3-4:ノエラの憤り

「おはようございます、バルン」


「ああ、おはようノエラ」


 翌朝、ノエラは普段よりも早く起きてきた。


 バルンは結局寝られなかったのだがノエラにさとられないように、普段通りに振舞う。


「機嫌は直ったか?」


「機嫌? ああ、もう怒っていませんよ、ロミロフは以前からそうでしたから」


「ほぉ」


「やると決めたらどんな危険なことでもお構いなし、人が心配しているとも思わずに行ってしまうんです。バルンと出会うちょっと前にも暫く来ないと思ったら『魔族の領域に行ってた』って後から聞かされたんですよ」


(俺のところに来た時か)


「どう思います? 後から聞かされたら心配することもできないんですよ」


「ああ、そういうところは良くないな、うむ、良くない」


 危険な場所に行って後から無事に帰ってきたことを申告することの何が良くないのかはバルンにはわからなかったが、とりあえず同意しておいた方が無難な気がした。


「そうでしょう、まったくロミロフときたら」


(長くなりそうだな、まったく怒りが治まっていないではないか)


 その後も暫くロミロフに対する愚痴は続き、またノエラは今日は外には出ないと言って自室に戻っていった。


(昨日のこともあるし、俺だけで出かけるわけにもいかんしな、さて、どうしたものか)


 幸い、昨日の夕食の材料がそのまま残っている。


 今日は買い出しに行く必要はないだろう、明日の朝の分だけ残しておく必要はあるだろうが。


(ロミロフ、早く帰ってこないだろうか)


 本来は敵対する関係であっても、今は相談するならロミロフしかいない。


 ノエラの機嫌の事ではない、インクリスのことだ。


(恐らく俺のところに現れたインクリスは本体ではない。

 奴は姿を晒さない、常に使い魔を用いて他と接している、本体はどこにいるかはわからないが、少なくともこの街の中にいるということはないだろう。

 探そうにも自由にも動けない、やはりロミロフが帰ってくるのを待つしかないか。

 まさか、よりにもよって見つかったのがインクリスだとはまったく、ついていない)


 もし見つかったのがインクリスでなく他の魔族であったならば、やりようはいくらでもあっただろう。


 バルンの方が力は弱いと言っても戦い方は知っているし、なによりも生き汚い。


 街の暮らしに慣れた今ならば逃げるぐらいのことはできる。


 そしてこの街に常駐している集団の兵士は手強い、並み大抵の魔族であればどうとでもなる。


 少なくとも今のバルンでは魔族だとバレた途端に囲まれて見事な連携によって殺されるだろう。


 もっとも、今のバルンは並みの魔族以下ではあるのだが。


 → → →


(妙だな)


 何かがおかしい、ロミロフはそう感じた。


 現在の居場所は魔族の領域に広がる森、日は濃く茂った木々に遮られ僅かにしか届かない。


 そして、ロミロフは暗き森の景色に不和を感じ取った。


 ロミロフには人間を超える能力があるわけではない、肉体的にも、もちろん超常の力があるわけでもない。


 人と違うところがあるとすれば、生い立ち、それに付随する考え方、技術。

 そして、武具。


 これらの要素がロミロフを勇者足らしめている。


 そしてもう一つ、勘が鋭い。


 鋭敏な感覚があるわけでもなく、なんとなく、それだけで今この空間の不和を感じ取った。


 空間を捻じ曲げ、一帯に侵入した人間を目的の場所とは異なる場所に不自然なく導く結界。


 それがこの空間の違和感の正体だ、通常はそれに気づくことなど不可能だが、ロミロフは勘だけでそれに気づいた。


 気付いてしまえば結界はロミロフに対して意味を成さない。

 意図をずらし、結界に自分が望む場所に案内させる。


 その程度のことはロミロフにとって容易だ。


「お前がさっきの森に結界を張っていた魔族か?」


 つまり、結界を張った魔族の元にたどり着くこともできる。


「お見事、流石勇者と言ったところですね」


 それは人の姿をした何か、認識を阻害する魔術をかけているのか姿をはっきりと見ることはできない。


「まぁね、慣れてるから」


 その朧げな存在に剣を向ける、あと一歩踏み込めば一息に両断できる。


「しかし、残念ながら僕はこの結界の核ではありますが、あなたの探している魔族ではありません」


「へぇ、俺の探している魔族を知っているのかい?」


「あなたが探している魔族の名はインクリス、僕はその影ですね」


「インクリスね。覚えておくよ」


 聞くことは聞いた、この辺りでいいだろうと、ロミロフは一歩踏み込んで剣を振るう。


 そうなることは予めわかっていたかのように、インクリスの影は闇に溶けて消えた。


「逃げられたか、まったく足が速い。いったん帰ろうかな」


 周囲に張られていた結界は既になく、道を惑わす物は既になかった。


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