた。冬の体操着を身に纏い、リュックを背負っているところを見ると、学校帰りにそのまま立ち寄ったようだった。重い荷物を背負って、家に寄らずにわざわざ長い階段を登ってここに来たということは、何か大切な話でもあるのだろう。もうすぐ昼になる頃だし、一休みするには丁度いいか。雑巾を水の入ったバケツに落とし、バケツを持って水場へと寄る。坊主は俺の背中を追うように後をついて歩く。水場の脇にバケツを置いて、軽く手を洗うと、俺は坊主の肩に手を置いて、共に神社の方へと向かった。

 縁側に座る坊主に、茶と菓子を出して、隣に腰掛けると、坊主はリュックを下ろして、茶をひと啜りした。何やら思い詰めたような気迫を醸し出していて、坊主の言葉を黙って待っていた俺は、膝に置いた握り拳に力を入れていた。坊主は湯飲みを置くと、意を決したように俺の方に顔を向け、ゆっくりと声を吐き出した。

「おじさん…あの、あのね…。」

「おっ、おう…。」

坊主の真剣な表情から作り出された独特の緊張感に俺も飲まれて、思わず喉を鳴らす。坊主の表情から察するに、悪い知らせでもあるのだろうか。突然引っ越すことになった?俺の存在を他の人間にばらしちまった?もしくは俺と二度と会わない決意ができたか?言い淀んだままの坊主に鋭い視線を送っていると、坊主の口がゆっくりとまた、動き始めた。

「あの、実はね…。」

「おう…。」

「僕、美紅に告白しようと思っているんだ!」

「おう…おう!?」

予想外の発言に、素っ頓狂な声を上げてしまった。坊主は顔を下に向けて頬を赤く染め、両手を組んで、指で円を描いて黙ってしまった。人間というものは、この年頃になると色恋に目覚めるものなのだろうか。昔は元服で成人と認められる年に坊主ぐらいの年齢も含まれていたはずだし、色気づくのも無理はないのかもしれない。今風に言えば、青春しているってことなんだろうな。美紅というと、坊主とはずっと幼馴染で、毎日仲良く登校しているという、あの娘か。ずっと側にいた女を異性と認識するようになったのだから、坊主も大人になったもんだ。いつまでも俯いたままのリンゴ坊主の背中を強く叩き、俺は豪快に笑って見せた。

「ははは!!いいじゃねえか!!どこぞの馬の骨とも分からん奴が近付いてくる前に、モノにしちまえ!」

「そんな簡単にはいかないから、相談に来たんだよ…。」

坊主はリュックを膝の上に置き、中に手を入れて漁り始めた。程なくして一枚の紙を取り出して、黙って俺に手渡してくる。その紙を受け取り、文字の書かれた面に目を通すと、思わず吹き出してしまった。俺の様子に坊主は一層落ち込み、溜息をついて、リュックを強く抱きしめている。渡された紙は、恋文の下書きだった。

「拝啓、鉢根はちね 美紅様。僕は、ずっと前からあなたのことが好きでした。何の取り得もない男ですが、あなたを幸せにする自信はあるので、どうぞ僕と付き合ってください。…これは向こうにも好意がない限り、振られるパターンだな。」

「どの辺がまずいかな?」

「何の取り得も~から自信はあるので、までのところだな。自分の魅力を全面的に押し出してこそ相手の心を掴めるってのに、逆に何の取り得もないとか減点部分をさらけ出してどうすんだ。それに幸せにする自信はあるって、浮き足立ったような不安定な言葉だと思わないか?その自信は信頼に値するものなのか。前項の何の取り得もない、とセットで見られると、如何に薄っぺらい口だけの言葉かが分かっちまう。坊主に口先だけというつもりがなくても、受け取る側としては信頼できない文章だな。」

「じゃあ、その部分を他の言葉に…」

「いいや、駄目だ。」

俺は坊主の恋文を小さくグシャグシャに丸めると、口の中に放り込んで飲み込んだ。慌てて止めようと伸ばした坊主の手は、一瞬の所業に追いつけずに伸ばした状態で止まってしまった。そんな坊主を余所に、俺は口に茶を注いで、口元を手の甲で拭った。

「恋文なんて回りくどい方法なんざ取らねえで、男なら面と向かって想いを伝えて来い!メールやら電話越しやら、恥ずかしいなんて逃げの口実に過ぎねえ!堂々と想いを伝えられない奴に惚れた女を守れる度胸があるとも思えねえ!目の前で豪快に思いの全てをぶつける、これが俺達鬼の告白流儀だ!」

「鬼のルールを人間の僕に押し付けられても…。」

「鬼のルールでも、多くの人間の女を惑わした実績が俺にはある。鬼のルールは人間にも通用するってことだ。」

俺は額に手を当て、最近見かけた美紅という少女の姿を頭に思い浮かべる。受験の合格祈願で坊主が連れてきた時のことを思い出し、イメージを固めていく。体中に、目に見えない鬼の持つ不思議な力を染み渡らせ、十分に力が満ちたところで大きく目を開いた。すると、俺の体は徐々に形を変えていき、筋肉質な図体のでかい大男から、小柄でほっそりとした、制服姿の少女の姿になった。変化の様子を黙って見ていた坊主は、口を開けたまま、唖然としていた。

「あっ、あっあっ…声はこの位か?」

喉に手を当てて、声の調子を再現し、俺は完全に美紅の姿を模した。完成度が高かったのか、坊主は、俺が目を合わせるとすぐに視線を逸らし、耳の先まで真っ赤に染めて、そっぽを向いてしまった。予想以上に青い反応をする坊主をこのままからかいたい衝動に駆られたが、相談された以上は真剣に坊主の恋を成就させてやりたかったという気持ちの方が強かったので、ぐっとこらえて、坊主の隣にぴったり腕が触れ合う距離まで詰めた。腕が触れたせいか、坊主の体がピクリと一瞬跳ねたが、そんなことはお構いなしに、俺は片手で坊主の顔を掴み、無理やりこちらを向かせた。坊主の顔は、妙な熱を帯びて、揉み馴染んできたカイロみたいな温さを持っていた。

「ほれ、しっかりしろ!日頃顔を合わせている相手だろ!いつもみたいに、一緒に学校へ登校するような感じで接すればいいんだよ!ほれ、告白してみろ。」

一度唾を飲み込んでから、坊主は腹が決まったように、体ごと俺の方に向けて、俺の両肩を強く握り締めた。相変わらず赤い顔を俺に向けて、坊主はもう一度、ごくりと喉を鳴らした。

「みっ、美紅!ぼっ、僕は…」

ゆっくりと顔を近づけていき、坊主は目を閉じて唇を…

「アホ!告白前に、いきなり接吻なんてしたら、相手に不誠実に思われて張り手をかまされて終わりだ!」

舞い上がりすぎて暴走しかけた坊主の顔を両手で静止して、苦言を呈すると、我に返ったように坊主は首を縦に振って、大きく頷いた。俺が両頬を押さえているせいで、坊主はタコのように尖った口のまま顔をぶんぶん振っていて、なんとも間抜けな面に笑いをこらえるのが必死だった。頬を解放してやると、坊主は一旦茶を喉に流し込み、改めて俺の方に向き直ると、両手を握り拳にして自分の膝に置き、気合の入った表情で俺に目を合わせた。

「みっ、美紅!ぼっ、僕は、きっ、君のことが好きだ!こんな僕だ…」

「こんな僕だけど、はいらん!俺がお前を幸せにしてやる!俺について来い!、ぐらいのことは言ってやらんと、女には響かんぞ!」

「うっ、うん!ぼっ、僕が君を絶対に幸せにする!だから、僕について来てくれ!」

「…まっ、ギリギリ及第点だな。嬉しい!私、ついて行っちゃう!」

わざとらしく坊主に抱きつくと、坊主もゆっくりと背中に手を回して、俺の体を抱きしめた。このまま、また暴走しないように、坊主の背中を軽くつねって声を掛けた。

「どうだ、自信はついたか?」

「すっ、少しは。本番にまた緊張して失敗しそうだけど…。」

「ははは!あまり思い詰めずに気楽に行け!もし玉砕しちまったら、この姿でお前のこと慰めてやるから!」

「それ、思いっきり失恋心を抉られそうだからやめて!」


 その後、坊主は不安と希望を半分に、神社前の階段を下っていった。告白が成功でも失敗でも、何か美味いものを用意しておいてやろうか。昼飯を作りながら、俺は坊主の青春たる色恋沙汰の結末に思いを馳せ、頬を緩ませた。


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