8-3:ノエラの行方

 ノエラがインクリスに拐われた。


(しかし、どこへ行ったんだ?)


 インクリスは、この街のどこかにいて、期限は3日間と言っていた。


 3日以内にバルンが探し出せる場所で、この街のどこか、つまり、バルンが知っている場所だ。


 ノエラの目をインクリスが治すのは3日後、それまでに見つけなければノエラの目は治るが、いずれ魔人になる体になってしまう。


 3日後ではロミロフはまだ帰ってくるどころか、目的地に着いてすらいないだろ。


 バルンはとにかく思い当たる場所を探して回ることにした。


 → → →


 まず最初に来たのは北通りの喫茶店跡地、この街で最初にインクリスが接触してきた場所だ。


「さすがにいないか」


 喫茶店跡地には誰もいない。

 いつも通り、バルン達が使っていた席以外は使用した形跡もないし、バルン達が使っていた席にも何もない。


 一応周辺の空き家も中を探してみたが、誰もいなかった。


 → → →


 魔族と戦ったり、破落戸を伸したりした路地裏へ来た。

 相変わらず人気はない。


 その一帯を探していると、破落戸の二人組と出会った。


「あれ、旦那じゃないですか、どうしたんですかそんな走り回ったりして珍しい」


「ああ、お前らか。昨日頼んだ奴、もしくはノエラを見かけていないか?」


「ノエラ? ああ、旦那がいつも一緒にいるあの子ですか、お前、見たか?」


「いんや、見てないなぁ」


「そうか、見かけたら教えてくれ、昨日頼んだ怪しい奴もだ」


「それはいいんですが、どうしたんでさ?」


「ノエラが奴に拐われた、明後日までに見つけなければならんからな、頼んだぞ」


 路地裏もハズレだったようだが、少しだけ人手は増えた。


 → → →


 街は闇に沈み、1日目が終わる時間。


「やぁ、バルン。僕は見つかったかい?」


「インクリス、の影か」


 暗くなった街に、ぼんやりとした影が立っていた。


「そうさ、昨日夢で言ったように、こちらで現れさせてもらったよ」


「それでも影か」


「うん、僕の本体はノエラのところにいるからね。いろんなところを探しているようだけど、見つけられるかな?」


「見つけてやるさ」


「というかそもそも、


「なに?」


 問いかけに反応した時には既に、インクリスの影はいなかった。


「あいかわらず、意味のわからない奴だ」


(しかし、俺がノエラを探している理由だと? そんなもの…………)


 バルンはノエラを探している理由を思い浮かべようとしたが、何一つ浮かばなかった。


(いや、まて、そもそも何故俺はノエラの目が治ることを拒んでいる? )


 拒む理由はなんだ?


(ノエラの目が治れば、家の中でも顔を隠して生活しなければならなくなるからか?)


 少しすれば魔人になってしまうのに、正体を隠す意味もない。


(ノエラが魔人になってしまえば、この街での隠れ住む場所を失ってしまうからか?)


 そうなったら、他の場所を探してもいいし、ノエラのいなくなったあの家にそのまま住んでもいい。


 この街には空き家などいくらでもある。


(では、何故だ?)


 そのまま、バルンはノエラの家に帰らず、ノエラを探すでもなく、ノエラを探す理由を探し始めた。


 → → →


 ノエラを探し始めて2日目、日が高くなってもバルンは考えていた。


 そこへ、あの破落戸二人がやってきた。


「あれ、旦那? ノエラを探していたんじゃ?」


「ん、ああ、お前らか。俺はなんでノエラを探しているんだろうな」


「はぁ」


「考えてみると、俺にはノエラを探す理由がないのかもしれない」


「でも、探してたんでしょ?」


「それは、そうだが」


「じゃあ、気づいてないだけで探してた理由があるんじゃないですか?」


「そうだろうか」


「きっとそうですよ、なぁ」


「ああ、そういうのは失ってから理由に気づくんだ、俺達も、気づいたときには遅かった」


「お前達にもそういうことがあったのか?」


「まぁ、俺たちの場合は仕事でしたけどね」


「いつ魔族に殺されるかもわからねぇのに働いても意味ねーぜ! って、仕事やめて、気づいたらこんな感じになってたんですよ」


 二人は笑いながら言う。


「それは、本当にこれと同じか?」


「さぁ?そればかりは失ってからでないとどうにも」


「そうだな、失ってからでは遅いな」


 もう少し、探してみることにしようか。


 探した理由は、見つけてからじっくり考えてもいい。


 ← ← ←


 ノエラが目が覚ますと、すぐそばに知らない人がいるような気配があった。


「あなたは、誰です?」


「僕かい? 僕はインクリス」


 聞いたことがある声だ、いつだったか家を訪ねてきたことを思い出す。


「ああ、あなたが。バルンはどうしたんですか?」


「さぁ、今ごろ慌てて走り回ってるんじゃないかな? 君を探してね」


 バルンがノエラを探して走り回っている?


 おかしなことを言うなとノエラは思った。


(だって、私はここにいるのに)


「まぁ、そのうち帰ってくるよ、帰ってこないかもしれないけどね」


「そうですか、ところでお腹がすいたのですが」


「君は、僕が怖くないのかい?」


「何がですか?」


「…………さぁね」


バルンが言っていた通り、よく分からない人だなぁ、とノエラは思った。


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