10-4:最後に見る顔

 声の方を見ると、そこにいたのはノエラだった。


 しかし、普段のノエラとは決定的に違うところがある。


「ノエラ、目が……」


 ロミロフが言うように、ノエラの目が開いている。


「いやぁ、僕としたことがうっかりしてましたよ、まさか始まりの魔人が他の魔人を操って封印を破壊するなんて」


 そう、ノエラが言う。


「お前、インクリスか」


「ええ、そうですよ。この体は都合がいいので、貰ってしまいました。前から準備していてよかったですね」


「前から、だと?」


「ええ、以前から少しずつ使い魔の欠片を入れて、あなた達が側にいないときにね。目も治しました」


 バルンには心当たりがあった。


 以前ノエラは人間なのに、魔族の角もなく魔術を使ったこともあった。


 それはインクリスによって魔族に馴染む体にされていたからだろう。


「それで、その体でどうするんだ? いくら使いやすいようにしたとはいえ、戦いには向いていないんじゃないか?」


「そうでしょうね。でも、君たちにこの体が斬れます? 魔術で焼けます?」


 インクリスはノエラの顔で、見たことのないかもしれない表情をつくって笑う。


「くっ、卑怯な。何が望みだ」


「勇者ロミロフ、君の体を僕にください」


「なるほどな、そういうことか」


 インクリスの要求に驚いているロミロフを気にも止めることもなくバルンは言う。


 インクリスの要求を聞いて、バルンはインクリスの目的に気づいた。


「インクリスお前、魔人になる気か」


「正解です、よく気づきましたね」


「人間の体を必要とする理由など、それぐらいしかあるまい、魔人の体を手に入れてどうする気だ? 魔王の座を俺から奪うのか?」


「魔王の座なんて興味ありませんよ、僕は魔族であると同時に、人間でありたい。それだけです、それで、答えはどうなんですか、勇者ロミロフ!」


「……バルン」


 口を開いたロミロフが声を向けたのはインクリスではなく、バルンにだった。


「今からでもノエラは救えるか?」


 ロミロフは小声でバルンに尋ねる。

 少しだけ、声が震えていた。


「あれは本質的には、使い魔に寄生されている状態と同じだ。しかし、インクリス本体が寄生していることもあって、以前のようにその剣で刺すだけではだめだ」


「どうすればいい?」


「直接本体を刺せばインクリスは死に、ノエラの体は解放される。しかし……」


「本体がどこなのかわからない、か」


 小声だったにも関わらずインクリスには聞こえていたようで


「まだ僕を倒すつもりなんですか? おとなしくその体を渡してくださいよ。そうですね、勇者ロミロフの体をくれたら、この体は解放すると約束しましょう」


 ノエラの顔で、インクリスは続けて言う。


「その顔で……、その顔で俺を勇者と呼ぶのを止めろ! バルン、奴を拘束なんとか無傷で拘束してくれ、痛みもできるだけ与えないようにな」


「お、おお、わかった」


 突然、激昂したロミロフに圧倒されつつもバルンは応えた。


「うーん、交渉は決裂ですね。では、この体に傷をつけないように頑張ってくださいね」


 ロミロフが剣を鞘に納めたまま、インクリスに突撃する。


 バルンも、詠唱を始める。


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは水、それは氷、それは蔦、最後に名を、【絡めとる氷蛇】、冷たいが我慢しろよ! 現れよ」


 バルンの足元から氷の蛇が現れてインクリスに向かっていく。


 ロミロフもそれにインクリスを追い込むように、走る。


「うーん、手加減して僕を捉えられますかね? 素の力よ、我が呼び掛けに応じよ、汝に与える形は3つ、光、影、幻、名前を呼ばれ現れよ、【僕の幻】」


 インクリスの詠唱で複数のノエラの姿が現れる。


 増えた際にうまく紛れ込んだのか、どれが本物かはわからない。


 ロミロフはそのうちの1つに飛びかかるが、すり抜けた。


「くっ、どいつだ……?」


「あいつだ!」


 全部の幻を見渡したロミロフがその内の1体を指す。


「根拠は?」


「勘だ」


「上等だな」


 バルンは指示された1体に向けて氷の蛇を向けた。


「流石は人間最強と魔族最強ですね」


 負け惜しみとばかりにインクリスが呟く。


 その体は氷の蛇に絡め取られて動けなくなっている。


 非力なノエラの体では脱出するのも困難だろう。


「さて、今すぐにその体を離れるというのならば、封印で済ませてやるが、どうだ?」


「そうですね、それならば封印という形でお願いします、僕の野望はいつかの時に取っておくことにするので」


「そうか、いさぎがいいな」


「死ぬような無理はしないんです」


「なるほど、魔族らしい。やはりお前、人間には程遠いんじゃないか?」


「どうでしょうね、まぁ封印されている間じっくりと人間らしさを考えることにしますよ」


 そう言うと、ノエラの頭に角が現れ、ポロリと落ちた。


「これで、全部終わったかな?」


「いや、まだ残っていることがある」


 バルンは言う。


「ノエラの目だ」


 それを聞いたロミロフは、そういえばそうかという苦い表情になる。


「インクリスがノエラの目を治したということは、数日すればノエラは魔人になってしまう」


「それを止めるには?」


「お前の腕でやったように、目玉を抉り出す。目が覚める前にやるか、目が覚めてからやるかだが、どうする?」


「目が覚めてから、本人の話を聞いてやろう」


「よしわかった。ならば今日はこのまま魔王城に泊まっていくか」


「そうだね」


 → → →


 朝、ノエラが起きてきた。


「お早うございますバルン」


「ああ、おはようノエラ」


「ところで、目が変なんですけど」


「ああ、インクリスにやられてな、見えるようになっているだろう?」


「ええ、でも少し気持ち悪いんですけど」


「そうか、それでだな」


「このままだと魔人になるから目を抉り出す、ですか?」


「そうだ、ノエラはそれでいいか?」


「いいもなにも、そうするしかないでしょう。でも、最後にバルンの顔をよく見させてください」


「ああ、わかった」

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