秋に桜は咲きません

第10話 デートのようなデートじゃない何か

 

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 ふと思い出す。

 そういえば生まれてこの方、楓夏いもうと以外の異性と二人っきりで出かけたことなんてなかったな、と。

 というか、これってデートだよね? あれ、すげぇデートっぽいよね!?

 真冬と何気なく約束したけど、あいつも姉のためとはいえ中々に大胆なことをしやがるな……と、待ち合わせの場所に向かいつつ、今さら実感する。

 ま、デートと意識してしまったのはどうせ俺だけ、ってオチなんでしょ? そう思い、待ち合わせの場所に辿り着いて、


「大丈夫よね? へ、変じゃないわよね? うう、どうしよう緊張してきた……あわ、あうわわ」


 俺以上に意識して緊張のあまり、同じところをぐるぐる回り続けている真冬アホの子を見つけたところからスタート。



 二人で出かける。たったそれだけのことなのに、俺にとってはちょっとしたイベントだった。

 同じタイミングで家を出たら絶対に怪しまれる、ということで別々に出かけることにしたのだが――……すんなり行けた真冬と違い、ちょっと愛されすぎな兄はお約束のように捕まる。


「あれ、学園はお休みなのにどちらに行かれるのですか兄様?」


 こっそり出かけようとしても、楓夏いもうとが見逃すわけがない。

 秋穂さんは残った用事を片付けなきゃいけないと、朝一で出かけたが専業主婦が如く家にいる楓夏の目にはとまる。

 下手なことを口にしようなら一緒に行くと言うだろうし、だからといって本当のことを話すのもなぁ……


「ああ、篠戸瀬秋穂のことで真冬さんと出かけるのですね」

 

 しかし俺が心配したのを余所に楓夏は一人で納得し、俺を行かせてくれた。


「あまり遅くはならないでくださいね」


 予想にもしていなかったあっさりすぎる展開に驚き、つい目をパチクリさせてしまう

 でもちょっと考えれば納得できることだ。楓夏は自分のことよりも俺を優先してくれる、だから俺が秋穂さんのために何かするのなら邪魔するわけが――――。


「ま、後で真冬さんに復讐しますけど」


 ――……すまんな真冬! 大丈夫なのは俺だけらしい。南無南無。


 

 という感じで今に至る。

 緊張で顔を赤くしている真冬の可愛い顔が、今日の夜には恐怖で真っ青になるのに同情しつつも、いつまでもグルグル回させてばかりじゃいられない。


「待った? って定番のように聞くべきかこの場合?」

「べ、べべべ別に待ってないわよ? それに、て、定番ってなんの定番よ? デートの定番? やっぱりこれデートよね!? ね?」

「まぁ、傍から見る分には。というか落ち着け、俺も緊張していたはずなのにお前を見ると妙に冷静になったぞ」

「だ、だって、あたし男の人とでかけるのさえ、はじめてなのよ?」


 落ち着かない様子で色々と暴露しちゃう真冬のことを可愛いなこいつ、と思いつつも話が進まないので無理矢理連行する。

 今回はデートっぽく見えても主目的は秋穂さんについて知ることだ。早くしないと何もせずに終わってしまう。


「とりあえず行くぞ」

「……あ、う、うん」


 そう思い強引に手を握って歩くと真冬は借りてきた猫のように大人しくなった。

 耳まで真っ赤にし俯く姿が昨日までの彼女とのギャップを感じて、俺まで恥ずかしくなったが、それも束の間。


「……よし!」


 真冬は掛け声と共に空いている手で自分の頬を軽く叩き、気合いを入れ直す。

 すると俺が知っている、真っ直ぐな瞳をした明るい女の子に戻っていた。

 しおらしくて可愛い女の子もいいけど、真冬はこっちの方が似合おうよな、と思いつつ、


「さーさっくと行くわよー!」


 元気いっぱい、迷いなく俺を引っ張る真冬の歩幅に合せて進むことにした。




「自分が通う学園以外の学び舎ところに来ると緊張するよな」

「気持ちはわかるわ。でも、一般の人も普通に入れるから安心しなさい」


 真冬に案内してもらい、辿り着いたのは秋穂さんが通う大学。

 普段、制服をきて学園生活を送る俺たちとは違う雰囲気の構内に呑まれつつも、目的の人物を探してうろつく。

 広い敷地内だからちょっと無理あるよな、と思っていたのだが真冬いわく「すぐわかる」らしく……確かにすぐわかった。

 

「いたわ。ちょっと隠れるわよ」

「お、おう」


 真冬に引っ張られる形で物陰に隠れる俺たち。そのすぐあと、こちらにやってきた集団の中に秋穂さんがいた。

 ……ってか、なんか凄い人数に囲まれてませんか?


「ねぇ明日なんだけど秋穂予定空いていたりしないかな? どうしても連れてきて欲しいって、先方にお願いされてるんだよね~」

「ごめんね、しばらくは無理かな。私、今は大事な時期なんだ」

「うう……現ミスコン覇者が来ないっていったら、あの野郎共なんて言うか」


 友人と思われる人たちに囲まれて話す秋穂さんは、家にいる時とはちょっとだけ違う雰囲気をしている。

 高嶺の花、とでもいうのだろうか、変態要素は塵芥もなく、真冬が言っていた“誰もが焦がれる偶像”としての秋穂さんがそこいた。

 周りの視線が秋穂さんに集まっているのも気のせいではない。秋穂さんを囲むのは友人グループだけではなく、


「えー、篠戸瀬の来ないの~? 何で忙しいかわかんないけどさ、そんなに大事なやつ?」


 秋穂さんに何とか近づこうとする異性もたくさんいた。彼らから秋穂さんを守るようにして両サイドを固めている友人と思われる人たちはまるで護衛のようだ。

 そして、その中心人物たるお姫様秋穂さんは、


「とても大事なことだよ」


 近寄る隙さえ見せずに斬り捨てる。

 秋穂さんのまるで脈の無い反応は、声をかけた男たちの心を折り、周りの友人たちも容赦ない対応に苦笑いを浮かべていた。


「相変わらず容赦ないわね。ちょっとくらいサービスでいい顔しても罰当たらないわよ?」

「ぜーったい嫌。私のサービスはもうあげる人決まってるの」

「……え、今何気に爆弾発言聞いたんだけど!? ちょ、なに、あんたついに彼氏できたの? 詳しく話聞かせなさいよー!!」

「えー」

「えー、じゃないわよ! 可愛くな……いや、可愛いけど、長年あんたの干からびた恋愛事情を見てきたあたしにはそれを知る権利があるの! キリキリ吐けー!」


 秋穂さんの発言で周囲の盛り上りはヒートアップし、揉みくちゃになってわけがわからない状況になってきた。

 これ以上はここにいても仕方ないので一旦、場所を移して真冬から話を聞く。


「見たでしょ、これが外の姉様よ。

 その美貌に誰もが焦がれ、圧倒的人気で本人が望んでもいないのにミスコン覇者。性格もよしで人付き合いもよく、友人が多いにも関わらず、どんな男に言い寄られても一刀両断しちゃうせいで浮いた話が全くない。だからこそ上へ上へと押し上げられてしまっている偶像。

――――それが私の自慢の姉で、あんたが変態って呼んでいる人よ。自分がどれだけ凄い人を袖にしているかわかったでしょ、この贅沢者め」



 秋穂さんの発言で盛り上った一団は、中心にいたもっとも親しそうな友人の指示で解散、秋穂さんはとくに仲の良さそうな数人と共に大学構内にあるカフェへ移動した。

 しかしそれで素直に全員が解散するはずもなく、話の内容を聞きたがっている面々もこそこそカフェに民族大移動。

 それに紛れて俺と真冬も潜り込んだのはいいが……――そこではじまった秋穂さんの話が俺にとっては拷問に等しいものだった。



 帰りたい。

 やだもうお家帰りたい。


『ねぇ秋穂、そのハルくんってどんな子なの?』

『それを私に語らせちゃう? 一日潰せちゃうよ!』

『うわー、めんどくさそうだからやめとくわ。でも秋穂に彼氏ねぇ……すごくカッコいい人なんでしょ? 芸能人も裸足で逃げ出すくらい? 実は有名な人だったりするの?』

『ううん、普通の人だよ。でも私にとってはカッコいい、それはもうカッコいい、えへへ』

『重症ねこりゃ、このこの~! 今度あたしにも紹介しなさいよー?』


「ぷぷ、上がるは上がる、ハードルがどーんどん上がる~、ぷぷぷ」

「もうお家帰る……」


 冗談抜きで帰りてえええええ……!!

 ちょっと離れた位置にも関わらず聞こえてくる話の内容があまりにも恥ずかしく、羞恥のあまりテーブルに頭をぶつける俺と状況を楽しんで煽りに煽る真冬。本当に勘弁して欲しい今日この頃。


 秋穂さんが嬉しそうに、俺こと“ハルくん”を盛りに盛って語るものだから、それはそれはもう周囲の“ハルくん”とやらへの期待度は跳ね上がる。

 それを聞かされる本人はたまったもんじゃない。穴があったら入りたいってレベルではなく、いっそのこと埋めて掘り起こさないで欲しいほどだ。

 ……まぁ秋穂さんは盛っているつもりなんてないのだろう。ちゃんと聞けばわりと普通(?)のことを言っているだけだが、秋穂さんという偶像が褒めると周りには違うように聞こえてしまうらしい。


「篠戸瀬に彼氏かぁ……ちょっと彼氏見つけてボコっ……祝ってこようぜ!」

「お、人数集めちゃう?」


 はーい、そこの爽やかスマイルお兄さん方は共通の敵を見つけたノリで盛り上るのやめようねー、さっそく人数集まるのもやめようねー、勢いでサークル発足するのとか本当にやめようねー!

 もうお顔真っ青だよ、腹痛くなってきた……真冬の奴は笑い過ぎてお腹痛くしているようだね、うん、あとで覚えておけよ。


『そういえば勘違いしているみたいだけど、ハルくんは“彼氏”じゃないよ。私の片思い』


 なんて俺が周囲や真冬に意識を向けていたら、秋穂さんは爆弾をもう一つ放り投げた。

 え、マジ? と周りが凍りついたように固まり、少しして火が点いたように再び大きくざわつく。


『ごほっごほっ、む、咽た……ま、まぁ今まで枯れてた秋穂なら片思いのままってのもありえるわね。

“どう告白していいか分からない!”みたいな感じでしょ? でも安心しなさい、あたしがついてるし、それにあんたなら余裕よ、余裕。なんなら、さっそくアタックして―――』

『半裸で迫っても駄目だったよ』

『そいつホモよ、間違いなくホモだわ』


「そうなの?」

「んなわけあるか!」


 もう頭痛い。ぷぷぷ、と笑う真冬を放置して頭を抱える。

 爽やかスマイルのお兄さん方なんて「見つけたら何か奢ってやるか」「俺、いい男知ってるぜ」とか言って、妙に雰囲気優しくなっているんですけど!? あと男紹介されても困ります!


『ハルくんノーマルだよ。胸の谷間チラチラ見てくるし、あれ大きくしてたし』

『えー、じゃあ何よ、他に好きな子いるとか? いや、それでもあんたに迫られたら、いても関係なさそうだけどね』

『どーだろ、ハルくん真面目だし、真っ直ぐだし。……そっか、考えてなかった。好きな子他にいるのかなぁ』

『…………』


 ちょっと空気がしんみりし始めた。

 周りもそれに影響され静かになり、グラスに入った氷が溶ける傾く音だけが響く。

 

『よし奪え』

『……え?』


 だけど、そんなしんみりした空気は一言で一蹴される。

 とんでも発言を耳にした秋穂さんは目を丸くし、びっくりしているが友人さんは勢いを増して語る。


『恋は戦争よ、横恋慕上等! あたし、最低なこと言ってるかもしれないけど、そんなの知らないわ。知らない奴の肩を持つより、あたしは無条件で秋穂の味方になる。だって、やっとあんたが好きな人教えてくれたのよ? やる気出るってもんだわー!』


 一人が立ち上がると他の友人たちも立ち上がり、空気がひっくり返る。

 雰囲気の一転攻勢、気が付けば「嬉恥ずかし恋バナ大会」ではなくなり、秋穂さんのために友人たちが一致団結する状況になっていた。


「…………」

「……すげぇな女の友情」

「普通はあんなにならないわよ。あれは姉様が凄いの、ああして誰だって味方につけちゃうほどに姉様は周りから愛されているのよ」


 力強い団結力に圧倒されていた俺とは違い、真冬は少し苦い顔をして見る。

 その理由がなんとなくわかって、俺も素直に賛美できなくなってしまった。

 



 大学を後にして、適当なファミレスに入った俺たちは緊張から解放され、ぐったりと席に座り込む。

 メニュー表を見る俺たちの間に会話はない。多分、二人揃って先ほどのことを考えているんだろう。

 秋穂さんの病気を治す……――――とはいったものの、具体的な方法はわからない。

 とりあえず今は真冬が教えてくれる、“よくわかる秋穂さんツアー”についていき、俺は秋穂さんがどんな人かもっと知らなければならない。

 だけど、さっそくわかったことでもうお腹いっぱいになりかけていた。

 秋穂さんはたくさんの人に愛され、いろんな人たちが彼女の味方である。

 秋穂さんのためにと行動している俺たちだけど、事と次第によっては秋穂さんの望まないことをする可能性がないとは言い切れない。

 つまり、最悪あれを全部敵にまわすことだってありえる。

 といってもそれは最悪の事態だ、あんまり考えないでいいだろう。それよりも当面の問題としては――――


「ねぇ蒼春、あんた姉様と友人連合軍の総攻撃にあっても陥落しない自信あるの?」

「正直ない」

「そうよねぇ~……でも受け入れたら駄目よ、ぜーったい駄目だから」


 やっと口を開いてくれた真冬が丁寧に説明してくれた。

 これが最大の問題。今でさえかなり危ういのに、百戦錬磨女子大生軍団のバックアップの下、本人戦力最大級の美女が今までにない猛攻をしかけてくる可能性がある。

 俺はそれを耐え、回避しながら解決策を模索していかなければならないのだ。ちょっと無理ゲー極まってるよね!?


「ちなみにどこまでならセーフ?」

「キスでアウト」

「セーフゾーン狭くない!?」

「何言ってんのよ! き、キスだって凄く難易度高いんだから狭くないわ!」


 キスシーンを想像したのか、顔を真っ赤にした真冬を前にして頭が冷静になる。

 篠戸瀬姉と違って、篠戸瀬妹は初心ですね、ほっほっほー。なーんて余裕をかましている状況ではない。

 確かにキスもアウトかも……? 秋穂さんもキスしたことないって言ってたし、キスってやっぱ大事なことだし、されたら止まれそうにないし……

 考えれば考えるほど無理に思えてくる。


「はぁ……」

「ため息つくと幸せが逃げるわよ? ……はぁ」

「お前もな」


 この敗戦ムード、一体どうすればいいんでしょうねぇ……


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