2-4:勇者ロミロフ

「おはよう、バルン」


「ああ、おはようロミロフ」


 朝、昨日と同じようにロミロフはノエラの家へと来た。


 ノエラも同じようにまだ起きてはいない。


 二人は軽く昨夜は何もなかったことを確認しあい、今日はどうするかの話し合いを始める。


「人気のないところをうろついていても、昨日のような破落戸に絡まれるだけだね」


「やはり、街の北の門辺りに腰を据えて待つのがいいんじゃないか?」


 街の北、そこは魔族の領域に面した門だ、そこを通る人間はほとんどいない。


 それが存在するのはそこへ魔族を誘導するためのものだ。


「ところでロミロフよ」


「なんだいバルン」


「ノエラに自分が勇者であるということを隠しているのはなぜだ、最初はただ名乗っていないだけかとも思ったが、昨日の様子を見るに意図的に隠しているのだろう?」


「ああ、それね、確かに俺はノエラに自分が勇者と呼ばれる存在だということを隠している、まぁつまらない理由さ、ノエラに言えるようになったときに一緒に理由も語るよ、今はそういうことだと理解しておいてくれ」


「ふぅん、名乗れない理由ねぇ、まぁいいだろう、俺にとっては隠しておいても意味はないが、言うことにも意味はない、言わずして何もないのであれば、言わなくてもいいだろう」


「助かるよ」


「礼はあの魔族の角でいいぞ」


「それはだめだ」


「そうか、ならばそのうち何らかの形で返してくればいい」


 ロミロフの返答からは、勇者を名乗らないことにこだわりはあっても執着している様子はない。

 何を置いても譲れないといったものではないようだ。


「そろそろノエラが起きるだろう、この話はやめにしようか」


「ああ、そうだな。朝食を用意してくる、ノエラが起きてからまた今日のことは話すことにしよう」


 一応バルンはロミロフも食べるかと聞いたがロミロフはいつも通りそれを断る。


 しばらくすると、ノエラが起きてきてバルンが用意した朝食を食べ、話に混ざってくる。


「それで、今日はどうするんです?」


「今日も、昨日と同じように散歩するか」


「やっぱり魔族の襲撃があったときに、他の人を巻き込まないのはあの辺だからね」


「昨日会った人たちは?」


「彼らは、もう近づいてこないよね」


「ああ、近付いてこないだろうな」


 彼らも、この二人に近づくと危険だということは昨日のことでよく理解しただろう。


「さて、そろそろ行こうか」


「そうですね、行きましょうか」


 昨日と同じような道順で歩き、昨日の路地裏の辺りまで来た。


「今日も魔族は来なかったな」


「来ても面倒なだけだし、来なくてもいいよ」


「いやぁ、来ないと暇だしな」


(魔族が来れば雑魚のとはいえ力を取り込めるからな、来てくれた方が助かるのだが)


「あっちから誰か来る」


 ノエラが曲がり角の向こうから何かが来ることを指摘する。


「魔族か」


「この足音は、昨日の二人」


「なんだ、また奴等か」


「まぁ、こっちを見たら逃げるだろう」


 魔族ではないことがわかり、力を抜く。


 そして、破落戸二人が曲がり角から姿を現し、こちらを見た。


「まて、何か様子がおかしい」


「何?」


 現れた破落戸は逃げる様子もなく、ロミロフに襲いかかってきた。


「なんだ!?」


 咄嗟にバルンはノエラを背に庇う。


「これは、寄生されてるな」


「魔族にか?」


「ああ、使い魔を入れられているようだ」


「つまり、操られているだけの人間ってことだろ、どうしたらいい?」


 ロミロフは攻撃を避けながら聞いてくる、剣は抜いていない。


「どうしたらも、宿主ごと斬ればいいだろう」


「操られているだけの人は斬りたくない、寄生している使い魔だけを潰したりはできないか」


「なるほどな」


(ロミロフは人間を斬ることはできないのか、思いがけない収穫だな)


「そういうことなら死なないように刺せ、お前の剣なら使い魔だけ殺せる」


「了解、ちょっと痛いがが恨むなよ」


 ロミロフは聖なる力を宿す剣を抜き、隙を見て破落戸を刺す。


 刺された破落戸は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「これ、本当に大丈夫なのか?」


「意識がないところを操られたんだ、操ってた奴が死ねば倒れるさ」


「本当だな? 死んだりしていないよな?」


「大丈夫、気絶しているだけだから、もう一人も刺してしまえ」


「仕方ないか」


 納得したのか、ロミロフはもう一人も刺して倒す。


「全く動かないけど、本当に死んでいないのか?」


「お前は気絶した人間を見たことがないのか?」


「ロミロフ、心配しすぎ、ちゃんと二人とも生きてるから」


 心音を聞いて生きていることを確認したノエラも疑うロミロフをたしなめる。


「まぁ、傷の治療ぐらいはしてやるか」


 そう言って呪文を唱え始める。


「さて、こいつらをどうする?」


「放っておけばいいんじゃない? 放っておいても死なないだろうし」


「いや、どこで使い魔を入れられたか確かめたい、起きるまで待とう」


「ああ、そうだね。すぐに起きるものなのかい?」


「いつ入れられたかにもよるが、1日経っていないはずだし、すぐに起きるだろう」


 その後、少しの間をおいてバルンが言った通りに破落戸の片方が目を覚ました。


「さて、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」


 ロミロフが詰め寄る。


「あ、あんたはゆ――」


「聞かれたことにだけ答えてもらおう」


 バルンが破落戸の口を抑えて言う。


「さて、質問に答えてもらおうか」


 破落戸は涙目で首を縦に振ろうとした。


 → → →


 破落戸から話を聞いて、もう一人も起きたのでさっさと追い払った。


「昨晩、大きな蝙蝠に襲われてそれ以降の記憶がない、か」


「一昨日の奴と同じ奴かな?」


「だろうな」


(インクリスめ、使い魔を人間に寄生させるなどと、相変わらず妙なやりかたをしているな)


 その後は特に魔族に襲われることもなく、買い物をして帰った。


「ちょっとバルン、いいかな」


 ノエラの家で別れるときにロミロフがバルンに声をかけてきた。


「ああ、どうした? ノエラは先に戻っててくれ」


 ノエラを先に家に入れて、二人きりになる。


「ちょっと聞きたいことがあってね」


「なんだ?」


「この剣のこと、どこで知った?」


「何のことだ」


「この剣が魔族にとって致命的だってことは、俺以外の誰も知らないことなんだ。

 もし知っているとしたら、それは、この剣を受けた魔族ぐらいだ」

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