第12話 それが姉様

―――

 

“あたしは悪くない。そう、あたしは悪くない。

 諦めていたのに、もういいやって思っていたのに、あいつが勝手にきた。

 だからあたしはもう知らない。こうなったら一度痛い目にあえばいいのよ。

 あたしは…………悪くないんだから“


―――



 ぬいぐるみ専門店をあとにしたら怒涛の展開だった。

 物欲を満たしやる気に火がついた様子の真冬に急かされるようにして、ショッピングセンターの中を見てまわった。

 “姉様はあれが好き、こうしたら喜ぶ”いろんなことを、真冬のいろんな表情と共に知ることとなり、あまりに勢いがよかったせいで俺は情報過多でダウン。

 ベンチに座り込んで休憩タイム。真冬が飲み物を買って来てくれている間に息を落ちつかせ、ついでに騒がしい心臓も静かにさせる。

 ……真冬のやつ慣れて来たのか、表情はコロコロ変わるし、柔らかくなってくるものだから本当にデートしているような気分になってしまう。

 秋穂さんツアーをしているはずなのに楽しんでしまっているのがその証拠だ。こりゃいかん、と頬を叩いて意識を塗り替える。


「俺は遊びに来たわけじゃない。そう、遊んでいるわけじゃない」

「そうよ、遊んでいるわけじゃないわ。あくまで姉様を知るために、よね」


 気合を入れるために呟いた独り言に返ってきた返事。

 顔をあげると、そこには二人分の飲み物を手にした真冬が立っていた。

 集中していたせいかまるで気が付かず、今の独り言を聞かれたとなると思うと少し恥ずかしくなる。


「さんきゅ」


 お礼を言って真冬から飲み物を受け取り、お金を渡す。

 別にいいのに、って顔をされたが真冬は何も言わず受け取って、流れるようにして俺の隣に座った。

 ほんの少しだけ間に隙があるのは俺の体質のことを気にしてだろうが、なんとなく互いの心の距離だなと感じた俺は意外とロマンチストなのかもしれない。


「それで姉様のことを色々と知った感想は?」

「秋穂さんってけっこう可愛いらしい人なんだなーって思った」

「……具体的には?」

「少女趣味なところや、寂しがり屋なところ、とかいろいろね。誰かが一緒にいないと寂しくて死んでしまう兎みたいなイメージが湧いたぞ、なんて」

「…………」


 さ、流石に変なことを言い過ぎたか? 俺の言葉を聞いた真冬は難しい顔をしはじめた。姉様を好き放題言いやがって、なんて考えているのかもしれないな……

 でも俺は本当に思ったことを口にした。真冬が教えてくれた“秋穂さんのこと”は一人ですることや、できることが多く、繋がりに飢えているような気がしてならなかった。

 それが酷く悪化して今の秋穂さんになった……と思えば、ちょっと無理矢理な感じがしなくもないが、繋がらないわけでもない。


「あんたって、鈍い癖に鋭いわよね」

「……はい?」

「なんでもないわ。ま、当たらずといえども遠からずってところかしら」


 やっと口を開いた真冬は可笑しそうに笑う。

 鈍い癖に鋭いって意味わかんねーぞ? と思う俺をおいて、真冬はじーっと俺を見ていた。真っ直ぐな瞳で見つめられ続けると恥ずかしくなり、俺の方から目線を逸らす。


「俺の顔に何かついてるか?」

「何もないわよ。ただ、ちょっとね。……本当に物好き、って思っただけ」

「誰が?」

「……言わなくてもわかるでしょ」


 秋穂さんが? と俺が聞く前に真冬はベンチから立ち上がる。

 座っている俺を見る瞳がどことなく秋穂さんのように感じ、やっぱ姉妹だから似ているな、とつい思ってしまう。

 そういえば真冬だってこんなにも可愛いのに彼氏とかいる気配さえない。

 秋穂さんほどではないとしても、学園じゃ相当モテているはずだし、友人も多いだろう。

 なのにこうして時間を割いて……いや、友人や浮いた話を押してでも姉の問題を解決したいってところか。本当、筋金入りの姉思いだな。


「時間もいい感じね、それじゃ最後の場所行くわよ」

「りょーかい。で、最後はどこ?」

「あたしの家」


 ……え、マジですか? 

 デートの締めにどちらかの家にいってチョメチョメ的なあれをする、なんてこと考えてしまったのは、思春期男子なら仕方ないと言い張りたい今日この頃。

 いや、デートじゃないんだけどさ!




「何してんの?」

「い、いやぁ……本当に入っていいものかなって思ってしまいまして」

「いいに決まってるでしょ。両親いないし、遠慮する必要ないわ」

「はははは……」


 この場合はむしろ両親がいないことが大問題でして、なんてこと言えるわけもなく、恐る恐る篠戸瀬家の敷地に足を踏み入れる。

 案内され篠戸瀬家は大和谷家から電車を乗り継いで20分ほどの距離にあり、来ようと思えば行ける距離だ。それなのにここ数年会うことがなかったのは親父が何かしていたとすぐに予想がつく。

 俺が意を決して玄関を乗り越えたころ、真冬は既に家の奥に行ってしまいポツンと取り残されてしまった。

 なんともいえない孤独感に苛まされ、おろおろしていると何やら準備を終えた様子の真冬が俺を迎えにきて、


「こっちよ」

「お、おう」


 秋穂さんの部屋の前に案内してくれた。

 すぐには入らず、小さな声で「ごめんなさい姉様」と謝る姿が真冬らしい。

 一方の俺は、楓夏いもうと以外の異性の部屋に入るのはじめてな俺は緊張していた。

 ど、どんな部屋なんだろう? わくわく! なんて陽気な考えは真冬の真剣な言葉に打ち消される。


「今から姉様の部屋に入るけどモノに触ったらぶっ飛ばすから」

「大丈夫だからそんな警戒するなって」

「あともう一つ言っておくことがあるわ。……あんまり驚かないでね」

 

 ……驚くって何を? 


 部屋の中はわりと普通で、いかにも“女の人の部屋”といった感じだった。

 並べられている可愛らしい小物、真冬が言っていた大きなぬいぐるみ、それはいい、それは。――――ただ、机の上を見て真冬が言っていた意味を理解する。


「この写真……俺か」

「そ。叔父様が定期的に送ってくれる写真を姉様はとても大事に飾っているの。それこそ何よりも大切な宝物みたいにね」


 秋穂さんの机の上には所狭しと色んな柄の写真立てが置かれていた。飾られている写真には全部俺が写っている。いや、むしろ俺の写真しかそこにはなかった。

 友人はおろか家族の写真さえない。この空間だけは大和谷蒼春で作られていてできていて、まるでここが彼女の聖域のように感じさせるほど大切にされている。

 机の左下、角に一枚のメモが張られていて、そこには“触らないで”と書かれていた。

 

「姉様って部屋に人を入れたがらないの。友達が遊びに来ても案内するのは客間なのよ。だってここは姉様にとって蒼春あんたと繋がれる、唯一の場所だから。……あたしも勝手に入るのは正直気が引けたわ、でも蒼春には知って欲しかったの」

 

 真冬は言いながらベッドに座り込む。

 平淡な声のまま語る口を止めない。


「友人はおろか、家族にさえ本当の笑顔は見せない。偶像であり、誰にも愛される人だけど、その想いはずっと、ずーっと同じ人のことばかりを考えていて、」


 そして鋭い視線で俺を射抜き、秋穂さんツアーを締めくくる一言を口にした。


「――――大和谷蒼春以外はどうでもいい、本気でそう思っている。それが姉様、篠戸瀬秋穂って人よ」


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