第11話 あたしに白は似合わない
昼飯を食べていなかった俺たちは、とりあえず食欲を満たすため目についたものを注文し、きた料理を口にする。
料理の感想を時おり漏らす程度でこれといった会話のない静かな雰囲気。
険悪というほどでもないがお世辞にも居心地がいいとはいえず、相手はどう思っているのだろうかと気になっては真冬の顔を何度もチラ見する。
「…………」
その真冬といえば何か考え事をしているようで仏頂面のままだ。
真冬は機械的に料理を口に運び、咀嚼してはまた運ぶ。
何度も何度も繰り返して、料理が半分以下になったところで何かを決めたかのように大きく頷き、見ていた俺と目があった。
「あたしの顔に何かついてる?」
「いや、別に」
「そ」
「帰るか?」
一応、秋穂さんが普段どんな感じなのか知ることはできたし、最低限の目的は果たしただろう。
このままの雰囲気だと互いに疲れるだけだ、そう思い提案したが真冬はすぐに首を振った。
「帰らないわ、まだ予定終わっていないもの」
「それならいいけど、次はどうする?」
「……姉様がよく行く場所に行きましょう。趣味とか好みとか、あんたが知ったら何か見えてくるかもしれないし」
「いいけど、秋穂さんのこととなると本当にいろいろ知ってるな。流石はシスコン」
「…………当然でしょ、あたしは姉様のことが大好きなのよ。好きなものくらい知ってるに決まってるわ」
真冬は言い終わると残っていた料理を素早く食べ終えると席を立った。合わせて俺も立ち上がる。
ただ気のせいだろうか、どこか真冬が不機嫌な気がした。
……まぁシスコンな
一人進む真冬について行った先は駅から徒歩数分の場所にある、大型ショッピングセンター。その中にある、ぬいぐるみ専門店に辿り着いた。
コンビニほどの店内には豊富な種類のぬいぐるみたちが所狭しと並べられていて、見ている分だけでもけっこう面白い。
「意外と高いのな」
大型のぬいぐるみの値札を見て思わず口にしてしまった。もちろんのことだがサイズによって値段は変わる。
しかしぬいぐるみという可愛らしい玩具が高いイメージはなかったので、諭吉数枚の値札を見て少し驚かされた。
「大きいモノはそれなりにね。あんたもぬいぐるみだからって甘く見たら、財布が大打撃を受けるから気をつけなさいよ」
「肝に銘じておく」
楓夏にでも「大きなぬいぐるみを買ってください!」なんて頼まれたら、値段を知らない俺はほいほい了承していただろう。
で、値段を見て買えないとわかった日には代わりのものを求められて……おお、怖い怖い。
「秋穂さんぬいぐるみ好きなんだな、イメージに……合うのか、な? んー」
目を閉じて想像してみるが、いまいちピンとこない。
いや絵にはなるんだけど、いかんせん変人のイメージが強すぎてちょっとなぁ。
「姉様の部屋には大きいぬいるぐみが置いてあるわ。いつも抱き枕にしてるしね」
「あーそっちのイメージは余裕でわいた」
なんか擦りつけてそう、とか考えちゃった下ネタ思考な俺はちょっとくたばってください。
“ぬいぐるみが好き”ということから何か思いつくことがあるか、つぶらな瞳でこっちを見るぬいぐるみと睨めっこをしながら考えて見たがこれといったものは浮かばなかった。
しいていうのであれば、寂しがり屋なのかな、ってところか。でも普段から人に囲まれているような人だけど……やっぱ寂しかったりするのかな、
「……俺のことで? いやぁ、口に出すと自意識過剰すぎて恥ずかしい」
「なんのことか知らないけど、一人でぶつぶつ言っている方が恥ずかしいわよ」
と、口ではツンツンなことを言っている真冬はといえば、目線はぬいぐるみの方ばかり向いていて、俺とは違いぬいぐるみ自体に興味津々といったところ。
あっちこっち、ぬいぐるみや値札を忙しなく見て回り、何か悩んでいる様子。
「欲しいものでもあるのか?」
「……うん。欲しいのが二つあって、どっちか片方を買おうと思っているのだけど決められないの。――――あ、そうだ、蒼春、あんたが決めて」
「え、俺?」
「そ、あたしじゃいつまで決められそうにないし。そんな難しく考えないでいいわ、なんとなく気に入ったほうでいいから」
そう言って真冬が俺に差し出したのは手のひらに収まる大きさのクマのぬいぐるみで、色違いの白か茶色かで悩んでいるようだ。
どうして俺? とは思いつつも、少しだけ悩んだがすぐに決まった。我ながら単純な理由ではあるけど。
「白」
「理由は? って、あたしがなんとなくでいいって言ったわね、ごめんなさい、今の忘れて―――」
「“真冬”だから白。それに真っ直ぐな真冬には白が似合ってると思ったんだ」
「……」
理由を聞いた真冬は白い方のぬいぐるみをじっと見たあと、小さく微笑み、なぜか白い方を商品棚に戻した。
「茶色にするわ」
「俺に選ばせた意味は!?」
「なんとなくよ、なんとなくね。あんたに従うと思ったら反抗したくなったの、身体が勝手に動いたのよ。……ま、それにちょっと考えればあたしに白は似合わないし、うん」
「そうか? 俺は似合うと……ってもう行きやがった。本当によくわからん奴だなぁ」
べーっと、舌を出して笑う真冬は茶色いぬいぐるみを大事そうに抱え、レジに向かった。
――――その時、一瞬だけ白い方を見て寂しそうな顔をしたのを見てしまった。いや、見つけてしまったといいますか。
値段は……うん、手持ちで買えるな。
俺が買う理由はないけど……でも、男としては見栄を張りたいというか、ちょっとカッコつけたいとでもいうか、
「あんな寂しい顔されたら買っちゃうのが兄属性の悲しい定めだよねぇ」
なんて言い訳がましく独り言をいっているが、単に可愛い子相手にいい顔をしたいだけだ。
そうと決めれば後は早い。会計を済ませた真冬と入れ替わりでレジに並び、白いぬいぐるみを購入した。
「あんたも何か買ったの?」
「ほれ、やるよ」
「やるって何を……っ、どうして?」
買ったぬいぐるみを渡してやると、真冬は目を丸くして驚いた様子で俺を見た。
思った以上のリアクションにこっちも驚いたが、その反応を見るに本当に欲しかったのだろう。
そこまで欲しいなら二つとも買えばよかったのに、なんていうのは学生の財布事情的に酷な話。
真冬は受け取ったぬいぐるみを一度ぎゅっと握ったあと、我に返って何も言わず俺に押し返そうとするが俺は受け取りを拒否する。
「受け取れないわ」
「買っておいてなんだが俺はいらん」
「楓夏にでもあげたらいいじゃない」
「他の
「…………仕方ないわね」
少しだけ言い合って真冬は観念したかのようにぬいぐるみを胸元に引き寄せ抱きしめる。
大事そうに、もう離さないようにと抱きしめる様子を目にして「よかったな、ぬいぐるみくん」と思わず呟きそうになった。
「それはかわいそうだから、あたしが連れて帰るわ。……もうあたしのモノだから、誰がなんと言おうと、あんたが返してって言っても渡さないわよ」
「言わないから安心してもらっておけって」
「そ。…………ありがと」
お礼をいうと真冬は背を向けて顔を見せてくれなかった。
どんな顔していたのか、ほんの少しだけ気になったが、わざわざ隠す乙女の表情を気にするのは無粋というものだろう。
だから特に追言することもなく、顔を見ようともせず先に店から出て真冬が出てくるのを待つ。
「男が女にプレゼントをやる、か」
今さらだけど、俺がやったことはデートの行動そのもので、思い出しては我ながら恥ずかしいなと、思わず苦笑いしてしまった。
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