7-5:旅立つロミロフ

 翌朝、ロミロフが宿の食堂で朝食をとっていると、宿の主人が手紙が届いていると持ってきた。


 手紙なんて珍しい、送りたい相手がいる街に向かう商人に預けるものだが、届かないことも多い。


 誰からだろう、そう思いながら開いてみると、それにはお礼の文章が綴られていた。


 手紙は、『本当に魔王を倒して魔族に襲われない世界を作ってくれたんだな、信じてよかった』

 から始まり、『俺達はあんたに救われた』で絞められていた。


 それは、かつて救われないと言っていた男達からの近況を知らせる手紙だった。


 ロミロフは、手紙を読んで泣いた。


「ああ、よかった…………、本当に俺は彼らを救うことができていたんだ…………」


 食堂でボロボロと涙を流す勇者に何事かと視線が集まるが、ロミロフは気にすることもなく、涙をながし続けた。


 → → → 


「おはよう、ロミロフって、どうした、目元が赤いぞ?」


「まぁ、ちょっとね」


「目元が赤い人は少し前に泣いたことがある人らしいですね。昔、父と母が話しているのを聞いたことがあります」


 ノエラが横から言う。今日はロミロフがいつもよりも来るのが少し遅かったため、既に起きていた。


「ほぉ、ロミロフ、泣いたのか、何があった?」


「ちょっと、古い知り合いから手紙がね。それより、これからどうする? 今、インクリスを探す手がかりって無いよね」


 ロミロフは嘘はつかず、話を逸らした。


「ああ、向こうから接触してこないことにはどうにもならんな」


「だよね、それで少し考えたんだ、前に、欠損した腕を復元した魔術師がいるって話しはしたよね、覚えてるかい?」


 以前、ノエラの目を治す当てがあると言っていたやつだ。


「ああ、聞いたな、そうか、なるほどな」


「わかったかい、さすがに察しがいい」


「どういうことです?」


 ノエラはわからなかったらしい。


「つまりな、人間の腕を生やしたりする魔術は、一見治しているように見えるが、その実、魔人を生む」


「そう、昨日出会った魔人もその魔術師に治療された人間かもしれない。それでだ、俺は彼に会いに行ってみようと思う」


「一人でか?」


「ああ、ノエラは連れていけないだろう、また少し長旅になる。

 流石に歩きじゃないけど 、快適な寝床は無いし、ずっとノエラがいないというのも、ノエラに良くしてくれている人達に悪いだろう?」


「なるほどな」


 特にいつも食事の材料を買う店の店主など、ノエラのために店の営業時間を延ばしていた程だ、バルンだけで行っていた時は少しどころではなく不機嫌だった。


「それに、ノエラにはバルンがいれば大丈夫だ」


「まぁ、そうだな?」


「そうですね」


 言った意味はわからなかったが、その通りではあったので、バルンもノエラも同意する。


「それで、今度はいつ頃出発するんだ?」


「2日後かな、流石に少し休みたい」


「まぁ、昨日までの4日ほど殆ど休まずに歩いていたからな、しかたないだろう」


「たぶん、20日ぐらいで戻ってこれると思うけど、戻れないときは手紙でも書くよ」


 ロミロフは、届かないかもしれないけどね、と付け加えた。


 → → →


 2日後、ロミロフは街を出た。


 目的地の方向へ向かう商隊の馬車に頼んで乗せて貰う、商人達はロミロフの顔を見てすぐに便乗することを許可した。


 万が一魔族に襲われたときに守ってもらえると思ったのだろう。


 その目論みは正しい、しかし、ロミロフは説明しなかった、ロミロフも忘れていた。


 ロミロフは魔王の角を持っていて、それを狙う魔族に襲われやすいということを。


 今まで居た街の周辺に居た魔族は自分達では敵わないということを理解していたが、他の地域にいた、魔王が人間に討たれたということしか知らない魔族は、魔王の角につられて商隊を襲った。


 その全てをロミロフは簡単に撃退し、馬車に乗せてもらった立場だと言うのに、謝礼金を貰ってしまった。


 7日程かけて、ロミロフは目的の街へたどり着いた。


「さて、彼は敵か味方か」


 どうなることやら、そう思いながらこの街を離れる時までにロミロフが現れなかったらあの街に向かう商隊に預けてくれと、馬車の中で用意したノエラとバルンへの手紙を商人達に預けて魔術師の住んでいるところへ向かう。


 → → →


 ロミロフが旅立ってから3日ほど経った日。


「やあ、久しぶりだね」


(インクリスか)


 バルンは夢の中でインクリスに出会った。


 夢といっても、インクリスが直接顔を出さないために見せているものだ。


 相変わらずインクリスの姿は不明瞭だが、前の時のよりもバルンの思考ははっきりしており、対話しやすい。


(何の用だ)


「怖いなぁ、そう睨まないでくださいよ」


(睨んではいない、答えろ)


「そうですね、今僕が現れた理由、それは、勇者から角を取り返さなくていいのか、ってことを思い出して貰うためです」


 丁寧なのか砕けているのか、曖昧な口調でインクリスは話す。


(…………取り戻すさ、いずれな)


「本当ですか? 今の、人間の振りをして、人間と、一緒に暮らしている、そんな生活に浸かって、そんなことはもう忘れちゃったのかと思ってましたよ」


(もう用は無いんだな? さっさと消えろ、次来るときは直接、顔を見せにこい)


「ではそうですね、そろそろ消えることにします」


(そういえば、720年前、始まりの魔人を封印したのはお前か?)


 そう問いかけるも、既にインクリスは文字通り、影も形もなかった。

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