3-3:微睡みの中で
うっつらうっつらと船を漕ぎ始めるバルンに話しかけてくる存在があった。
空いていた対面の席に座っている。
「やあ、久しぶりだね」
(誰だ?)
その声は、聞き覚えがないのにどこかで聞いたことのある話し方だった。
しかし、眠気に思考力を削られているバルンにはどこで聞いたのか思い出せない。
「君には今の暮らしは似合わない」
(放っておけ)
「そういうわけにもいかないのさ、君は僕たちの王、帰りを待っている者は多い」
(それは力があった時の話だ)
「そうでもないさ、君は求められている、さっさと勇者を殺して力を奪い返すといい」
(できるならばやっている)
「できないのかい?」
(そんな力はもうない)
「そうか、ならば僕が力を貸してあげよう、彼が帰ってくるまでには馴染むだろう」
(力を?)
「ああ、君は力さえあれば素晴らしい王だ、僕の力を預けてもいい」
(お前は、誰だ)
「僕は、インクリス、君の味方さ」
→ → →
バルンが目を覚ますと既に日は傾いていた。
(少し、夢を見ていた気がする。いや、夢だったか? 実際にそこに誰かがいた気がする)
対面の席には誰も座ってはいない。
眠気が抜け、だんだんとはっきりし始めた頭で今あったことを思い出す。
(確か最後に名乗っていたな、確か、インクリスと)
インクリス、それは蝙蝠の使い魔を送ってきていたあの魔族の名だ。
すぐにバルンも思い当たる。
(まさか、この街に潜んでいることがバレたか?)
いつバレたのか、街に侵入した魔族はすべてロミロフが処分したし、使い魔もバルンには接触していない。
(いや、それよりも気になることを言っていたな、力を預けるとか)
そこで、目の前の机の上に角が置いてあることに気付く。
バルン自身の物ではないが、かなりの力を持っている角だ。
「これは……」
インクリスはこれほどの力を持っていただろうか、かつての魔王バルクロムの力にも匹敵する程の力を感じる。
非常に怪しい。
インクリスといえば他者を騙し、操る事で力を得た魔族、それ以外にも他の魔族では手をださないような術に手をだし、正体が謎に包まれていることで有名な奴だ。
そんなインクリスがわざわざ名を出して力を貸す等と言ってきて信じる者がいるだろうか。
(信じられなくても良い、この接触に意味がある、そういうことだろうか)
おそらく、この角を使うとインクリスの利益になるのだろう、それこそバルクロムの力の全てがインクリスに奪われる、そんなようなことが起きるだろう。
(……さて、どうするか)
この角をここに放置することはできない、ロミロフがいない今、こんなところにこんな強い力を持つ角を置いていくのは不安過ぎる。
これがインクリスの厭らしいところで、どういうどういう選択をしようと取れる手段を限定される。
(処分はそのうち考えるか)
バルンは渋々、机の上に置かれている角を取り、持っていた袋に入れる。
時間も遅くなっているので、バルンは買い物だけして、帰ることにした。
→ → →
「ただいま」
家に帰ったがノエラが見当たらない。
「ノエラ?」
返事がない、嫌な予感がする。
インクリスは、今の暮らしは似合わないと言っていた、それは今のバルンの生活を知っているということ、ノエラの存在を知っているということ、ノエラを、邪魔だと思っていること。
(なぜ、俺はインクリスが動いていることを疑っていたのにノエラを一人にしたんだ)
魔族の襲撃が一段落したこと、魔族の狙いはロミロフなのだからロミロフが街から出たら魔族は街に来ないということ、自らが狙われる対象であるという感覚の鈍り、それらが合わさり生まれた油断。
その油断が致命的なものになった、そう後悔しながらも、ノエラの寝室の扉を開ける。
そこに、ノエラの姿を見つけてバルンは安堵した。
「なんだ、寝ていただけか」
ノエラは無事だったが、バルンの心配は過ぎたものではない、あったかもしれない事であり、これからあるかもしれない事だ。
その夜、バルンは城から逃げ出した日ぶりに眠れない夜を過ごした。
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