魔王、城に戻る

5-1:闇に溶けた物

「やっぱりこの部屋が気になるなぁ」


 2日かけて、魔王城のほとんどの部屋を探索して戻ってきたのはあの開かない扉の前だ。


「どうにかして開かないかな」


 見たところ、錠前には鍵穴のようなものは無く、扉に力をかけてみても錠前はまったく揺れない。


 錠前自体は飾りか、何重にか施された封印の一つのようだ。


(魔王城に、封印?)


 ロミロフの思考はそこに行きついた。


 魔王がいて、他の者はその庇護下、逆らったり粗相をすれば殺される可能性もある。


 そんな魔王城に、封印された部屋がある。


 それは、大切なものを守っている部屋という雰囲気ではない。


(どちらかと言えば、何かを閉じ込めているような…………)


 ロミロフは背筋が寒くなるのを感じた、今ここで触れていい部屋ではない。


 恐らく、その時がいつか来るのかもわからないが、少なくともそれは今ではないことはわかる。


「触らない方がよさそうだな」


 魔王城の一通りの部屋を見て回って、宝物庫も見つけノエラへのお土産も用意できた、隠し部屋もいくつか見つけたし、魔王城の状況もわかった。


 ロミロフは一度、街に帰ることにした。


 ← ← ←


 封印された扉の内側、暗い闇の詰まった部屋の中にいるソレは、外にいる者の存在を感じ取っていた。


「…………」


 声は持たず、肉体も精神すらも闇に溶けたソレは扉が開く時を待ち続ける。


 → → →


(結局、何に気を付けた方がいいって言ってたのかはわからなかったな)


 帰りの森の中を歩きながら思う。


「いったい、インクリスは何に気をつけろって言ったんだろうな」


「ああ、あれを見なかったのかい?」


 インクリスの影だ。


「また来たのか、もしかして君の本体がいるのもこの辺なのかな?」


「さぁね」


 その声からは図星なのかそうでないのかは全く読み取れない。


「それで、あの扉は開けたかい?」


「扉? 何のことだ」


(あの扉と言ったら、あの封印されている扉以外にないだろうが)


「封印されている扉があっただろう? あれは開けていないのかい」


「ああ、大仰な錠前のついた扉か、あれがどうかしたのか?」


「いいや、開けていないというのならいいんだ、君なら開けるんじゃないかと思っただけさ」


 そう言って、影は森の暗がりに解けて消えた。


(魔王城にいたときのことは見えていなかった?)


 そうでもなければ、わざわざ話しかけてまであの扉のことなんて確認しないだろう。


 あの扉のことを聞いたらそれこそ、あの扉はとても特別なもので開けると、とんでもないことになりますよ、なんて言っているようなものだ。


 実際、ロミロフにはそう言っているように聞こえた。


(あの扉の向こうにはいったいなにがあるんだ)


 → → →


「やぁ、ノエラ。ただいま」


 ロミロフが帰ってきた。


「あ、帰ってきたんですか」


「帰ってきたみたいだな、どうだった魔王城は」


「ああ、結構話すことが多いんだ、まずお土産でも受け取ってくれ」


「なんですこれ」


 ロミロフは煌びやかな首飾りをノエラに渡したが、美しい装飾品も目の見えぬノエラにはどういうものかわからないらしい。


 そもそも、この街でそういったものを使って着飾っている人間などあまりいない。


 目が見えたら綺麗とは思うかもしれないが、何かはすぐにわからなかっただろう。


「ああ、そうか見えないとこれはわからないか」


 ロミロフもそれに気づく。


「それは首飾りだよ、あまりこの街では見かけないけれど、着飾るためのもさ」


「それはノエラにとても似合うと思うぞ、どれ、着けてやろう」


 バルンがノエラから首飾りを受け取り、ノエラに着けてやる。


「うむ、似合うぞ」


「ああ、持ってきてよかった」


(まぁ、この首飾りはもともと俺の物で、ロミロフには持ち出す許可を与えてやったのだがな)


 あの居酒屋でのことだ、と一緒に、宝物庫の扉を開ける許可を一緒に刻んでいた。


 当然、おまじないという方もちゃんと刻んではあるのだが。


「それで、魔王城はどうだった?」


「ああ、誰もいなかった」


「インクリスもか?」


「ああ、誰もな」


(やはりそうか、まぁ魔王城には魔王がいなければそこにいる意味がない、それこそ、新しい魔王がやってきた時に前の魔王の庇護下にいた者達が皆殺しにされたという前例もあるぐらいだ、誰もいるはずがない、いるとしたらインクリスぐらいだと思っていた)


「あとは蔵書室を見つけたけど、調べるのに時間がかかりそうだったから次の機会に」


 ロミロフから話を聞きながら、バルンはかつて自分が暮らしていた城のことを思い出す。


「あとは、厳重に封印された扉があった」


「封印された扉?」


 バルンも先日思い出したあの扉の向こうに居る者のことなんて知らないかのように聞き返す。


「ああ、でかい錠前がかかってて、何重にも魔術で閉じられていた」


「その扉は開けたのか?」


 開けたわけがない、開けていたら今こうしてロミロフが目の前にいるわけがないのだ。


「いや、封印の解き方なんてさっぱりだし、嫌な予感がしたからさ、触らずに帰ってきたよ」


「そうか」


 開けてなくても、変なことをして封印を緩められでもしたら大変だ。


(あの扉の向こうには先代魔王の残した最悪の遺物、最初の魔人が閉じ込められているのだからな)

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