1-4:昼の街
「ではバルン、行きましょうか」
「ああ」
今から二人は昼の街へ出る、バルンが来てから4日経ったが、明るい内に外に出るのは初めてのことだ。
毎日毎日ノエラが寝坊し、結局夜、日が暮れてからの買い出しをノエラ一人で行っていたからだ。
バルンも護衛なのだからと一緒に行こうとしたら、夜は一人の方が動きやすいからと断られてしまい家の掃除をしていた。
そして今日はやっと日の高い内に家を出る用意が整ったのだ。
ノエラは夜ならば闇に溶けてしまうような暗い色の服、バルンも黒く頭まですっぽりと覆うローブを纏い陰で顔を覆っている。
黒い装束の二人組だ。
「明るい内に外に出るなんて久しぶりです、日中は外も暖かいですね」
「夜は結構冷えるからな、それでどこへ行くんだ?」
「とりあえず、普段お買い物しているお店を一通り回りましょうか」
「ああ、気をつけろよ。結構人が多いからな」
(しかし、この街はこれほどまでに人が多かっただろうか。6年前に我らと人間の争いが始まった時に殆どの人間は遠くへ逃げたと思っていたが、もしや俺が討たれたことで戻ってきた?)
祝勝気分では強い魔族が気まぐれに襲ってきた時に対応できるだろうかと心配になるバルン、彼が人間の街に潜むことにしたのもこの街に常駐している兵士の力を魔族の敵として信頼しているからだ。
(それにしてはあまり活気があるとは思えない、人間が多いだけだ。祝勝気分というわけでもないか)
「バルン、どこに行ったの? 置いていかないでよ」
「っと」
考え事をしていてノエラを見ていなかった。
彼女は眼が見えないと言う割には家ではまるで見えているかのように振舞っていた、夜の街でもだ。
足音から相手の位置がわかるらしいが、この人混みの中ではバルン個人の足音を判別するのは無理なのだろう。
「ノエラ、こっちだ」
「そっちね、行くまで動かないで」
「ああ分かった」
ノエラは道行く人に声をかけ避けてもらいながらこちらまで来た。
「こう人が多いとはぐれるな、そうだ手を繋いでおこう」
「手を?」
「ああ、そうすればはぐれることもないだろう、ほら」
そう言って、バルンはノエラの手を取る。
「ちょっと怖いですけど、はぐれないためには仕方ないですね」
「そもそも、俺では普段買い物をしている店というのを知らない。ノエラが先導してくれ」
「そうですね、こっちですこっち」
「人にぶつからないように気をつけろよ」
バルンはノエラに引っ張られながら歩いていく。
→ → →
「おや、ノエラじゃねーか、もうそんな時間か? 今日は一日が早いな!」
「まだお昼ですよ、今日からはお昼に来れるようになったので」
「来れるようになったのは今日からではないがな」
「彼に護衛を頼んだので、昼にも出歩けるんですよ」
「ほぉ、そいつは良かったじゃないか。しかしなぁ」
「何か問題でも?」
「俺はいつ店を閉めればいいんだ?」
店主があっはっはと大声で笑う、とっておきの冗談だったようだ。
もっともバルンもノエラも苦笑するだけだったが。
「ところで店主よ、やけに人が多いみたいだが何かあったのか?」
「人が多い? ああ魔王が死んでこの街にも少し活気が戻ってきたんだな、というかあんたもその手のじゃないのかい?」
「ん、ああそうだな、魔王が討たれたからこの街に来たんだったな」
嘘は言っていない。魔王が討たれたから魔王であるバルンは魔王城にいられなくなり、この街に潜むことにしたのだから。
「だよな、勇者様様だな」
「そうですね、儲かってるんでしょ?」
「まあな」
その後も魔王が討たれたのがどうの、帰ってきた勇者の凱旋パレードがどうだったのという話をして店を出た、ノエラは楽しそうに、バルンは張り付けた影の裏で嫌な顔をして話していた。
「バルンさんって、勇者の話をするときにものすごーく嫌そうに話すじゃないですか、どうしてですか?」
「そんなことはない」
「ほら、今だってそうです。すごい話しづらいことを言ってるみたいな声ですよ」
「そんなことはない」
「そうですか、なら聞かないことにしますね」
「ありがたい」
そろそろ、日も街を囲む壁の向こうに消えていく時間、人通りも少なくなってきていて手は繋いでいない。
ノエラが先を歩き、バルンは買ったものを持って周りを警戒しながらそれについていく。
(自分が魔王であると、いや、魔族であるとバレたならばどうなるだろうか、少なくとも人間の街には住めない、また森で木の洞で碌に寝られない生活に戻ることになるだろう、そうなってしまえば回復など無理な夢になってしまう、それは避けたい
やはり、魔族であるとバレる前に勇者ロミロフの持つ俺の角をなんとかして取り返し、力を取り戻すしかないか)
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