魔王、勇者と戦う

10-1:インクリスの正体見たり

 はぁはぁと、ロミロフは息が切れてきている。


 魔人達は未だに10体揃って健在。


 ロミロフは未だに攻撃することすらできていない。


 周囲に倒れていた兵士は、なんとか全員回収してもらって今この場にいるのはロミロフ一人。


「そろそろどうしようもなくなってきたな」


 一人だけしかいないから弱音を吐くこともある。


 バルンはまだ来ない。


「いったい何をしているんだ、バルンは」


 呟く、一人で戦っているとどうしても独り言が多くなる。


「君たちは、なんのために戦っているんだい?」


「…………」


「返事はなしか」


 戦っている相手が喋らないとなると尚更だ。


 戦いながら喋るのは余裕の現れではなく、余裕がないことを誤魔化すためだが、相手が喋らないのならば意味はない、癖のようなものだ。


(本当にバルンはどうしたんだろうか、なにかあったか?)


 → → →


 バルンはバルンで魔人達から逃げていた。


 ひたすらに走って逃げているだけだが、走りながらどうやって追いかけられているのかを考える。


 通常の手段で考えられる方法は粗方試したが、他の方法、魔人特有の感覚で探知しているのだとか、そういうものだろうか。


 それとも、インクリスがどこからか見ていて居場所を伝えているのか。


(多少無茶をするがしかたない)


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは闇、それは漆黒、それは夜、それは幕、最後に名を、【塗りつぶす漆黒】、現れよ」


 詠唱によって、バルンを中心に黒が広がる。


 その黒は空間全てを黒く、光も音も塗りつぶす。


 今のバルンにできる、最大の魔術だ。


 この黒の中を外から観測する術はない。


 例えインクリスがどこからか見て指示を出しているのだとしても、こうしてしまえばどうにもなるまい。


 しかし、魔人はバルンを正確に追い続ける。


(これは、あの角を使って撃退するしかないか……?)


 そこで、思い至る。


(まさか、これか?)


 バルンが持っている、インクリスに渡された角。


 力も遮ったりしたが、それは力を追跡されない程度の物だ


 誰の物だかわからないがとんでもない力を持った角、普通に考えるのならばインクリスの角だ。


 バルンが見たインクリスは角がなかった。


 あれがもし、自分の角を折ってバルンに渡してきたからだとしたら、いや、むしろバルンの前に姿を表した少年の須方のインクリスも本体ではなかったとしたら。


 本体ではないのに、なぜ出会ったときは本体だと思ったのか、それは、その場にインクリスの本体がいたからだ。


 少年の姿とは別の形で。


 そう、それは。


「お前が、インクリスの本体か」


 バルンは袋に入れたままの角を取りだし、話しかける。


「…………ばれてしまいましたか、そうです。僕が裏切りの魔族、インクリスです」


「握りつぶしてやりたいところだが、やはり力が足りない、俺はロミロフのところへ行く、お前はそこで待っていろ」


「待てと言われて待つとでも?」


「いいや、思わないさ。しかし、正体は見た」


(どちらにせよ、インクリスをここで捨てていかねば逃げきれん)


「お前の正体さえ知っていれば次に出会ったときに潰せる。またな」


「ええ、またすぐに会いましょう」


 バルンはインクリスを袋にいれたまま、闇の中にインクリスを放り投げて北門へ向けて走り出した。


 → → →


「ロミロフ!」


 インクリスを捨ててきてからは魔人からの攻撃も減り、なんとか北門へたどり着くことができた。


 バルンがたどり着いたとき、ロミロフは既に満身創痍、ギリギリの状態で凌いでいた。


「応えよ、素の力よ――」


 バルンは呪文を唱えてロミロフを補助する。


 魔人達はロミロフに集中しているため、バルンは落ち着いて呪文を唱える、個々の魔人に狙いを定めて魔術を発動させる。


「現れよ」


 魔人の足元を、草が掴む、1体2体と順調に動きを封じていき、最後に2体のこる、その内の1体を封じ切ったとき、最後の1体の攻撃がロミロフに当たる。


「ロミロフ!」


「ぐぅっ」


 その攻撃は剣を握っているロミロフの腕を奪った。


 肩から下がくるくると飛んで、握っていた剣が地面に刺さる。


 腕を失ったロミロフは肩を抑えてうずくまる。


 腕を飛ばした魔人も動きを封じられたが、ロミロフは腕を失った。


 魔人はまだ動きを少し止めただけで倒してはいない。


 すぐに最初に止めた魔人の戒めが解け、自由になるが、ロミロフではなく、ロミロフの腕へ向かい、剣を拾った。


(何をしている……?)


 バルンにはその意図がわからず、また、止める手段もなかった。


 そうして、剣を拾った魔人と戒めを解いた他の魔人はロミロフとバルンを置いて去っていった。


 → → →


「ロミロフ、大丈夫か?」


 大丈夫でないのは見てわかるが、一応聞いておく。


「ああ、痛いが死ぬほどじゃあない」


「そうか」


「魔人達はどうしたんだ?」


「お前の剣を拾って帰っていった、どうも奴等の目的はお前の剣だったらしい」


「俺の、剣?」


 ロミロフは意味がわからないという風だったが、バルンはすぐに思い至った。


「始まりの魔人だ」


「…………そういうことか」


 そう、ロミロフの持っていた剣ならば魔王城の封印された部屋の封印を破ることができる。


「追いかけよう」


「魔人を今から追いかけても間に合わん、それにお前はその状態で、武器もなく戦えるのか?」


「……無理だ、武器はともかく腕を失っては戦えない」


「ああ、だから、角を寄越せ」


「あの角を渡せば勝てるのかい?」


「俺一人では無理だ、だが角さえ返してもらえばお前の腕を治すこともできる」


「魔術で?」


「当然だろう、魔王城に行った時に治癒の魔術を学んできたんだ、お前がいいと言うのならば、だがな」


 ロミロフは一瞬だけ迷う表情を見せたが、答えた。


「腕を治してくれ」


「ああ、お前ならそう言うと思っていた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る