1-2:強かな宿主
「ふむ、これだけあれば2、3日は宿に泊まれるだろう」
人間の金を手に入れた彼は、先程は金がなくて泊まるのを断られた宿屋へ向かうことにした。
「金は持ってきたのに泊まれないとはどういうことだ?」
「金はあるから泊まらせてくれって言われてもなぁ、こんな時間に来られても泊まらせる部屋がないんだよね」
外は完全に闇に包まれている時間、こんな時間に外をうろついているのは見回りの憲兵か、先ほど絡んできた破落戸ぐらいであり、そんな者達は宿屋に来ない。
それだけでなく、彼は先ほどまで無一文だったということを宿屋の主人に知られている、そんな怪しい男を泊めるのを渋るのは当然のことであった。
「そうか」
宿屋の主人を力で屈服させて彼の寝床を奪おうかとも思ったが、魔族に狙われて人間に扮している今、そういった魔族的行動は慎むべきかと考え、やめる。
「ではいい夜を」
「ああ、いい夜を」
半ば追い出され気味に外に出た彼は、ため息を一つつき、一度は覚悟したことだと路地裏での野宿を検討する。
「あの、」
「ん?」
声をかけられてそちらに目を向けると、小柄な女性が立っていた、奇妙なことに目を閉じている。
「今、話を聞いてたんですけど、泊るところないんですか?」
「ん、ああ、まさか断られるとは思ってなかったんだがな、それで何の用だ」
「泊るところがないのならうちに来ます? というお話です」
「は? なぜだ?」
「なぜって、泊まるところがないんですよね? だったらうちに来ればいいじゃないですか」
「君が誘う理由がわからないから聞いてるのだが、君の家は宿屋なのか?」
「違いますけど」
「じゃあなぜ、俺を泊めるんだ?」
「宿がない人がいて私の家は部屋が余ってるから、ではダメでしょうか?」
「ダメじゃないが、怪しい」
(怪しいが、敵意は感じないし、強者でもない。魔族が化けている気配もない。
それにしても、善意だけで見ず知らずの他人を自宅に泊める意図が全くわからん。
とりあえず悪意は無いようだし、誘いに乗っても構わないか)
怪しく感じるのは彼が利己的な考え方を根底に持つ魔族だからではない。
人間の感性でも同じような提案をされたら疑うだろう。
魔族ほどではないが、人間もそれなりに利己的なものだ。
「もしかして、断る理由 がおありですか?」
「うーむ、(理由は納得できないが君が俺に対して宿を提供してくれるということならば)確かに断る理由は、無いな。
よしわかった、君の家に泊まることにしよう」
「わー、ありがとうございます 」
「なぜ君が礼を言うのだ、さっさと先導してくれ」
「はいはーい、じゃあはぐれないように付いてきてくださいね」
そう言うと彼女は目を閉じたままさっさと歩きだし、先導する。
彼もそれに続いて歩き出す。
「先程から気になっていたのだが、君はなぜ目を閉じているんだ? 閉じていても見えるような能力を持っているのか?」
「目ですか? 私の目は見えないんですよ」
「見えないのか?」
「はい、なので人が多い昼間よりも今みたいな人の少ない夜中の方が出歩きやすいんです」
「ほぉ?」
「目に頼らなければならない人には闇の中では絶対に捕まりませんからね」
「なるほどな、しかし多少生き辛そうだ」
「そうでもないですよ、行きつけのお店の人は優しいので、私が最後のお客さんとして行ってからお店を閉めるようにしてくれてますし。
道も覚えてますし、周囲の状況は音で大体わかりますから」
「ほぉ、器用なものだな」
(しかし、目が見えないのか。これは都合がいいかもしれないな。
常にフードを取らないのは怪しまれるが、目が見えないのであれば怪しまれることもないだろう、例え取っても角が見られないのであれば問題はない、か)
少し歩いたところで、彼女は足を止める。
「着きましたよ。ここが私のうちです」
「ここか? 結構立派な家だな、親と一緒に暮らしているのか?」
「いえ、両親は魔族との戦闘が激しくなった時期に、この街を離れました」
まるで見えているかのように鞄から鍵を取り出して鍵穴に差し込んで扉を開ける。
「なぜ君は一緒にいかなかったんだ」
「私はこの街でしか生きていけないんです、頭のなかに町の形が完全に入ってるこの街でしかね」
家の中は段差が少なく、物も少ない。
目の見えない彼女に配慮された作りになっていた。
「そうか、大変なのだな。
泊めてもらう恩もあることだし、やってほしいことがあればなんでも言ってくれ」
「あ、そうですか? では、昼間に出掛けるときの護衛をお願いしたいのですが」
慣れた手つきでお茶を淹れながら、間をおかずに答える。
「ああ、いいぞ」
(まさか、これが狙いだったのか?)
提案から一瞬の間を置くことなく、要望を挙げられたことから、彼女が彼を泊めた真の理由を推察する。
(だとしたら、見た目と違いそれなりに強かな性格のようだ。
いや、目も見えないのに一人でこの街に暮らしているし、それなりでもないのか )
「いやー、昼間に出歩くのが大変で困ってたんですよね、どうしても夜には行けないお店とかもありますし」
「そうだ、今さらだけど君の名前を教えてくれないか」
「ああ、私の名前ですか? ノエラです、あなたは?」
湯飲みを彼の前に置きながらノエラは答え、聞く。
「俺か、俺はバル……」
「ばる?」
「バルンだ、バルン」
(危なかった、バルクロムという名が人間の間でどれだけ知られているかはわからないが、一部の人間は確実に知っている。
ノエラが知っているとは思ってはいないが、知り合いが知っているという可能性はある)
「バルンさんですね、ではこれからよろしくお願いしますね」
「ああ、よろしくな」
バルンと、ノエラの共同生活が始まる。
→ → →
「ところで、気になっていたのだが」
「なんですか?」
「この家の中では変な音が聞こえるのだが、この街ではどこの家もそうなのか?」
「そんなわけないじゃないですか、バルンさんは冗談が上手なんですね」
「冗談ではないのだが、ではこの音はなんなんだ?」
「私の持っている小物はどれも小さな音を出し続けているんです、この湯呑も、あの棚にある器も」
「音で場所を判断しているのか」
「ええ、でもこの音はとても小さい音のはずですけど、聞こえるなんてすごいですね」
「ん、ああ多少耳も目も良いからな」
(普通の人間の感覚ではこの音は聞こえないのか)
「へぇ、目も耳もいいのですか。流石ですね」
「え、おお、だろう?」
「耳障りだというのなら、音を止めておいてもいいのですけど」
「いや、大丈夫だ。この音は君の生活に必要なものなのだろう? 泊めてもらうのにそれを奪うわけにはいかんよ」
「そうですか? 止めて全部の家事雑用をバルンさんに任せてもいいかなって思ったんですけど」
「…………音は止めなくてもいいが、家事は手伝わせてもらおう」
「バルンさんは優しいんですねぇ」
「優しくはない、最低限の恩は返すというだけだ」
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