第8話 問題児の集まり

 四人揃ってのはじめての夕食。

 それはもう一言では語りつくせない、深く濃いモノだった。

 真冬が――……一方的に、楓夏に言葉でフルボッコにされるだけの夕食物語。

 ……ああ、うん、すまん、余裕で語れる内容だった。

 そんなこんなで夕食後のんびりタイム。

 楓夏という天敵が片付けで席を離れているのと、秋穂さんがお風呂でいないことをいいことに、元気になり始めた真冬が騒ぎ始めたあたりからスタート。


「今さらだけど自己紹介はいるかしら? いるわよね、必要よね、そうよね、こんな可愛い子がいるもの、気になるはずよね! して欲しいなら自己紹介してあげないこともないわよ?」

「名前は知ってるから別にいい」

「いろいろ教えてあげるから聞きなさいよー! 聞いてよー!」


 わかったことその一、真冬は構ってちゃんでめんどくさい。

 ドヤ顔と半泣きを交互に繰り出すポンコツ娘(俺調べ)は、よほど無視されたくないのか涙目で俺の服を掴んで揺らしてくる。


「わ、わわわかった、わかったから、俺に不用意に近づかないでくれ!」

「ふん、最初から素直になりさいよね、まったく」

「楓夏―、ちょっと来てくれー」

「あたしが悪かったわ、だからあの子だけは許してぇ……」


 よほどのトラウマを植え付けられたのか、楓夏の名前を出すだけで震えだす真冬。もう既に力関係は、はっきりしているようで。 

 怯えた小動物のようにこそこそと楓夏が来ないのを確認した真冬は再び、胸を張って喋り出す。

 ……秋穂さんと違って張る胸はないようだけど。


「それじゃ改めて。あたしは篠戸瀬真冬、全ての寵愛を受ける女神、秋穂姉様の妹で、歳はあんたと同じよ。だから堅苦しくしないでいいわ、私もその方が楽だし。……とういうか、既に扱いが雑なのは気のせいかしら?」

「気のせい気のせい」

「そうよね、気のせいよね!」


 気のせいなわけないが、誤魔化す。とてもちょろい。


「ま、あたしのことなんてどうでもいいの。それよりもここからが本題! ――――……姉様が病気だってこと、あんた知ってる?」

「び、病気?」


 そんなの聞いていないぞ!? 突然すぎる知らせに胸が苦しくなった。

 あんなにも元気で明るい秋穂さんが病気なんて到底思えない。……でも、語る真冬の瞳は真剣で、嘘はついていないのだろう。

 何の病気なのだろうか? それはちゃんと治る奴なのか? もしかして死に至る病気で……だ、だから、強引にでも俺に迫って…………


「それなのに……クソッ、俺はなんて酷い奴なんだ!」

「そうね、あんたは酷い奴ね、うんうん」


 真冬は秋穂さんのことをどこまで知っているのだろうか? もしかして、今日の朝会えなかったのは受け入れてもらえなかったことを真冬に相談していた……?

 強引にならなきゃいけないくらい、あの人は追い詰められているってことなのか。

 ……俺は自分の意志を曲げるべきだったかもしれない。どうして俺は難しく考えてしまったのだろうか……今からでも遅くないか? 秋穂さんの想いに答えられるだろうか?


「俺、秋穂さんのところに行くよ」

「……へ? ど、どうしてそうなるのよ! 姉様、今お風呂入っているのよ!?」

「それがどうした!? 強引にでも繋がろうとしてくれた秋穂さんに報いるなら、俺だって強引になってみせる。じゃなきゃ、俺は俺を許せない、あの人の想いに―――!」

「あんたがそんな変態なことするから姉様の病気が悪化するのよ、バカバカ!」


 ……ん? ちょっと待ちなさいよ神様ジーザス、会話が噛み合ってないぞ。

 そもそも真冬からは真剣でこそあれど、悲壮感がまったく伝わってこない


「ちなみに聞くけど、秋穂さんの病気って何?」

「決まってるでしょ……あんたが関わると姉様途端に人が変わること!! もう、頭からネジが十本くらい抜け落ちたくらい、恋愛脳? というか、蒼春脳? になっちゃうのよね。

いつもは女神が如く、周囲にから偶像として崇められる人なのに……これを病気と言わずしてなんて言うの?」


 はっ、と鼻で笑う仕草も相まって自分の額に青筋が立ったのがわかった。

 ほほー、なるほどなるほど。秋穂さんのことはよくわからんが、とりあえず秋穂さんが重い病気じゃないってことと、こやつは俺のことが嫌いだってことだけはわかった。

 この姉至上主義シスコンは兎に角も、俺を秋穂さんに近づけたくないらしい。


「はっはっは、確かに秋穂さんはちょっと重症かもな~」

「ふふ、やっと理解できたようね。姉様ほどの人があんた程度・・・・にご執心なのがもう病気なのよ、だから姉様の病気を治すの手伝ってくれる?」

「はっはっは、その程度である俺が治し方なんてわかるわけないじゃないか~」

「それもそうね。あたしとしたことが何を言ってるのかしら、あははは!」

「はっはっは、そうだろ~? だから、今の話、ぜ ん ぶ、そっくりそのまま楓夏に相談してくるからちょっと待ってろなっ♪」

「……はい? え、えええええ、ちょっ、待っ――――」


 もはや堪忍袋がなんとやら、青筋先生がビキビキ大騒ぎして「もう我慢無理っす限界っす」と騒いでますので、行動しちゃいましょう。

 状況を理解し始めた真冬が顔を青くし、ガクガグと足を震わせて許しを乞おうとしていた……が、時すでに遅しとやら。

 俺の服を掴んで動きを止めよとしていた真冬の動きが、時間が止まったかのようにピタリと止まる。口をあけたまま見つめる先には、


「兄さん、お風呂次に入ってください。……真冬この人の相手は私がしておきますので、ええ、たっぷりと、徹底的に」

「あわあわわあばばっば」


 底冷えするような氷の目をした楓夏が立っていた。

 時間が動き始めた真冬は足どころか全身を震わせ、恐怖のあまりもはや人語ではない何か口走っている。

 なので真冬が聞きたいであろうことは代わりに俺が聞いてあげましょう!


「どこから話聞いてた?」

「最初からですよ。だって、この人声大きいですからキッチンまで話声が筒抜けですし」

「そりゃそうか」


 はい、トドメです。

 しまったー! と頭を抱える真冬ポンコツを、圧倒的上位捕食者たる視線で射抜く楓夏。


「私はこの世でどうしても我慢できないモノが三つあります。

 一つは冷えたピザ、もう一つは温いコーラ。

 ――――そして最後は兄を馬鹿にした発言です」

「ひ、ひぃ!」


 楓花、ピザ好きだもんなぁ。……まぁ、真冬にとってはそれどころじゃないけど。

 最後に真冬が絶望した顔で腰を抜かしたのを確認し、こそこそ避難じゃなくて、風呂に入る準備をするためにリビングを後にした。

 その後、けたましい悲鳴が大和谷家に響いたのは言うまでもない。




  ちゃぽん、と水が滴り落ちる音が浴室に響く。

 湯船に浸かりながら、何気なく天井を見つめているといろんなことが頭の中に浮かんだ。

 たとえば今後の予定。あの様子だと真冬も早くて今日か、明日にはこっちに合流するだろう。そうなれば親父が用意してくれた、俺のハーレムとやらが完成する。

 身内に“病気”と言わせてしまうほど、俺に執着する秋穂さん。

 そんな姉を心配し、敵意のような感情剥き出しにしている真冬。

 ……そして、親父が枷を外しちゃったせいで歯止めが効かなくなった楓夏いもうと

 どれもこれも、なーんか親父の手のひらの上な気がしてならないんだけど、傍から見りゃ美少女に囲まれ立派なハーレムだ。

 何も考えずハーレムを満喫しろってか? 無理無理、体質的にも、俺的にも。

 ならどうすればいいんだろうか俺は。答えを持っていそうな親父やつはハーレム終了まで帰ってこないだろうし。


「わかんねー」


 はぁ、と大きくため息をついて浴槽にもたれ掛る。自分の家なのに、こうして風呂場でぼーっとしている時が一番落ち着くとはねぇ。

 その安静も束の間だろうな、と思っていたら案の定、騒ぎが向こうからやってきた。


『ハルくーん、入るねー』


 予定調和のようにやって来たのは秋穂さん。扉越しに聞こえてきた弾む声を聞いて大きく嘆息する。

 こっちの意志も確認せず、入ってこようとする根性はある意味流石だけど、まぁそれを予想していないわけがない。


『あ、あれ、開かない……鍵かかってる』

「そりゃ鍵かけますよ」

 

 秋穂さんがいなくても楓夏がやってくることあるし。

 侵入は諦めたようでドアノブを捻る音は止むが、かわりにストンと秋穂さんが床に座る音が聞こえた。


「出待ちですか!?」

『ううん、違うよ。いい機会だからお話するのもいいかなって思ってね、壁越しならハルくんも平気でしょ?』

「あー、なるほど。話すのは構いませんけど、楽しいこと言えませんよ?」

『いいのいいの。私はハルくんとお話しできるだけで満足だから』


 あまりに直球な好意に恥ずかしくなる。壁越しで助かった、危うく顔を真っ赤にしているところを見られて弄られるところだった。


「じ、じゃあ何話しましょうか?」

『何でもいいよ~、と言いたかったけど、もしワガママ言っていいならハルくんのこと聞きたいな。今日までにあった出来事とかすごく聞きたい』


 俺のことか。自分のことを話すとなるとちょっと躊躇いもあったが、期待で弾む秋穂さんの声を聞いていたら断るという選択はなくなっていた。

 では、僭越ながら自分語りでもしますかね。なんて、キザなことを思いつつ、ゆっくりと喋りはじめる――――




『へぇ、流石は楓夏ちゃん。モテる妹をもつと大変だね』

「まぁ慣れっこですけど。楓夏との間を取り持って欲しいと何度頼まれたことやら……」


 話しはじめてそこそこ経ち、会話の内容は最近のことになっていた。

 もっぱら、俺の学園生活といえば楓夏関連のことばかりだ。俺以外の話でも、秋穂さんはしっかりと聞いてくれるので語る口も流暢になる。


『ふふ、ハルくんは優しいから断る相手にも気を遣ってそう。……ハルくんはさ、彼女は欲しくないの?』

「……欲しくない、といったら嘘になりますね」

『ってことはやっぱり体質のこと気にしてるんだ』

「そうですね」


 他にも自分が誰かと恋仲になっていることが想像できないってのもあるけど、体質のことがやっぱ一番大きい。

 楓夏みたいにモテるわけじゃないから、彼女云々で気にすることはなかったけど、仮に本気で誰かと恋仲になれそうでも俺は一歩踏み込まないと思う。

 ……絶対に後悔させてしまうから。好きな人にそんなこと思わせることだけは死んでも嫌だ。


『じゃあさ、治ったら私とのこと恋人候補としてちゃんと考えてくれる?』

「治った先のことは想像さえできないので断言できませんけど、きっと意識しちゃいますね。秋穂さんこそ今まで彼氏とかいなかったんですか? むしろ、周りが放っておかないと思いますけど」


 俺も普通に青春して普通に男やっていたなら、初日で陥落していたに違いない。

 だから今言った言葉はただの本音で何気ない一言、

 

『うーん、ハルくん以外の男性ひとに好意もたれても、私にとってはどうでもいいんだよね。だってハルくん以外は必要ないもん・・・・


 でも、返ってきたハードパンチ返事で、一瞬言葉を失った。

 俺以外必要ないって……?


『むしろ、これからハルくんと一緒に過ごせるだけで私は十分幸せだから、恋人はいらない。邪魔されたくないしね。―――あー、そうそう、夏休みが終わってからの話なんだけど、私たちが家に帰っても毎日遊びに来てもいいかな?』

「……」

『? どうしたのハルくん? あ、お風呂長すぎてのぼせちゃったかな、大丈夫? おーいハルくーん?』

「あ……だ、大丈夫です! あー、えっと、俺もう出ますね」

『りょーかい、それじゃまた後で』


 そう言って会話を切り、秋穂さんが離れていく音を確認してから大き嘆息する。

 すぐ今まで他愛のない会話をしていたはずなのに、ふと見えてしまった違和感。

 変態とか、そんなのじゃなくて、“変”だと感じさせる秋穂さんの一面を知り、なんて言葉を返せばいいかわからなくてっていた。

 

「……はぁ」


 とりあえず、落ち着こう。よくよく考えると、いろんな情報のピースが頭の中で繋がる。

 秋穂さんが親父に言われていたという俺と会っちゃいけないって話、真冬が言っていた病気のような変わりよう。秋穂さんには何かありそうだ、それこそ俺みたいに変な事情が。

 あくまでも“そんな気がする”だけで、断言はできないけど、秋穂さんが普通じゃないのは確か。


「何がハーレムだ、クソ親父め」

 

 愚痴りたくもなる。親父の意図が何となく読めたきたから。

 だってこれハーレムじゃない。……ただ問題児を一か所に集めただけだ、俺を含めて。






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