3、アラジンと吉備団子

 「…それで、この辺りには桜の木がありましてね、それがきれいな薄桃色の花を咲かせるんですよ」

 「へぇ、桃色の花か!そりゃあちょっと見てみたいな」

 二人は木の下で大いに盛り上がっていた。相手が聞き上手で、話を引き出してくれるので、最初はためらいがちだった桃太郎の方もどんどん色々な話ができた。

 「春にはその花を見ながら、団子を食べたり酒を飲んだりする行事があるんです」

 昔はおじいさん、おばあさんと一緒に毎年花見をしたものだ。おばあさん手作りのお団子と、少しの酒。ささやかながら楽しい季節の行事だった。

 「酒のつまみに団子ってことか。やっぱりしょっぱいのか?」

 「いや、少なくとも家のやつは甘いですよ。つまみとして食べるものではない気がしますが」

 アラジンは、少し意外そうな顔をした。

 「甘い団子?想像できないな」

 団子とは大抵甘いものだと認識していた桃太郎の方は、むしろ想像できないということが想像できない。アラジンが住んでいる土地とは、だいぶ文化が違うらしい。と言っても桃太郎は村と家と鬼ヶ島しか知らないので、文化と言ってもこの辺りのことしか知らないのだが。


 「それって旨いのか?」

 アラジンは団子に興味を持っているようだった。そんなに珍しいのだろうか。

 「おいしいですよ。ほんのり甘くて、もちもちしていて、こう、例えるなら桜の

花びらの子供が風に乗って跳ねているような、そんな味です」

 アラジンは微妙な顔をして、絞り出すように言った。

 「えーーっと、なんだ、なんかロマンチックな味がするんだな」

 これ以上何か言うべきか、悩ましげに言葉を探すアラジン。日ごろのコミュニケーション不足をひしひしと感じる桃太郎。二人の間に沈黙が走る。

 言葉での情報伝達に限界を感じた桃太郎は、懐から自前の団子を取り出す。

 「これ、吉備団子っていう団子なんですが、良ければおひとつどうですか?」

 「えっ、いいの?」

 救いを得たりといった様子で、アラジンは礼を言いつつ団子を受け取った。口に含み、すぐに驚きの声を上げる。

 「旨い!初めて食べる味だけど、なかなかいけるな」

 想定以上の好感触に、気後れしつつも照れ笑いを浮かべる。

 「そう、ですか?」

 アラジンは笑ってうなずく。その笑顔は無邪気さと共に、どこか大人っぽさも感じさせるものだった。齢16の桃太郎よりも、もしかすると年上なのかもしれない。

 「この辺ではこの食べ物が普通に売ってるのか。お土産にしようかな」

 アラジンはそう呟いて、感心した様子で吉備団子をを見る。白く丸い団子はつややかで、アラジンの手の中で存在感を放っている。まるで何かの主役のようだ。そんなことをぼんやりと考えながら、桃太郎は口を開く。 

 「売っているお店もあったかもしれませんね。これは僕の手作りですが…」

 聞くや否や、ばっと振り向く。アラジンと桃太郎の目が合った。

 「これ、あんたが作ったの?」

 「え、ええ」

 アラジンが桃太郎の肩を掴む。ぐいっと互いの顔が近づく。よく見ると、アラジンの瞳の色は緑がかっていて、なんとも不思議な色合いに見えた。その目が、とても輝いていた。

 「凄いじゃん、こんな旨いの作れるなんて!売れるよこれ、うちの国なら大儲けだよ」

 その勢いに驚きながら、桃太郎はどこか居心地の悪さを感じた。うれしくないわけではない。でもこれは。

 「こんなの、贋作ですよ」


 桃太郎の表情が曇ったのを見て、アラジンは困った表情で反復する。

 「贋作…?」

 「吉備団子は、僕のおばあさんがよく作ってくれたんです。これは、それをまねて僕が作ったもの。だから、偽物なんです。本物はもっとおいしいですよ」

 そう言って、桃太郎は俯く。犬や猿や雉が仲間になってくれないのは、自分の団子が贋作だから。それはただ真似ただけの代物で。だから、これほど褒められるべきものではない。多分、アラジンというこの少年も、おばあさんの吉備団子を食べれば自分の団子など褒めないに違いない。

 「おばあさん、ね。でもこの団子の作り方、そのおばあさんに教えてもらったんじゃないのか」

 「そうですよ。材料も手順も同じですが」

 「でも、味に自信がない、と。十分旨いと思うけどな」

 アラジンは思案顔で、顎に手を当てながら言う。日の光を浴びた彼の衣装は、ちらちら光っている。遠方から来た旅人は、見た目も文化も違う。そして、きっと価値観も。


 「それさ、気分的な問題じゃないか」

 「気分、ですか」

 アラジンはうなずく。そして、明るい表情で笑う。

 「気の持ちようで食い物の味なんて結構変わるものだぞ。どんな豪華な食事だって緊張した空気の中で食ったら美味しくないし、粗末なもんでも気心の知れた仲間と酒でも酌み交わしながら食えば旨いし。あんたが自分の団子は偽物だって思い込んでるから、不味く感じるだけかもよ。なんなら家族とか友達に食べてもらえばいいんじゃねーの」

 アラジンは励ますようにそう言った。桃太郎はというと、アラジンが言った状況を思い浮かべて羨望と絶望の入り混じる感情を覚えた。

 「それは無理そうですね」

 「なんで?」

 「僕、どっちもいないので」

 「……」

 アラジンはそれ以上何も言わなかった。気まずい沈黙が二人を包む。かける言葉が見つからない様子のアラジンに、話を変えようと桃太郎が口を開きかけた時、近くで声がした。

「うわぁっ、誰か助けてーー!」

 それは子供の叫び声だった。



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桃のランプと豆の猫 流川あずは @annkomoti

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