8-2:夢で会う

「やぁ」


(次は直接顔を見せに来いと言ったはずだが)


 きのうに続いて夢の中、インクリスがまた語りかけてきた。


「以前渡した僕の力はまだ持っていてくれているんだね」


(ああ、放っておくわけにもいかんからな。貴様、わかって言っているだろう)


「もちろん、慎重なあなたらしいやり方だ、魔族である僕が他者に力を貸すことなどありえない、だからこの力は使ってしまえば何か自分にとって不利益になるのではないか? インクリスに取り返しのつかない何かを奪われてしまうのではないか? そう考えたんだろう?」


 大仰に、身振り手振りを交えながら語り口調で言う。


 姿は曖昧な癖に、なぜかこういう動きだけははっきりとわかる。


(ああ、そうなんだろう?)


「ああ、そうだ。それで正解だ、来たるべき時まで、その力を手放してはいけない、いつか、必ず必要になるときが来る。大事に持っているといい」


(ロミロフを殺すためにか)


「それと、あなたは知ったのだろう?」


 バルンの問いかけを無視して話を続ける。


「僕が他の魔族とは違うってことを。僕は他に力を貸すこともあるってことを」


(やはり、720年前の記録にあった始まりの魔人を封印したのは)


「そう、僕だよ」


(地下の監視者の部屋から記録を持ち出したのもか?)


「ああ、そうさ。彼は知りすぎた、だから殺して僕に関する記録を全て消した。僕は誰にも知られるわけにはいかなかったからね」


「そうか、そうだな。今まで俺は貴様のことを何一つ知らなかった」


「当たり前さ、僕は誰かの目の前に現れたことはない、今までに僕を見たことがあるのは監視者だけだっただろう、かつて、始まりの魔人を封印した時でさえ、当時の魔王に言葉だけで協力をし、一切の姿を見せずに終わらせたんだ」


「そうか」


「僕のことで他の誰かが知っていることといえば、蝙蝠の使い魔を使うこと、そして、効率の悪い術を使うこと、そして、姿を見せないということだけさ」


「そうだな、俺も貴様について知っていることはそれぐらいだ、でもな、これから知っていこうと思う、さて、今日は逃がさんぞ?」


「なんだって?」


「夢の扱いは慣れていなかったからな、実体を作るのに手間取った」


 バルンが言うのと同時、もしくはそれ以前からあったのかもしれないが、力で形作られた檻がインクリスを囲っていた。


「なるほどね、でもこんなもの、僕が自身の存在を曖昧にしてやれば意味はない)


 インクリスが曖昧になり、檻を抜けようとする。


「あまいな、俺が貴様に実体を与えてやる、あくまでこの夢の主は、俺だ」


 曖昧だったインクリスの存在が確定されていく。


 蝙蝠の顔を持つ、翼を持った魔族の姿だ。


「今のところはその顔でいいだろう、自身で本当の顔を作るというのであれば止めないがな」


 このインクリスの顔は、バルンが想像して形を与えたものだ。


「なるほどね、力を失ったとはいえ魔王様だ、力の扱い次第で自由にできる夢の中ならなんでもできるか」


「ああ、話してもらうぞ。貴様の企みの全てをな」


「なるほどね、まいったまいった、と言いたいところだけど、認識の緩みがあるね」


 インクリスは降服するかに見えた。


「今、ここで、僕が何をするかわかるかい?」


「何を?」


 バルンは、その問いかけに一瞬、もしかしたら脱出してしまうのでは?と考えてしまった。


「考えたね? もう夢に現れるのは危険だな、約束通り、次は直接顔を合わせることにしよう、じゃあね」


 インクリスはバルンが一瞬だけ考えた逃げられるのではないか?という思考を増幅し、解けて消えた。


 → → →


「くそぉ」


 目が覚めてすぐ悪態をつく。


 圧倒的に有利な夢の中での不意討ちで捕まえられなかったことで、インクリスの方が圧倒的に上手であるということを痛感した。


来るべききたるべき時ね、」


 それがいつのことなのかはわからないが、使うにしても使わないにしても持っておく他ない。


 いつも携帯している袋、インクリスに渡された角を入れている袋を出してみる。


 中には固い感触、そこにあの角があることがわかる。


 一応袋から出して、何か別の物とすり替えられていないか確認するが、それは渡されたときのままの、強大な力を持つ角だ。


「よし」


 しっかりとあることを確認すると再び袋の中にしまい、元通り身につけ直す。


 そんなことをしていたらいつもよりも遅い時間になってしまった。


 早く朝食を用意しないとノエラが起きてきてしまう。


 → → →


 朝食を用意して待っているが、いつまで経ってもノエラが起きてこない。


「今日はやけに遅いな」


 様子を見に、ノエラの部屋に行くと誰もいない。


「なんだと!?」


(俺が寝ている間に、一人で出掛けた、なんてことはない、な)


 ノエラが一人で朝の街に出掛けていく用事なんてないだろうし、出掛ければバルンが気づくはずだ。


 慌ててバルンが外に飛び出そうとすると声が聞こえてきた。


『僕が彼女の目を治してあげよう、場所はこの街のどこか、期限は3日間だ』


「なるほど、インクリスめ、やってくれたな」


 バルンは落ち着いて家を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る