第13話 むきゃー!

 

 真冬から秋穂さんのこと聞いたあと、俺たちの間にはしばらく会話はなかった。

 もう少し秋穂さんのことを知りたくて部屋の中を見る俺と、それを見守る真冬。なんともいえない空気が二人の間を流れていく。

 

 “大和谷蒼春以外どうでもいい”という言葉を聞いても、俺は驚かなかった。

 どうして? と一瞬だけ考えてすぐに答えにたどり着く。

 ――――どこぞの妹殿楓夏も似たようなことを口にしていたからだ。

 その時の俺は、驚きはしたが楓夏のことを“変”だと思っても“病気”とは思わなかった。

 こうして秋穂さんを知った今、楓夏と似た状況の秋穂さんを“病気”だとは決めつけられないでいる。

 真冬は秋穂さんを“病気”だと言っているが、どうしてそう思うようになったのか? 尊敬する完璧な姉だからこそ、姉の“変”な部分が際立って見えてしまうのか? それとも、まだ俺に話していないなんらかの事情があるのか? 

 ……わからん、なーんにもわからん。わからないからこそ、秋穂さんに聞くのが一番手っ取り早い。話を聞いて、それから考えても遅くはない。

 それは変化を望む真冬にとっても好都合だろうし、治すかどうかはともかく、真冬にとっても悪いことじゃないはずだ。


「一度秋穂さんと話してみるよ」

「……それはつまり、あたしに協力してくれるってことでいいの?」

「結果はどうなるかわからないけどな」


 これで一応だが秋穂さんの“病気”を治す手伝いをする、ということになった。

 ……ただ俺のすることが本当に“治す”行為なのかはわからないが。それを言えないのは少し心苦しい。だからこそ甘えた答えは絶対に選ばない、真剣に向き合って答えを出そう。

 


 なんとなく俺の中での方向が決まったところで、どっと疲れがでてきた。

 今日はもう帰るとするか。時間もいい感じだし、早く帰らないと楓夏に何を言われるかわからん。

 

「んじゃ帰りますか」

「……待って蒼春」


 けど、真冬は動こうとはしなかった。

 ベッドに座ったまま上目遣いで俺を見つめ、意を決した瞳で口を開く。


「手伝ってくれるなら利子をつけて返す、ってあたし言ったわよね」

「あー、そんなこと言ってたな」


 たしか昨日の夜だっけ? 俺は期待しないで待ってるって言ったけど早いのな。


「だから……あたしをあげる」

「ほわい?」

「あ、蒼春は姉様に迫られたら断れないかもしれないんでしょ。それって、溜まっているからよね? だから、その、あ、あたしが代わりに発散させてあげるわ。あんたにお礼もできるし、難題も解決できて一石二鳥でしょ?」

「……ん? んん?」


 真冬が何を言っているのか、ちょっと理解できなかった。

 数秒考えて、とんでもないことを口にしていることをやっと理解する


「頭大丈夫?」

「かわいそうな子を見る目で見るなー! むきゃー!」


 あ、なんだか久しぶりに「むきゃー!」って聞いた気がする。

 ここ最近、ずっと真面目な真冬ばかり相手にしていたせいでこの感覚をすっかり忘れていたぜ、てへぺぺろ♪

 ……って、今はそんな場合じゃないですよね!


「あたしは本気よ、本気だから」


 とまぁ、お馬鹿な雰囲気が一瞬流れたがそれもすぐに落ち着く。

 真冬は本気であることを証明するために勢いよくボタンを上から全部外し、肌と下着を露出させる。

 ……ただ、楓夏のときと違って、「健康的ですねー、おほほー」と思っちゃう余裕がある不思議。


「無理すんなって」

「してないわよ! ……何よ、胸がないと興奮できないわけ?」

「別にそういうわけじゃないぞ」

「じゃあどうして平気な顔してるのよ!?


 そりゃ貧乳でも興奮するに決まっているが、情欲をかき立てるには雰囲気が大事だと俺は思う。

 こうして色気も何もない状況で肌を露出させられても、いまいちピンとこない。

 むしろ、無理矢理すぎる状況に兄属性が発揮され、優しい笑顔で服を着せようとするまである。

 ――――……なんて、調子に乗っていたのがいけなかった。


「……ぐっ、こうなったら……」

「冷静になろうぜ真冬。いくらなんでもこんなことで大事な貞操をなくすのは――」

「これあげる」


 そう言って目に涙をためた真冬が俺に投げたのは一枚の布きれ。

 ほのかに温かいそれを受け取った俺は、それが何なのか理解し、石化したかのように固まってしまった。


「こ、これ……パンツじゃ……」

「今脱いだの」

「……え、えと、えと、えええっと、それはつまり」

「あ、ああああたし、今スカートの下何も穿いていないってこと! ちょっとは察しなさいよバカ-!」


 耳まで真っ赤にして叫ぶ真冬は、何も穿いていない違和感があるのか、内股をモジモジさせる。

 ちょっと可愛く見えるその仕草は、どうやっても穿いていない状態を意識させ、頭の中がふわっと浮いたような感触に襲われた。あ、まずいぞこれ、かなり興奮してきて……

 そんな俺の変化を見逃さなかった真冬はゆっくりと近づいて来て、固まっている俺の目の前で止まる。


「スカートの下……み、見たい?」


 全力で頷きかけたのを首の皮一枚の理性で耐える。

 半泣きの顔、恥らう表情、上目遣い。その最強コンボをスカートの裾を両手で押さえながら繰り出す、真冬の誘惑に耐えた俺はもっと褒められてもいいと思うの。


「返事してよ、な、泣くわよ」

「今、必死に耐えてるんだ、無茶を言うな……!」

「……あたしに興奮してくれているのよね。だったら、我慢しなくてもいいのよ? 蒼春が望むのなら、み、見せてあげるし、その先だって頑張る。もちろん、あんたの体質を考えて動くわ」


 真冬はスカートを抑えていた片方の手を離し、俺の手をぎゅっと握った。

 小さく悲鳴をあげる俺を見ても彼女は怯むことなく、言葉を続ける。


「だ、だから……あたしの味方でいてね」


 そう言って真冬が次のステップに移行しようとしたとき、タイミングのいいところで俺のスマホが騒がしく鳴りはじめる。

 ただスマホが鳴っているだけなら真冬は気にせずこのまま行為を続けたかもしれない。

 だが振動で落ちたスマホの画面に表示された、「秋穂さん」という文字を見て完全に固まってしまった。

 このまま無視するわけにもいかないのでスマホを拾い電話に出ると、陽気な秋穂さんの声が静かな部屋に響く。


『あ、ハルくんやっとでたー。ね、今暇だったりするかな?』

「えーっと、ちょっと出かけてまして……」


 何だこの緊張感。すごい冷や汗かいているぞ、別に悪いことしている訳でもないのに……!

 同じ気持ちなのか、目の前にいる真冬も顔を青くして冷や汗をかいている。

 と、とりあえず無難に対応すれば大丈夫のはずだ。


『そうなの? 残念、ハルくんと行きたい場所あったんだけどなぁ。まぁ、仕方ないよね』

「すみません」

『あ、だったら近いし今日の内に済ませとこ。私、一度篠戸瀬の家に帰って荷物まとめて持ってくるって楓花ちゃんに伝えてもらってもいいかな? 自分で言えばいいんだけど、番号聞き忘れちゃって』

「ぶーっ!!!」


 真冬のアホー! と叫びたくなるくらいの勢いで真冬が吹き出した。

 気持ちはわかるが耐えなきゃまずいって! って今の状況もかなりまずいんじゃ……!?


『近くに誰かいるの?』

「と、友達とお茶してまして、あははは。咽ちゃったみたいですね」

『ふーん、そのお友達って女の子? というか聞き覚えが……―――』

「おおーっと、急用を思い出したァ! 楓夏には伝えておきますので、また後で会いましょうね秋穂さん!」

『う、うん? また後でねハルくん』


 通話が切れ、緊張のあまり放心していたのも束の間、今の状態が非常に危ういと理解した俺たちは大慌てで行動を開始する。


「とりあえず出るぞ!」

「わ、わかってるわ!」

「ちょ、待て、その格好のままはマズイ。ボタン早く、早く!」

「せ、せせ急かさないで! あ、わわ、つ、つけられないよあおはるぅ~」


 緊張やら色々なことに押しつぶされそうになった真冬は半分幼児化してしまい、今にも泣きそうな顔で俺に助けを求めてきた。

 手が震えて外れたボタンをつけられない真冬の代わりに俺が付け直す。

 ああ、もう変なところでポンコツ発揮しやがって、可愛いなこのやろう!


「よし、これでいい。さっさと脱出するぞ」


 俺の言葉に何度も頷く真冬を連れて玄関へとダッシュ、靴を確保してそのまま出ようとしたが、


『じゃあまた今度ねー』


 ドアの向こう側から秋穂さんの声が聞こえてきたので踵を返す。

 も、もし真冬と二人で部屋にいたことがばれたらどうなる? 別に付き合っている訳じゃないから俺への被害はなさそうだが……連れ込んだ妹殿真冬は完全に終わるなぁ。

 それを理解している真冬はもう泣いていた。早い、諦めるの早いよ!


「ご、ごめんねあおはる……あ、あたしが色目使ったからぁ……あおはる刺されるよぉ」

「俺刺されるの!?」


 真冬の中の秋穂さんならやりかねないってことか? 本気でそう思っているならすげぇ怖いんだけど!?

 だが俺を甘く見ては困る。こと逃げることに関して言えば同年代でも俺ほどの奴はいないと以下略。

 ……とはいっても、俺一人ならともかく、ポンコツ状態の真冬を連れてじゃ二階に駆け上がって飛び降りるのは難しいか。

 となると残された手は一つ……――――


「…………」

「……ふー、ふー」


 ―――隠れて、タミングを見計らい逃げる。

 ちなみに悲鳴がでないように口を抑え、息を荒くしながらも必死に耐えているのは俺。

 ちょっと変質者にしか見えないけど仕方ないの! だって隠れる場所が悪い。


 リビングにある死角に無理やり二人を詰め込み、秋穂さんが二階に上がるのを待つ。

 真冬いわく秋穂さんは帰ってきたらまず自室に向かうらしい。

 上がった瞬間がチャンスで、抜き足、差し足、忍び足、こっそり玄関から脱出する計画だ。

 ただ隠れる場所が狭く俺と真冬が密着してしまうのが問題で、こちとら声を出さないようにと必死、そのうえ触れている時間が長くなってしまったせいか脂汗までてきてうごごご……!


 不可抗力とはいえ、胸元に抱きしめるように密着している真冬は耳まで真っ赤にし、借りてきた猫のように大人しかった。

 そんな真冬を見ているせいなんだろうか? 心臓が鳴ってとても煩い……どう考えても、ばれないか緊張してバクバクなっているだけですね、本当にありがとうございました!


「……ば、ばれない?」


 なんて心の中で自虐していると、真冬が蚊の鳴くような声で呟く。

 不安で今にもまた泣き出しそうな真冬を安心させようと、つい兄モードを発生させ頭を優しく撫でた。さらさらな黒髪が心地よく、ずっと撫でていたい気持ちになる。


「……えへへ」

 

 嬉しそうに微笑む真冬の顔が本当に秋穂さんそっくりなんだけど、また違う可愛らしさを見つけて、つい目を奪われた。

 追い詰められてキャラ変わりすぎですよ真冬ちゃん! とは思うが、これはこれで可愛いので、たまにはこのくらい大人しくなっても……

 ……あー、でもでもでもまずいまずい、調子に乗って触りすぎたぁ、気が遠くなってきたぞぉ、だらしないぞ俺ぇ……


「……っ」


 危なかったがタイミングよく(?)、バタンっと玄関が開く音が室内に鳴り響き、やってきた緊張で意識がはっきりと戻った。

 秋穂さんが帰ってきたことを察した俺は耳を澄ませタイミングを計る。

 

『ん? ハルくんの匂い?』


 う そ だ ろ !? 

 秋穂さんの呟きに絶望し、ざぁーっと全身で冷や汗をかくのがはっきりとわかるくらいに焦る気持ちが湧いてきた。


『……気のせいかな? うん、気のせい気のせい。ふふ、飢えてるなぁ私』


 けど秋穂さんはすぐに言葉を撤回し、二階に駆け上がっていた。

 それを確認しあと、ポンコツ化した真冬の手をひいて、こっそりと玄関へと向かう。


「…………」


 外に出るまで真冬は終始無言だった。

 そりゃ声を出されたらまずかったかもしれないが、それ以上に感情を落としてしまったかのような暗い顔をしていたといったほうが正しいか。

 どうしたのか? けっきょく、それを聞くタイミングは見つからなかった。



 無事に脱出したあとは二人とも何も喋らず駅へと向かってとぼとぼ歩く。

 何か言いたそうな顔していた真冬は何度か俺の顔を横目で見たあと、踏ん切りがついたのか大きく頷き、歩く足を止めた。


「あのね蒼春、あたし言わなきゃいけないことが――――ひゃぁ!?」


 そして何か大事なことを言おうとしていたようだが、突然吹いた突風に邪魔をされ中断。

 ……その、話もいいですけど、突風でめくられたスカートの中身を見てしまった俺からすれば、今すぐにでもコンビニ行くべきだと思います!

 

「タイミングの悪い風ね、もう。……どうして目を逸らすの?」

「あー、えっと、その、突風でスカート中見ちゃってさ」

「……っ、変態。……で、でも、目を逸らしてくれるってことは、ちゃんとあたしを女の子として見てくれるってことよね、パンツ見て――――……ん? パンツ?」


 あー、真冬のやつ気が付いちゃったかぁ。

 いやぁね、楓夏の薄着姿をよく目にする俺からすればパンツの一枚でここまで動揺するはずがないのよ、自分でも何言ってんだって思うけど。

 でも……流石にそれ以上のモノを目にしたら、ねぇ? たとえば、ノーパンとか。


「……み、見た?」


 もう何を言っても追撃にしかならないので黙って頷く。

 いやほらでもね、さっきは見せてくれるって言ってたから大丈夫じゃん、あはははー! って、声をかけられるわけがない。

 だって、迫る方にも雰囲気と勢いって奴が大事でして、それ以外の時は普通に恥ずかしいものだ。

 なので、こうなるのは必然。――――真冬は再び目に涙を溜めて、わなわなと震えだした。


「うわああああああん! もういやああー!!」


 そのあとのこともう語らない方が真冬のためだろう。

 ただ真冬を痴女にしないため、ノーパンダッシュする真冬アホの子を追いかけ回し本日の体力を使い切った俺は、もうちょっと褒められてもいいと思う、うん。

 


 


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ハーレム? 何それイジメ? 出井兎りんで @deitorinde

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