2-3:使い魔と破落戸

「ん?」


 バルンが寝る前の片づけをしていると、先ほど張った結界に反応があった。


(この反応は小物、いや、使い魔か、夜の間に偵察に来た? この家を目指している、わけではなさそうだな)


 バルンは結界の反応から使い魔の動向を推測する、ロミロフの方を見に行く途中に偶然結界の範囲に入ったようだ。

 この家を目指さないのであれば、道を惑わす作用はしないため気づかれることはないだろう。


(しかし、使い魔を送ってくるとはよっぽど力を持て余している奴だろうか)


 この程度、今の力でも消すことは可能だが、こちらから干渉すると気づかれかねない。

 歯がゆいが、今のバルンにできることは隠れ潜み、魔族の使い魔をやり過ごすことぐらいだ。


(まぁ、ロミロフがどうせ気づいて一瞬で切り飛ばすだろう)


 結界の範囲から使い魔が去ったことを確認し、片付けが完璧であることも確認したバルンは自分の寝床へと潜り込む。


 → → →


「あの蝙蝠、やけにでかいな」


 ノエラの家を出たばかりのロミロフは夜の街を飛ぶ蝙蝠の中に、明らかに特異な個体が紛れ込んでいるのを見つける。


(魔族の使い魔にああいうのがいた気がする、どちらにせよ落としておいた方がいいな)


 そう考えたロミロフは道端に転がる小石を拾い上げ、投げる。


 鋭い音を立てて飛んだ小石は見事に大きな蝙蝠に命中し、それを落とす。


 ロミロフは落ちたそれを調べに近づく、まだ生きているようだったので剣で首を落としてから調べる。


 それは、蝙蝠のような形をしているが隼程の大きさがあり鋭い爪を持っていた、そして何より、大きな一つの目玉を持っていた。


(やっぱり魔族の使い魔だな、能力は『視る』だけか)


 形状から監視用の使い魔であることを推測し、最も重要な器官である大きな眼球を踏み潰した。


(まぁ、他にはもういないようだし、さっさと寝るか)


 ある程度空を見回し、他に怪しい物が存在しないことを確認して宿へ向かった。


 → → →


 翌朝、早速ロミロフがノエラの家に来た。


 ノエラは相変わらず寝ていたのでバルンが対応する。


「昨夜、魔族の使い魔らしき蝙蝠が飛んでいたよ」


「蝙蝠か」


(蝙蝠の使い魔を使う魔族は誰がいただろうか)


 使い魔の外見を聞いてそれを使う魔族を考える。


(そういえば、蝙蝠を使うやつが一人いたな、確か名前はインクリス)


「まぁ、気にしても仕方ないか。来たのを倒していくしかないしね」


(危ない、インクリスの名を言ってしまうところだった。流石にこれを言ってしまったらなぜ知っているのかと怪しまれていたことだろう)


「まぁ、そうだな。来たのを倒していくしかない、何かあるまではそれでいいだろう」


(今は、こうやって次々襲い来る魔族を倒し続けていた方が俺にとっては都合がいい、魔族の角を集め、それを使って力を取り戻していこう)


 そう、バルンはなにも慈善活動で魔族の死体の片付けを手伝っていたわけではない、魔族の角を回収するためだ。


 魔族の角は力の塊、上位の魔族の物を取り込めばその力が手に入る。


 当然、現状力を失っているバルクロムの力の回復にも使える。


 雑魚の角をいくら集めても最盛期には遠く及ばないが、いずれロミロフから自分の角を取り戻すぐらいの力は回復するだろう。


「おはようございます、二人とも早いですねぇ」


「ああ、ノエラおはよう」


「ああ、おはよう、もう少し早くに起きてほしいんだが、そうだ、ロミロフは朝食は食べたか? まだなら今からノエラの分を用意するから食べていくといい」


「俺はもう食べたよ、いいからノエラのを用意してきてやってくれ」


「そうか、じゃあ一旦話は中断だな」


 そう言って、バルンは朝食の用意を始める。


「何の話をしてたの?」


「ああ、これからどうしようかってね、まぁ、来たのを倒すしかないってことになったんだけど、それでいいよね?」


「それ以外にやれることがないのならそれでいいでしょう、そもそも、そこらへんに私が口を出すことないですし」


「まぁ、そうだけど一応ね、これからしばらくは人気のない道をうろうろすることになるだろうし」


「人気のない道を?」


「うむ、魔族と戦うのに人を巻き込まないようにする配慮だそうだ、別に他は俺が守ってやるというのに」


「守り切れないこともあるだろ?」


「まぁ、な。そういうわけだ、それを食べたら散歩だ、この家で戦う訳にもいかないしな」


「食後の軽い運動は健康にもいいしね」


「わかりました、早く食べちゃいますね」


「別にゆっくりでいいよ」


「ああ、慌てる必要はない、ゆっくり食べろ」


「そうですか?」


 そうして、ノエラの朝食を待ち三人そろって家を出る。


「どの辺りへ行こうか」


「街の端の方がいいんじゃないか」


「じゃあ、こっちですね」


 一番街の作りと、人気のない場所に詳しいノエラの案内で魔族が襲ってくるのを待つ。


 そんなこんなで、半日が過ぎた。


「来ないなぁ、魔族」


「ああ、来ないな」


 今いるのは空き家が多い地域の路地裏、バルクロムがこの街に来た時にうろついていた路地裏に近い場所だ。


「よく考えてみれば、毎日決まって魔族に襲われるものでもないんじゃないか?」


「まぁ、そうだろうな。魔族は気まぐれ、個の集まりであって統率されている集団じゃない、個人の枠を超えた戦略的な行動などできん」


「昨日の使い魔は?」


「昨日の魔族の結果を確認しに来ただけかもしれんな」


「はぁ、拍子抜けだなぁ」


「あ、誰か近づいてきてますよ、変な足音が」


 ノエラの耳が何者かが近づいてくる音を捉えた。


「お、魔族か?」


「この足音は、人間ですね、二人います」


 建物の影から顔を出したのは、バルンが見た覚えのある顔だった。


「お前らは」


「げぇっ、あんたは!」


 そう、あの二人だ。


 バルクロムが街に来て間もないときに、彼から強盗しようとして、逆に有り金をすべて奪われた、破落戸二人組だ。


「なんだ、知り合いか?」


「ああ、この街に来たばかりの時に彼らが宿代をくれたんだ、まぁ泊まることはできなかったんだが」


「って、そっちのあんたはゆ――」まで言ってロミロフに口を抑えられた、あっという間の早業だ。


「どうしたんです? ロミロフ」


「いやぁ、ちょっとね」


(やはり、ノエラに対しては勇者であるということを隠しているのか、なぜだ?)


「さて、ここら辺は危険だからさっさと帰った方がいい、いいね」


 ロミロフは破落戸二人に優しく言って、この場を離れるように促す。


 二人は頷いて逃げ出していった。


「結局半日歩いて破落戸二人、帰ろうか」


「そうだな」


「あ、帰りに夕食の買い物だけしていきましょうか」


「そうするか、ロミロフも食べていくか?」


「いや、今日は宿の方で飯が用意されているから、また今度の機会にね」


「そうか、残念だな」


 そうして、買い物だけ済ませてから、また明日の朝ノエラの家で話し合うことにしてバルン達とロミロフは別れた。

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