魔王、惑わされる

8-1:バルンの懸念

「インクリスめ、何が狙いだ」


 バルンの目が覚めて最初の一言がこれだ。


 わざわざ夢に現れてまで、ロミロフを殺すことを推してくる。


 それほどにロミロフが邪魔なのだろうか。


 普通に考えれば、魔族にとって勇者ロミロフの存在は邪魔でしかない。


 自分以外はどうなっても構わないと考えている魔族でも、殆どの力のある魔族を倒したロミロフのことは邪魔だと思っているだろう。


 できれば自分で倒して己の力を誇示したいのだろうが、賢い魔族は己の力では魔王を倒した勇者を倒せないことはわかっている。


 故に、誰か他に倒せる者に倒しておいてほしいと考えるのは自然なことだ。


 しかし、インクリスのやり方はおかしい。


 力を与えてきたこともだが、奴はおそらく他に目的があってロミロフを殺してもらおうと考えている。


 それが何かはわからないが、厄介なことには違いない。


(いや、むしろそう考えさせてロミロフを殺させなくするのが狙いか? うーむ、わからん)


 どちらにせよ、今はインクリスの言うとおりにするのも癪にさわるし、ロミロフから角を取り返す方法も浮かばない。


(ロミロフも暫くは戻ってこないし、暫くは俺も休みだな)


 少し早いが、ノエラが起きてくる前に朝食の用意だけしてしまうことにした。


 → → →


「おはようノエラ」


「おはようバルン」


 いつも通りの朝だ、ノエラが起きて来る時間に合わせて朝食を作り、朝の挨拶をして共に朝食を食べる。


 ふと、バルンは思う。


(もし、ロミロフから角を取り戻したら俺は魔王バルクロムとして、城に戻るんだよ…………)


 ロミロフがあの日、言っていたことを思い出す。


『ノエラにはバルンがいれば大丈夫だ』


(俺がいなくなったらノエラは大丈夫ではなくなってしまうのか?)


 魔王としてこの街を離れた後のノエラの生活を考える。


(俺とで会う前の生活、あまりよく知らないが、日が落ちてから一人で買い物に出て、ほぼ一日中家の中で過ごす日々か)


「どうしたんですか? 何か、考え事でも?」


「いや、なんでもない」


(そこに、この笑顔のノエラはいないのだろうな)


 バルンの思考に何かが引っかかる。


(他人のことを考えるなんて、俺らしくないな)


「あ、そうだ」


「なんだ?」


 ノエラが何かを思い出したように声をあげた。


「前にロミロフから貰った首飾りあるじゃないですか」


「ああ、あるな」


「それの付け方を教えてもらえませんか? 実はあれから一度もつけれてないんですよ」


(そういえばあの首飾り、あれから一度も着けているところを見ていなかったな)


 ロミロフが以前、魔王城へ一人で行った際に物色した宝物庫。


 歴代魔王が人間から奪った様々な宝物が溜め込んであったのだが、ロミロフが持ってきた首飾りはノエラが普段使いできるような物ではなかった。


「ノエラ、あれは普段から着けるようなものではなくてだな」


 そこまで言ってバルンは考え直す。


(いつになるかわからないが、俺はいずれノエラの前から姿を消す、そうなる前に教えておくか)


「普段から着けるようなものではないが、つけ方ぐらい教えておいてやる、ロミロフが帰ってくるときにでも着けるんだな」


「ありがとうございます」


 お礼を言って、ノエラは首飾りを部屋から取ってきた。


「まずはこの金具だ、触って形を覚えろ」


 そうしてバルンは、手探りのノエラになんとかして首飾りの付け方を教えたのだった。


 → → →


「お、ノエラか、どうしたんだその首のそれ」


「これですか? いいでしょう、ロミロフがくれたんですよ」


「ほぉ、あいつがねぇ」


 昼が過ぎて買い物に来た。


 店主は何度もロミロフと直接会ったことで、最初は勇者と言いそうになっていたものがいつのまにやらあいつ扱いするようにまでなっていた。


 ノエラの首飾りは、せっかく自分で着けたのだからと、外そうとしなかったのでそのままだ。


「ありがとうございました、では、また来ますね」


「おうよ!」


 店主に挨拶をして店を出る。


 そこからはいつものように、人通りの少ない道を選んで散歩だ。


 二人でうろうろと歩いていると、向こうの方から見覚えのある二人組が歩いてくるのが見えた。


「お、そこのお嬢ちゃん、いいものを持っているねぇ」


 遠くてバルン達だと気づいていないのか、大声で話しかけてきながら近づいてくる。


 しかし、首飾りは見逃さない辺り欲が向くものに対しては目がいいのかもしれない。


「お兄さん達にちょっとみせてくれ、ませんか?」


 少し近づいてきたところで、バルンに気づいたのだろう。

 威勢のよかった声は徐々に小さくなり、最後には丁寧な言葉遣いになっていた。


「ほぉ、これが見たいのか」


「え、あーいえ、やっぱりいいです!」


 すぐさま謝って逃げようとした二人の肩を掴んで、逃がさないようにする。


「少し話を聞いてもいいか?」


 二人を見て、バルンは思い付いたことがあった。


「は、はい」


「いいですぅ」


 ビビりすぎて変な言葉遣いになっているが、二人は了承した。


 → → →


 場所は、よく三人で休んでいた喫茶店跡地。

 いつもの四人がけの席に座った。


「お前ら、この街で人目につかないところをよく歩いているだろう?」


「ええまぁ」

「そうですね」


「そこで、姿が不明瞭なやつ、見慣れない奴でもいい、見かけたことはないか?」


 バルンは二人を使って、街の中にインクリスが潜んでいないか探すことにした。


「姿が不明瞭って、どういう、」


「顔がはっきりしないとか、背格好もよく分からないとか、怪しいやつだ」


「つまり、旦那みたいな?」


 破落戸の片方がバルンを指す。


「まぁ、そうだな」


 端から見たら顔が印象に残らない程度の影しかかかっていないように見えるが、やはり正面に座って話をしていると、どの角度からでも顔が不明瞭になる程の影が常にかかっているというのは怪しく見えるのだろう。


「みてないですねぇ」

「俺も見てねぇ」


「そうか、ならいい。だが、そいつを見かけたら俺に教えろ、近づく必要はない」


「わかりやした!」

「では、そろそろこの辺で」


「ああ、行っていいぞ」


 そう言うと、二人は逃げていった。


 一応、見かけたら教えには来るだろう。


「まぁ、当てにはしていないんだけどな」


「帰りましょうか」


「そうだな」


 日も傾き始めていた。

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