第9話 拝啓クソ親父殿
「……何してんの?」
「見てわからないの?」
簀巻きの状態で俺の部屋に放置されている真冬をみつけて頭を抱える。
見てわかるわけないじゃん、と言うのは無粋だろうか……?
「別に助けてもいいのよ? 助けてあげられてもいいのよ?」
「そうかじゃあ、おやすみ」
「助けて下さいお願いしますーっ!」
もはや定番と化した即堕ち二コマ芸。
芋虫のようにぴょんぴょん、くねくね動いているのを見て踏みつけたくなるのを我慢し解放してやる。
「助かった……―――1つ言いたいことがあるの、いいかしら」
「いいけど」
「あの妹、鬼畜でしょ悪魔でしょ!?」
何をされたのかは知らないが、やられた出来事を思い出して震えはじめた真冬。
楓夏の奴、キレると容赦しないもんなぁ。
「何をされたかは知らんが怒らせた方が悪い。……でも、まぁどんまい。で、どうして俺の部屋に放置されたんだ? 楓夏の奴が意味もなく置いていくはずないだろうし」
むしろ『兄様の部屋に近づいたら刺します』とか言いそうだ。
聞きたくないことを聞かれた様子の真冬は不自然に目を逸らし、わざとらしく音の出ない口笛をし始めた。悪戯を誤魔化す子供ですね、わかります。
「そうか、話す気がないのなら楓夏に直接聞いてくる」
「うわああ、ま、待ちなさい! 早まっちゃ駄目よ、あたしが死ぬわ!」
「あばばばばば、い、行かない、行かないから抱きつくのやめい!」
よっぽど楓夏が怖いのか、行かせまいと後ろから抱きつかれ思わず変な声が出た。
呼吸を落ちつけ、ゆっくりと振り返ると罰が悪そうな顔をした真冬が何かを言いたそうに口をパクパクさせていた。
「……え、えっと、その、さ、さっきは酷い言い方して悪かったわね。あたしも姉様のことばかり考えていたせいで最低なこと口にしていたわ」
やっと言えた、と一息をついた真冬。恥ずかしそうに顔を赤くしている姿からは今までの刺々しいもの感じない。
多分、『兄様に謝罪しないとデストロイ』とでも言われたんだろう。でも、真冬の性格上、他の人の前じゃ謝れないのを考慮して俺の部屋に放置していたのかもしれない。
「別にあの程度、俺は気にしていなから平気だよ。それよりも真冬こそ楓夏にボコボコにされたみたいだけど大丈夫か?」
「物理的には何もされてないから平気よ。……せ、せせせせ精神面は聞かないで、死にたくなるから」
「お、おう」
ここまで怯えられるとむしろ気になるが、それはパンドラの箱っぽいので触れないでおこう。世の中知らない方がいいこともあるのです。
「まぁ、ちょっと……? いえ、かなり、ありえないほど、鬼、悪魔、人でなし! ってくらいやられたけど、それ以上に楓夏様には感謝しているわ」
うん、今ナチュラルに“楓夏様”って口にしたのは追言しないでおこう。
「感謝って新しい性癖を開発してくれたこと?」
「違うわよ! もう、ちょっとは真面目に話させなさいよ。ったく……こっほん、あたしはあんたにどうしても言わなくちゃいけないことがあったの。それを言うための機会をわざわざ用意してくれたことよ」
「どうしても言わなくちゃいけないこと?」
「ええ。絶対、姉様に知られないようにね」
そう言って腕を組みながら喋る真冬の瞳はとても真っ直ぐだった。
歪み淀み一つない真剣な声色が彼女の真剣さを現している。
「姉様の病気を治す手伝いをして欲しいの」
「それはさっきも聞いたぞ」
「ええ、言ったわ。でも言い方が悪かったからもう一回言わせて。
――――壊れている姉様の治し方を私と一緒に探して欲しいの。あんたしか、大和谷蒼春にしか姉様は振り向いてくれない、だからお願い」
真冬は口にした。
それは俺にとっても衝撃的でどう答えていいかわからないお願いだった。
真冬はそんな俺の心を見越したのか、それとも何の打算もなくそれ口にしたのかはわからない。
「明日一日あたしに付き合って。まずは姉様のこと教えてあげる。……最初から無理は言わないわ、知ってもらってからどうするか決めて欲しいの」
ただ俺が動ける言葉をくれた、それだけは確かだ。
とても真っ直ぐな真冬らしく、握手をしようと手を伸ばしかけるが、俺の体質を思い出した彼女は慌てて引っ込めようとした。
が、俺は触れるのを押し切って真冬の手を握る。
「……変なところで無理しなくてもいいのに」
「お、おおおお男にはカッコつけたい場面というものがあってだな」
「男って面倒な生物ね。……この握手はOKって受け取っていいのかしら?」
「ああ。とりあえず明日はよろしく」
「そ」
――――ありがと。
お礼はボソっと、とても小さな声で聞こえた。でも真冬はちゃんと“ありがと”と言ってくれた、今はそれだけでも十分だ。
「ま、あんたに借りを作るのは癪だから、いつか利子をつけて返すわ。期待して待っていなさいよね」
「あーはいはい、期待しておきますねー」
「何よそのまるで期待していないって態度は! むきゃー!」
そして気が付いたら騒がしい真冬に戻っていた。むきゃー! は口癖なのだろうか? そこんところは謎である。
用事を終えた真冬が俺の部屋から出ようとドアノブに手をかけた時、彼女は何かを思い出したかのように動きを止めた。
そして振り返らず俺に背を向けたまま、感情を読み取れない平淡な声で、
「姉様に見合う男なんていないわ。だから誰であろうと基本的には認めない、それだけはこの先も変わらないと思う。――――でも、あたしはそんなに難易度高くないかもね」
なんて意味ありげなことを口にして行ってしまった。
女心というものはよくわからない。真冬だってモテそうだから、難易度低いわけがないだろうに。
それとも……いや自意識過剰か。
まぁ秋穂さんのため―――になるかはわからないが、あんなに一生懸命な真冬の力にはなってあげたい、そう思う今の気持ちは確かだ。
周りが寝静まったころ、俺は楓夏の部屋を訪れていた。
「来ると思いました」
「流石はマイシスター、俺のことはよくわかっているようで」
夜這いに見えなくない行動なのにベッドの上に座ったままの楓夏は、いつもどおりの妹で接してくれる。
何故ならこれが“そういう行為”じゃないと知っているからで、むしろ来なければ怒っていただろう。
“困ったことがあれば相談しよう、辛いことがあれば甘やかそう。”―――俺と楓夏が結んだ約束を守っていない、と。
秋穂さんと話し、真冬に協力を仰がれたあと、俺はきっと困ったことを抱えている顔をしていたに違いない。楓夏には余裕でばれていたと思う。
そんな日は一日が終わるほんの少し前の時間、静かな合間に俺と楓夏は二人で話をすると決めていた。
普段は駄妹とか言っているくせに、いざとなれば頼ってしまう駄目な兄。そんな俺でも楓夏は味方でいてくれた。
けして自分の欲を優先せず、
楓夏のベッドに座り、背中合わせ。間に枕を挟んでいるのが俺たちらしいというか、ちょっと間抜けというか。
「秋穂さんのことですか?」
「……俺の妹は本当になんでも知ってるなぁ」
俺がどう切り出そうか悩んでいたところを、あっさりと乗り越えるどころか内容まで当てちゃう妹殿にたじたじになる。
「秋穂さんのことどうすればいいかねぇ」
「私にもわかりません、わかるのはきっと兄様だけです」
「そっか……」
いっそのこと、このままでもいいんじゃないか? と思う弱さが出てきた。
別に何の不都合もないどころか、俺にとってはメリットばかりだ。だって、あんな美人が俺の事を異常なまでに好いてくれる、それこそ秋穂さんは望めばなんだってしてくれそうだ。
まるで男の夢を形にしたような
「なぁ、このままじゃやっぱ駄目なのか? 秋穂さんのためになるとも決まったわけじゃないし、何もしない方が――――」
……でも、
「駄目です。どんな形であろうと兄様が甘えてしまうのは、それだけは許しません」
そんなの楓夏が絶対に許さない。
「私の兄様は私のために兄様でいてくれると約束してくれました。私の兄様は自分の欲や都合に負けて、甘えてしまうような
私は兄様のことを世界中の何よりも信用しています。兄様が、
たとえ、世界中の全てが兄様のことを否定しても、私だけは兄様の味方です。
ですが……――他の全てが兄様の甘えを許しても、私だけは兄様の甘えを許しません」
これが俺の義妹、大和谷楓夏。
暴走して兄を求めるのも、俺に絶対の信頼を置くのも、全ては俺が楓夏の
楓夏をこうしてしまったのは俺だから、俺は楓夏の兄様であり続ける。
兄である俺は一線を超えないと決めた。妹の前では楓夏が信じ、俺が思う兄であり続ける。
「……ま、そうだよな。俺は楓夏の兄だ、頑張らなくちゃいけないよな」
「はい。兄様のためでしたら、私は何だってします。ですから困ったら遠慮なく頼ってください」
「頼りにしてますぜマイシスター。んじゃ手始めに親父にもそれとなく秋穂さんのこと聞いてくれ、どうせそっちには電話かけてくるだろ?」
「ええ、鬱陶しいくらいに。ではお父様から情報を引き出すのは任せてください」
相談……というよりは背中を無理やりにでも押してもらいたかったという目的は達成したので、ベッドから離れようとした。
が、楓夏に服の裾を掴まれ立ち上がれない。
「も、もしかして楓夏さんや暴走して……」
「暴走とは失礼な。これは、その、妹なりの甘えです。いい雰囲気なので、もうちょっと妹を甘やかしてもいいんですよ?」
そう言って楓夏は俺を無理矢理隣に座らせた。
先ほどとは違う位置で心臓の鼓動が激しくなるのがわかる。
今日の妹は甘えたがりだな~はっはっは! と余裕かましていますが、かなりピンチだ。
妹に手を出さない誓いは俺オンリーのこと。楓夏は別に一線超えても構いやしない、というか兄を逃がさないためにそうあろうとしている節がたまにある。それが暴走状態の楓夏だ。
で、今の楓夏は別に暴走はしていないが、
「兄様っ♪」
「あばばばばば……!」
純粋に火が点いたらしい。そういえば遠慮しないとか言ってましたね!?
甘える子猫のように身体を
同じ薬品を使っているはずなのに、楓夏から漂う香りは頭を痺れさせるほどによい。
いつものクールな顔は隠れ、あるのは可愛らしく微笑む女の子、先ほどからチラッと見える無防備な胸の谷間が気になって仕方ない。
「……見ます?」
「なっ!?」
俺の視線が谷間に向いていたことに気が付いた楓夏はパジャマのボタンを二つ開け、半開きにさせた。
ガッツリ見える北半球、油断すると鼻血が出そうなほどに破壊力がある。見ちゃいけないのに見てしまうのは男の性か……!
「見るだけで満足ですか?」
「ま、満足だぞ! って、何言わせんだマイシスター!」
「ちょっと触るくらいなら兄様でも大丈夫ですよね。――――触ってもいいですよ」
くすっ、と小悪魔のよう笑みを浮かべて晒されている北半球を俺に差し出す楓夏は、俺が知らない顔をしている。
こんなにも色っぽい顔ができたのか……と、大人の顔に圧倒された。
今まではこうなる前にわかりやすい暴走があったので逃げてきたが、今日のアプローチはまるで違って……いつもの楓夏が迫るからこその破壊力というものがある。
「私は秋穂さんと違ってこれ以上は望みません。……でも、ちょっと過激なイチャイチャくらいは求めちゃいます。このくらいなら兄さんだって妥協できますよね。だから、ね、兄様?」
そう言って楓夏は三つ目のボタンを外そうと手を伸ばす。
そこは最終防衛ラインだ、ここを開けられると色々と見えちゃって俺も我慢できずに触れてしまうだろうし、そのままあれよあれよ18禁になっちゃう! 最後までなくても18禁はあるんだよ!!
うおおおお、気合いを入れて立ち上がるんだ俺の理性! 負けんなぁ!
―――――結果、立ち上がったのは理性ではなく愚息でした。
「頑張って理性を保ってくださいね、兄様。……まぁ、私はどちらでも転んでも構いませんけど♪」
◆
拝啓 クソ親父殿
貴方の息子である大和谷蒼春は本日も元気です。ただ、このモノローグのような意志がクソ親父殿にもし届くのであれば言いたいことがあります。
貴方の息子は頑張りました。とても、とても頑張りました。
結果、どうにかまだ童貞です。偉いですよね、え、偉くない? なめんなふざけんなこのやろう、俺がどれだけ我慢して―――――!!
……これ以上はキリがないので、ここからは親父殿にメールで届ける内容をお送りします。
『親父殿が用意してくれたハーレムという名のイジメ、売られた喧嘩は五倍にして返せという過激な教えに従い甘んじて受け、その喧嘩買います。
これを読んでいる時は上手くいったと、遠くからほくそ笑んでいるといい。しかしテメェが帰ってきた日には、予想していた結果を遥かに超えたモノを突き付けてやるから覚悟しやがれこの野郎!
というわけで親父が帰ってくるまで大和谷家は俺が責任をもって守るので心配しないでいいから。あーあと、これからも楓夏には電話してやってくれ、内心では喜んでいるだろうし。
んじゃ、身体には気を付けて。大和谷蒼春より』
『追伸。おっぱいバンザイ』
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