トリックオアトリート

誘宵

韻に関するいくつかの考察

 男が二人いる。

 一人は普段着らしいラフな格好。

 もう一人の男はシーツのような白い布をかぶり、頭を出している。

「Trick or Treat!」

「お、横書きでよかったな。縦書きだとわけのわからないことになっていたぞ」

「いきなりメタなことをいいだすね。それより、わかるだろ? トリック・オア・トリートだ」

「……ああ、ハロウィンか。ハロウィーンか? どちらにせよ、季節ネタは旬をすぎると目に触れられなくなるぞ」

「お前はどういう心配をしているんだ。それより、お菓子をくれなきゃいたずらするぞ! どうだ? 少しは自分の身の心配をしたらどうなんだ?」

「さっきから聞いていれば、お前はどうしたいんだ? Trick or Treat? トリック・オア・トリート? お菓子をくれなきゃいたずらするぞ? お前は俺になにをしてほしいんだ?」

「え? そりゃあ、お菓子をくれると嬉しいんだが」

「お菓子をもらえない場合は?」

「そりゃあ、いたずらするかな」

「どんな?」

「どんなって……」

 シーツの男は考え込む。

「何もいたずらを考えてこなかったんだな」

「じゃあ聞くが、お前はいたずらをされたかったのか?」

「いま、ここにお菓子を持っていない以上、いたずらされてもやむなしと思っていたな」

「そ、そうか」

 シーツの男はケチャップを取り出す。

「それならこいつでお前の服を……」

「そんなことをしたら、俺はお前にこうやって、こうする」

 私服の男がジェスチャーをする。

「こうやって、こう?」

「こうやって、こう」

「おおっ、言葉で動きを説明するのも恐ろしいことをされてしまう……!」

「争いは……新たな争いを生むだけさ……」

 私服の男が遠くを見た。

「いや、そんな大層な話じゃないよ? というか、トリック・オア・トリートってのは、ハロウィンの挨拶みたいなもんだろう? どうしたんだ急に」

「トリック・オア・トリート。日本語にしたら?」

「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、だな」

「もともとのTrick or Treatが韻を踏んでいる話は知ってるな?」

「なんだ? もっとふさわしい訳があるだろうって話にする気か?」

「……」

 私服の男が不機嫌そうな顔をする。

「……」

 私服の男が背中を向ける。

「……」

 私服の男が体育座りでいじけてしまう。

「……悪かったよ。付き合うよ」

「ありがとう」

「気持ちの悪い笑顔だな」

「失礼な。とにかく、きちんと韻を踏んだ訳を考えようってわけだ」

「それなら、もうとっくにいいのがあるぜ。『お菓子をくれなきゃ犯しちゃうぞ』だ。これでいいだろう? 完璧じゃないか」

「お前なぁ、そういうことを言うからセルフレイティングに性描写ありっていうのを入れなくちゃぁいけないんだよ」

「またお前は余計な心配をしているな。まあつまり『犯す』ってのはだめってわけか」

「犯す、孕ます、輪姦す、しゃぶらせる、ハメる、パコる、オマンコする……などの単語は避けたいな」

「お前の方がひどいじゃないか」

「なにせ、子どもたちもいうかもしれないフレーズだ。まあ、ロリビッチに『アメちゃんくれなきゃハメちゃうぞ』と言われるのは悪くない」

「お前の方がひどいじゃないか! というか、その訳だとお菓子を飴と限定してしまっているからよくないんじゃないか?」

「む、それもそうだな」

「とりあえず、トリック・オア・トリート。直訳すると『いたずらかほどこしか』だな」

「ほどこしの部分がお菓子になったんだな」

「子供たちがお菓子をもらう行事だからなぁ」

「それで『いたずらかお菓子か』になるわけだ」

「この時点で韻は踏んでないから、いたずらの部分をお菓子と韻を踏める単語にする必要が出てくるわけで……やっぱり『犯し』がベストじゃないか?」

「いやまて、もっとあるだろう。Trickの辞書での意味を引いてみるんだ」

 私服の男が分厚い辞書を放り投げる。

 シーツの男がキャッチする。

「あっぶな!」

「さあ、引いてくれ」

「自分でやれよ……」

 シーツの男はしぶしぶ辞書を引く。

「えっと……やっぱりいたずらとか、そういう意味だな。あとは幻覚とか迷いとかそういう意味もあるけど……」

「迷い、か……」

 私服の男がうなり、つぶやく。

「迷いかマヨネーズか……」

「おいおい、お菓子の部分を変えるなよ! ハロウィンでマヨネーズをもらっても嬉しくないだろ!」

「最近の子どもはマヨチュッチュしないもんな」

「昔の子どももしてないと思うぞ」

 私服の男が、なにかを閃いたような動きをする。

「……まてよ? もしかして、俺たちはいたずらとお菓子のことに夢中になって、この『or』のことを忘れちゃあいないか?」

「『or』? こいつは『~か』って意味だろう?」

「接続詞の『or』の意味はそれだけじゃない。よくセンター試験にも出るだろう?」

「覚えてないよ、そんなこと……」

「その辞書で引いてみてくれ。命令文での『or』だ」

  シーツの男が辞書を引く。

「……あった。さもないと、だ」

「つまり、Trick or Treatは『いたずらしなさい、さもなければお菓子をあたえなさい』だ!」

「な、なんだってー! 直訳すぎるー!」

「いや、まてよ? もしかしたら、この『お菓子』も何かの隠語……? もともとが『ほどこし』だからその可能性は十分考えられる」

「お、おいおいマジかよ……俺、なんだか悪寒がするんだが」

「つまり、最適解はこうだ。『犯さないなら犯させるぞ』!」

「結局犯すんじゃねーか!」

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トリックオアトリート 誘宵 @13izayoi41

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