勇者、忍び込む

4-1:勇者という存在

「俺はまた魔族の領域に行こうと思うんだけど、いいかい?」


 翌朝、ロミロフがやってきて、また魔族の領域に行くことを考えてると言ってきた。


「なぜ俺に聞く」


「俺がいない間バルンが大変だったみたいだったからね」


「俺は構わないさ、ノエラの機嫌さえ悪くならなければな。そして、そういうことは俺よりもノエラに言ってこい。」


「ああ、もちろんさ。別に今日今から出発するってわけじゃないしね」


「なんだ、そうなのか。お前のことだからすぐ出るのかと思ってた」


「流石に昨日あれだけ怒られてすぐにってことはないよ、そんなことをしたらもうここには戻ってこられない」


「ちがいない」


 そんな話をしていると、ノエラが起きてきた。


「ロミロフ、また魔族の領域に行くの?」


「ああ、聞こえてたのか。うん、明日の昼前に出るよ」


「そうですか、ちゃんと帰ってきてくださいね、何やら最近は変な魔族に絡まれているのでしょう?」


「そうだな、インクリスは何をしてくるかもわからん、準備も警戒も怠るなよ」


「気を付けるよ」


「それで、今度はどこら辺を探してみるんだ?」


「そうだなぁ、新しい魔王のことも気がかりだし、魔王城辺りでも目指してみようかな」


(魔王城か、待てよ、今は誰があの城にいるんだ?)


 魔王バルクロムが魔王城から逃げ出した今、城の主はいない、新しい魔王が決まるか、バルンが力を取り戻して城に戻らない限りは、誰もいないはずだが。


「そうだな、魔王城は確かに気になる、もしかしたらインクリスの本体も魔王城にいるかもしれない、いや、きっとそこにいるだろう。じっくりと調べて来てくれ」


「あ、ああ、もちろんそのつもりだが、どうした」


「いや、なんでもない。噂では魔王城の宝物庫には結構な宝があると聞く、もしインクリスにも新魔王にも遭遇しなかったら宝物庫の中身をもらってくるといいだろう」


「あはは、そりゃあいい、もらっておくことにしよう」


「お土産期待してますね」


「ああ、任せておけ」


 出発するのは明日だというのに、もうすぐにでも出発するような雰囲気になってしまった。


 → → →


「さて、俺の無事を願って、乾杯!」


「乾杯!」


「……乾杯」


 どういうわけか、ロミロフが魔族の領域に行くので今日は三人で外食することになった。


 場所は東通りにある、あまり繁盛していなさそうな居酒屋、他の客は一人もいない。


 ロミロフの行きつけの居酒屋でもあるらしい。


 バルン達魔族にはこういう出撃の前に無事を願うために集まって酒を飲みかわすという習慣はなく、ノエラはこういう席に縁がなかった。


 無事を願う音頭をロミロフ自身が取っているのもそのためだ。


「魔王城にはどのくらいかかるんだっけ?」


「だいたい片道2日ってところ、まぁ、魔族の妨害が無くての話だから、妨害されれば4日ぐらいかな」


「4日か、結構早いな」


 バルンがこの街に来たときは6日程かかった、魔族から狙われていたために、昼の間は身を隠し、夜にこっそりと進んでいたためだが、それを抜いてもロミロフは早い。


「それで、魔王城は2、3日ぐらい探索するつもりだから帰ってくるのは早くても6日後、遅くとも10日後ってところかな」


「10日が過ぎても帰ってこなければ?」


「ドジ踏んだとでも思っておいてくれ」


「それは困るな、以前にも言ったが、お前には無事とは言わんが帰ってきてもらわなければ困る、うむ、そうだな、をしてやろう、ちょっと背中を出せ」


「おまじない?」


「ああ、ちょっとまずいなって時にお前を護ってくれるおまじないだ」


 そう言って、バルンはロミロフの背中に手を当てて呪文を唱え始める。


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは光、それは闇、それは呪い、最後に名を、【まじないの紋】、現れよ」


 呪文が終わるとロミロフの背中に光と影の線によって複雑な紋様が浮かび上がって、スゥっと背中に吸い込まれていった。


「これでよし」


「何のまじないを刻んだんだ?」


 バルンの唱えた呪文はまじないの紋を刻むためのものであり、内容まではロミロフにはわからなかった。


「まじないではない、おまじないだ」


「どう、違うんだ」


「効果は気休め程度ってことだ」


「どんな効果がある?」


「知ると効果がなくなってしまうから内緒だ。これは護ってはくれるが過信はするなよ、お前の力でどうしようもなくなったときに、なんとかなる程度にしてくれる程度のものだ」


「ふぅん、それは頼もしい」


「まぁ、発動しないように願っている」


「そうだね、それがいい」


 そんな事をしてたらノエラが妙に赤い顔をして絡んできた。


「ロミロフばっかりずるいです、私もそれやってください」


 少しお酒を飲んで陽気になっているらしい、ロミロフにおまじないをしているのを聞いていてうらやましくなったようだ。


「な、ノエラお前酔ってるのか?」


「酔ってはいません、素面です」


「いや、素面ではないだろう」


 ノエラが飲んでいる飲み物はバルンやロミロフが飲んでいるものと同じ、酒だ。


「あー、わかったわかった、お前は酔っていない、それで、ノエラも背中におまじないをしてほしいのか?」


「そうです、私もそのおまじないってのをしてほしいです」


「そうはいってもな、なにを刻めばいいか」


 少し考える。


「そうだ、またお前のところにインクリスが来た時のための物を刻んでおこう、そら背中をこっちに向けろ」


「はいはーい」


「応えよ、素の力よ、――――」


 → → →


「ノエラ、大丈夫そうかい?」


「さあな、俺はこいつが酒を飲んでいるのは初めて見た、どれだけ飲めるものなのかは全く把握していない」


 酒場からの帰り道、ノエラはバルンの背中で気持ちよさそうに眠っている。


「たぶん明日は起きてこられないだろうね」


「見送りには出られないな」


「自分に見送られずに出発してって怒らないかな?」


「自業自得というものだ、それぐらいなら窘めるさ」


「そうか、じゃあ明日の見送りは君一人だね」


「勇者というものは、すべての人間の見送りと期待を受けて街を出る。そう思ってたが、ロミロフはそういうものでもないのだな」


「魔王を倒しに出た時はそうだったさ、大々的に喧伝していたからね。

 あの時は人々には希望が必要だったから、でも、今は知らない方がいいんだ。残っているのは魔族の残党、街の中にいれば兵士が護ってくれる。次第に街の外も安全になる、そういう希望を奪うわけにはいかない、だから今の俺は誰にも見送られることなく、ひっそりと街を出て戦うのさ」


「なるほどな、色々と考えているのだな」


「まぁね」


 人を魔族から護るだけではなく、人々が前を向いて生きて行けるようにする、勇者ロミロフとはそういうものなのだ。


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