1-3:勇者現る
おおよそ太陽が空の一番高いところまで昇った頃、バルンが目を覚ました。
寝ている間にフードが脱げてしまったのか、左の角が露出している。
「もうこんな時間か、少し寝すぎてしまったな」
ここ最近は魔族からの襲撃を警戒してあまり眠れていなかったのもあって、数日ぶりに周囲を気にすることなく眠れたためか、普段よりも長く眠ってしまっていた。
「ノエラは、まだ寝てるのか」
(人間はもっと早い時間に起きて活動を始めるものだと思っていたが、違うのか)
起こさなければならない理由もないと、バルンはノエラを放っておいた。
遅い朝食を一人で摂り、これからどうするか考えてると扉をたたく音が。
(来客…………? どうする、そういえば、ノエラは盲目故に他者から狙われやすいという話をしていたな)
バルンは万が一にでも客人ではなく、強盗もしくはその類であることを想定し、先に確認しておくことにした。
「誰だ」
扉越しに質問を投げる。
「…………? あなたこそ誰です、ここはノエラさんの家のはずですが」
「俺はバルン、昨日より彼女に護衛として雇われ、この家に居候をさせてもらっている。それで、貴様は誰だ」
「護衛だと? 俺はロミロフという、彼女の友人だ、入れてもらおう」
(ロミロフ、だと……。いや、確かにこの声は……)
扉越しに答えられた名前は先日戦い、魔王バルクロムが敗れた、あの、勇者ロミロフの名だ。
声も扉越しでわかりづらいが、確かに知る勇者ロミロフのものだ。
「彼女に確認を取りに行く、少しそこで待っていろ」
落ち着いた声でバルンは言ったが、内心非常に焦っていた。
なんせ、彼は魔王を倒したものなのだ。それに魔王は死んだと思っているはず、そんな彼の前に魔王と同じ顔で、角がある自分、いや、魔王本人なのだが、が出て行ったら、間違いなく殺される。
フードをかぶり直し、小声で呪文を唱える。
「応えよ、素の力よ、汝に形を与える。それは光、それは闇、それは色、最後に名を、【影に覆われた顔】、現れよ」
呪文に応えるようにフードの中が不自然でなく、それでいて他者に顔がはっきりと認識されない程度に影に覆われる。
「ノエラ起きろ、お客さんだぞ」
「ふぇ、お客さん?」
寝室に入り、声をかけたら体を起こし一応反応はする、多少寝ぼけているようだが一つの質問には答えられそうだ。
「ロミロフと名乗っているが、本当に友人か?」
「ロミロフ、そうですねぇ、友達ですよ」
「わかった、招き入れておくから早く起きてくるんだぞ」
「はーい」
バルンは扉の前まで戻り、外にいるロミロフに声をかける。
「確認がとれた、入っていいぞ」
「ああ、ありがとう」
扉を開けてロミロフが入ってくる。
戦闘時の鎧は纏ってはいないがその姿は間違うことなき、勇者ロミロフだった。
「あれ、ノエラは?」
「まだ寝室だ、今起きたところでね」
「ふぅん」
ロミロフは訝し気にバルンを見る。
当たり前だ、友人の女性の家を尋ねたら知らない男、それも室内でフードを被り、顔も影に覆われて碌に見えないとあっては疑わない方がおかしい。
「バルン、と言ったかな。君はどこで彼女と知り合って、護衛なんて頼まれたんだい?」
「……事情があって住んでいた処を追われてな、この街に昨日やってきたのだが、泊まるところも金もなく困っていたところ、彼女に拾われたんだ。曰く、宿がない人がいて部屋が余ってるから、だそうだ」
「彼女らしいな、それで、なぜ君は顔を隠しているんだい?」
(まぁ、隠していることはバレるか)
「こちらも事情があってな、人に顔を見せるわけにはいかんのだ」
「それでノエラか」
「声をかけてきたのは彼女だが、話に乗った理由はそれが大きいな」
「あー、おはようございますロミロフさん」
「おはようと言ってももう、昼すぎだぞ。仕方ないとは言ってももう少し早い時間に起きた方が健康にもいい」
「そうはいってもどうしても夜は遅くなってしまうので、あ、でもこれからはバルンさんがいるのでちょっとぐらい早く寝られるかも?」
「まぁいいか、そういえば今日は面白い物を持ってきたんだ」
「面白いもの?」
「ああ、これだよ」
そう言ってロミロフが出したのは短く折れた角。
(あれは、俺の)
そう、魔王バルクロムの右の角だ。
「これだよ、と言われても見えないのですけど」
「ああ、ごめんごめん、これはねとある魔族の角なんだ」
「魔族の?」
「俺が魔族と戦っていることは知っているだろう? 最近戦った魔族の角なんだけど、膨大な魔力を持っているんだ、これを使えばノエラの眼もきっと見えるようになる」
「無理だ」
(おっと、口をはさんでしまった)
話をそばで聞いているだけだったバルンも自分の角を出され、それのできもしない使い方を語られては口も出したくなる。
「何?」
「そんなものを使っても眼は治らん、と言ったのだ」
「やってみなければわからないじゃないか」
「彼女の眼は既に死んでいる、体もそれを認めており彼女の体の一部ではなくなっている、そして、死んだ者は生き返らない」
「どういうことだ?」
「彼女の眼は最初から見えなかったのか、怪我で見えなくなったのかは知らんが、今の彼女は眼を一切使ってないし、意識も向いていない。眼が治っても使えるようにはならないし、なによりも体から切り離されて長いからな、既に死んでいる、死んでいる物を治癒魔法で治すことはできない」
「俺はかつて、魔族の角を用いた魔術で失くした腕を治した者を知っている、彼に頼めば眼くらい治すことできないはずがない」
「貴様はその、腕を治してもらった者とその後会ったか?」
「何?」
「その、治してもらった腕が今どうなっているのか知っているのか? と聞いたんだ」
「いや、彼はだいぶ前に魔族に殺された。どうなるんだ、魔族の角を使った治癒魔法で治した部位というのは」
「暫くすると人の物ではなくなる、腕の場合は魔族の腕、強靭な人を超えた力を出せるようにはなるが、精神が弱いとそれを乗っ取る。所謂魔人と呼ばれる存在になる」
魔人となった人間は、人間でも魔族でもなく、お互いにとって害になる。この世界に存在する全てへの敵となるのだ。
「魔人だと」
「その、魔術師というのも気を付けた方がいい、知ってか知らずか、どっちにしろまともな存在ではあるまい」
魔族でも魔人を作ろうとする者など皆無だ、人間でそれを行うなどと正気ではない。
「まぁ、欠損以外で死んでいない傷を治す程度であれば、大した問題はないがな」
「そうか、しかしあんたはなんでそんなにも詳しいんだ?」
「ん、ああ多少魔術の心得があってな、気にすることじゃない」
(しまった、少し語りすぎたな)
「そういうものか」
「ところでその角、譲っては貰えないだろうか?」
「何に使うんだ?」
「いや、魔術に使うんだが、だめか?」
「ダメだ、これは少々力が強すぎる、よくも知らない相手にやれるようなものじゃないよ」
「そうか、すまない」
(ダメか、あの角さえ取り返せばすぐにでも魔王として復活することができるのだが)
「さて、そろそろ帰ろうかね、ノエラも腹減っただろうし」
「そうですよ、起きたときに来るから朝ごはん食べられなかったじゃないですか」
「それはノエラがこんな時間まで寝ているのが悪いんだろう?」
「それはそうですけど」
「じゃあ、またね」
そういって、ロミロフは去っていった。
「ノエラ、あいつとどこでどうやって知り合ったんだ?」
「ロミロフですか? 彼は以前、夜に出歩いていたら声をかけられまして、逃げたんですけど翌日家まで押しかけられたんですよ。
街の人から困ってるって聞いたらしいんですけど、私自身はそれほど困っているわけでもなかったんですが、しつこく助けようとしてくるのでもう甘えようかなって思いまして、それからは友人としての付き合いをしています」
「ふぅん(知らないんだろうか、彼が魔王を討った勇者と呼ばれている存在だということは、いや、彼が意図的に隠している?)」
偶然にも、自分を倒した相手と友人関係にある者の家で生活することになってしまった魔王バルクロム、それは同時に、自らの力を取り戻すための足がかりを見つけることになった。
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