勇者、魔族と戦う

2-1:日常に差す影

「ねぇ聞いた?」

「知ってるわよ、魔族が街に入り込んだんでしょう?」

「そうよ、怖いわよねぇ」


 だいぶ二人での生活に慣れて、朝に起きられるようになったノエラと買い物に出ていたバルンの耳にそんな話が聞こえてきた。


「魔族が街に入り込んだらしいですね」


「ああ、そのようだな」


「どうしました? 焦っているようですけど、とっても強いバルンも魔族は怖いんですか」


「ああ、怖いよ、殺されかけたこともある」


 怖いのも本当だが、自分の存在がバレたのではないかと焦った。


「でも今は勇者様がこの街にいるでしょう? 侵入した魔族を退治してくださったんですって」

「あら、安心ねぇ」


(よかった、俺のことではないのだな)


「それにしても魔王が死んだというのに、魔族は街を襲うんですね」


「それはそうだろう、彼らは個の集まりだ、人間のように集団で生活しているわけではない、魔王というのも最も強い魔族に与えられる称号のようなもので、指揮を執っているわけではない。魔王が討たれたからと言って、魔族が人間への攻撃をやめることはないだろう」


(むしろ、この街への侵攻はあまりしないようにさせていた、この街に常駐している兵は練度が高い精鋭揃いだからな)


「詳しいんですね」


「ん、一時期研究していたからな」


 バルンはまた喋りすぎたと反省する。


「それにしても、最近は街への襲撃も減っていたんですけどね」


「何か襲われる理由があるんだろう、今は勇者が滞在していることもあるしな」


「勇者を狙ってこの街へ?」


「恐らくな、迷惑なことだ」


(目的が勇者ならばいいのだが、万が一俺がこの街に逃げ込んでいることがバレていて、俺を殺すことが目的だとしたら非常にまずいが)


「魔族が頻繁にこの街を襲うようならば、ロミロフと一緒にいる時間を増やした方がいいかもしれないな」


「ロミロフと?」


「ああ、あいつなら魔族相手にでも十分戦えるだろう。俺もある程度は戦えるが、魔族相手では分が悪い」


(勇者が目的でも俺が目的でも、一緒にいれば俺の方に来てもロミロフが処理してくれるだろうし、俺を目的として来ているとは誰も思わないだろう)


「そうですね、ロミロフをできるだけ利用、いえ頼るようにしましょうか」


「うむ、それがいいだろう」


(一緒にいる時間が増えればそれだけ信頼されやすくなるだろうし、角も取り返しやすくもなるだろう)


「早速ロミロフのところへ行ってみるか」


「そうですね、確かあの宿屋に部屋を取っているはずですよ」


「あの宿屋?」


「あそこですよ、ついてきてください」


 そう言われて、手を引かれてバルンはノエラについていく。


 そうしてたどり着いた場所は、あの宿屋、バルンが最初に泊まろうとしてお金がなく泊まれず、お金を用意してきても怪しまれて泊まれなかったあの宿屋だ。


「ここに泊まっていたのか」


(今になって思えば、ここに泊まることにならなくてよかったというべきか、同じ宿に泊まっていたら何がきっかけで正体がバレるかわかったものではない。適切に距離が取れて近い関係を持てる、ノエラに拾われてよかったのだ)


「さて、聞きに行きましょうか」


「まて、俺が話してくる。そこで待っててくれ」


「はぁ、いいですけど」


(うっかり、勇者であるなどと受付の口から漏れでもしたら、勇者の近くにいるのは逆に危険ではないのかと言われかねない)


 バルンは一人で宿へ入り、受付の親父に話しかける


「この宿にロミロフが泊まっていると聞いたのだが」


「誰が泊まっているか、というのは言えないことになっている」


「俺は彼の友人だ」


「友人だと自称してもダメなもんはだめだ、特にあんたみたいな怪しい奴には絶対にダメだ」


「そうか」


(どうするか、力ずくでとも一瞬思ったが、それは人間としてまずいだろう。話合いでなんとかしたいものだが)


 そう思案しているバルンの耳に、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、ノエラじゃないか。なんでここに?」

「ロミロフ、ちょうどよかった、ロミロフに用があってきたんですよ」


「ちょうど帰ってきたところだな、本人が一緒なら認めてやってもいい」


「そうだな、話をつけてくる」


「ああ、バルンも一緒か、どうしたんだい、俺に用事?」


 ロミロフは街に侵入した魔族を倒した後、見回りでもしていたのだろう、魔王バルクロムと戦った時の白銀の鎧を身に着け、腰には聖なる力を宿す剣を下げていた。


「ちょっとな」


「最近、魔族の街への襲撃が増えたでしょう? それで、できるだけ魔族と戦えるロミロフと一緒にいた方がいいとバルンが」


「俺と一緒に? いや、やめた方がいいんじゃないかな」


「なぜです?」


「俺はちょっと魔族に狙われやすくてね、沢山の魔族を狩ってるからだと思うんだけど、魔族との遭遇率が上がるだけだと思うよ」


「そうなんですか」


「うん、バルンも結構強いんだろ? ノエラを守ってやってくれよ」


「強いと言っても、そこらの人間には負けない程度だ、魔族には手も足も出ない」


「へぇ、そんなもんか」


「魔術用の上質な触媒があれば話は別なんだが」


 さらりと、ロミロフが常に携行しているであろう、魔王バルクロムの角を寄越せと仄めかしてみる。


「前にも言ったけど、これを渡すことはできないよ。俺には必要ないものだけど、魔族に奪われでもしたら大変なことになるものだからね、俺以外には任せることはできないからね」


「そうか、それは残念だ」そこまで言ったところで、あたりが突然暗くなった。


「二人とも、上から何か来る」


 音からそれを察したのであろうノエラが二人に忠告する。

 それを聞いた二人も上を、空から来るそれを見た。


「有翼の魔族だな、落ちてくる気か」


 空から落ちてくるものは、翼を持つ大きな鳥のような魔族、勇者ロミロフを狙ってか、魔王バルクロムを狙ってかはわからないが、三人が立っている場所を狙って落ちてきているようだ。


「迎撃する、バルン、ノエラを守ってくれ!」


「わかった、周囲の守りは任せろ」


 器用に建物の突起を掴んで登って、高いところで魔族を迎え撃つ気のようだ。


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは風、それは壁、それは盾、最後に名を、【吹きすさぶ防壁】、現れよ」


 バルンは風の力を使い、街を守る風の防壁を出現させる。


 この程度ならば、人間の高位魔術師でもできるし、片角を失っていても使える魔術だ。


 周辺で一番高い建物の屋根まで登り切ったロミロフは剣を抜き、構える。


 ある程度まで魔族が落ちてきたところで、ロミロフは跳んだ、常人では考えられない脚力で跳躍し、落ちてくる魔族の首を正確に捉えて一気に首を落とす。


 しかし、このままでは魔族の死体と一緒にロミロフは地面に激突してしまう。


 魔族はバルンの張っている防壁が受け止めるとしても、ロミロフが無事ではいられまい。


「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは風、それは羽、それは大地、最後に名を、【抱擁する大地】、現れよ」


 ロミロフの足元に柔らかい風で形作られた足場が出現し、柔らかく包み込む。


「ありがとう、助かったよ」


「お前は普段からこんな無茶なことをしているのか?」


 風の足場から建物の壁に移り、壁を伝って降りてきたロミロフにそう声をかける。


「そうだよ、着地はちゃんと考えてたけど、結構危ない方法だったからね、着地も考えなくて済むとなるとこれは楽でいいな」


「呆れて言葉もでんな」


 思い返せばロミロフは、バルクロムとの戦いでもその身に雷を受けて、倒れた振りをしていた、先に角を切り落としていなかったら間違いなくロミロフが先に死んでいただろう。


 ロミロフはそういう、一歩間違えれば死ぬような戦い方をすることが多々あるようだ。


「そうだ、さっきの話、普段から一緒に行動しようってのさ」


「それがどうした?」


「こんなに戦闘が楽になるのなら一緒に行動した方がいいかもしれない、バルンがいれば周りの人も守れるしさ」


「なるほどな、いいだろう、協力してやろう」


「私は?」


「たぶん、一緒にいた方が安全だよね?」


「魔族の中にも人質を取るといった卑劣な手を用いる奴もいるだろうし、できるだけ一緒にいた方がいいな」


「うん、自宅での守りはバルンだけでもなんとかなるから、街に出るときとか、バルンと離れるときとかは俺と一緒にいようか」


「少々納得がいきませんが、そうした方が良い気がしますね。うーん」


 こうして、三人は普段から行動を共にすることになった。

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