10-3:素顔のバルン

 始まりの魔人の持つ力は圧倒的な物だった。


 四肢全てが魔族の物であり、全体の身体能力は通常の魔族を遥かに越え。


「素の力よ、氷となってその姿を示せ!」


 人間ではあるが魔族の体を得ていることで、単純なものではあるが魔術まで操る。


 しかし、バルンも力を失っていた時の経験から、その動きを的確に見切って避ける。


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える」


 始まりの魔人が放つ魔術を避け、体術の届かない距離を保ちつつ詠唱をする。


「【侵食する雷】、現れよ」


 放たれた黒い雷撃は始まりの魔人の体を焼く。


 伊達に魔王の名を持っていたわけではない、純粋な力の強さもあるが、バルンはそれだではない。


 強大な魔術を放つ力があり、体術もそれなりにできる、それでいて戦いの構築も上手い。


 そして、始まりの魔人は720年ぶりの戦いである。


 彼が如何に力を持った魔人でも力を取り戻した魔王バルクロムに勝てる訳がなかった。


「いやぁ、強いなぁ。君がこれほどに強いとなると、君に勝ったっていう、さっきの彼はもっと強いんだろ?」


「いや、今ならば俺の方が強い」


「そうなのかい?」


「ああ、俺はあのとき油断しただけだ、あいつが死んだ振りなどしていなければ俺の勝ちだったはずだ」


「ふぅん、なるほどなぁ」


「しかし、あいつを行かせるまでもなかったな、俺がお前をここで殺す」


「いやぁ、そうなるかもね」


 余裕そうな口ぶりだが、始まりの魔人はすでに満身創痍のはずだ。


「応えよ、素の力よ」


 バルンは止めを刺すべく、詠唱を始める。


「それは光、それは闇、それは雷、それは炎、それは混沌、最後に名を、【混沌の炎獄】」


 お互いに走りながらではあるが、バルンは冷静に狙いを定める。


「現れよ」


 詠唱を完成させ、始まりの魔人を取り囲む、膨大な熱量が生まれた。


「はぁ」


 バルンは止めを刺したことを確信して、脚を止める。


「ロミロフの出番は無かったな」


 混沌の炎獄を背後にそう呟く。


 そしてバルンは、炎獄の中から飛び出してきた始まりの魔人に反応することができなかった。


 → → →


 バルンが始まりの魔人を相手している間に、持っていかれた剣を探しに封印の部屋の前までロミロフはやって来た。


「うへぇ」


 封印の部屋の前は魔人達のぐっちゃぐちゃになった原型を留めない死体とも呼べない肉塊が散乱していた。


「剣はどこにあるかな?」


 肉塊の中に埋もれた剣を手探りで探していると、血と肉の海の中でも輝きを失っていない剣がすぐに見つかった。


 あったあったと言いながら、剣を拾い上げると一本の腕が付いてきた。


「これは、俺の腕か」


 少し考えた後、ロミロフは自分の腕も一緒に持っていくことにした。


 → → →


 背後からの攻撃に、バルンは驚き対応しようとしたが間に合わない。


 そして、その攻撃は輝く色の剣が飛んできて弾かれた。


 全身を焼かれ、攻撃も弾かれてしまった始まりの魔人は地面に倒れ、動かなくなる。


「バルン、大丈夫か?」


「あ、ああ、助かった」


「お、バルン、顔の影が取れてるぞ? って、うーん、その顔もしかして……」


 バルンは始まりの魔人との戦いの内に、顔にかけていた影を維持する余裕がなくなっていたことに気づいていなかった。


「もしかして、バルンお前、魔王バルクロムか?」


「……そうだ、バレてしまったな」


 バルクロムはフードを取り、素顔をロミロフに晒す。


「生きてたのか、あー、道理で魔族にもやたらと詳しいし、魔術の扱いも上手くて強いわけだ」


「さて、どうする? 再び戦うか?」


「は? なんでって程じゃないが、別に今は戦わなくていいだろ、今のお前は俺の敵じゃないんだろ?」


「まぁ、そうだが、力も取り戻したし、再び魔王として君臨するつもりなのだが」


「それで、人間を攻撃するってのならその時、殺しに行ってやるっと思ったがダメか、その前に俺は魔人になるんだっけ」


 そこでバルクロムはロミロフがぶら下げているものに気付く。


「ああ、今のまま、魔術で作った腕をぶら下げているのならな。

 そうだな、俺が魔王に戻っても俺は人間の敵にならないと誓おう、そうしたらロミロフにもやってもらいたいことがある、それをやってくれるというのならば、魔人にならないようにしてやろう」


「何をすればいいんだい?」


「それは、再び魔王に戻れたときに伝えよう、治すか?」


「いいだろう、治すにしてもどうやってだ?」


「単純な話だ、もう一度その腕を切断し、元の腕をくっつける、切断された腕をくっつけるだけならば、魔人になることはないだろう?」


「なるほどなぁ、その発想はなかった」


「さて、自分で切るか? それとも俺が斬ろうか?」


「さすがに自分て自分の腕を切ったりはできないよ、バルンに任せる」


 そう言って、ロミロフは拾った兵士の剣を渡してきた。


 → → →


 再びの治療を終え、


「さて、街に戻るか」


「ノエラ、怒ってるだろうか」


「何も言わずに出てきたからな、数日は拗ね続けるんじゃないか?」


「かもね」


 バルクロムとロミロフは軽口を叩きながら街へ向かおうとした、その時。


「ノエラの怒りを心配する必要はありませんよ」


 そう、声をかけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る