第7話 仁王立ちのあの子は

 


 俺にとっては地獄のような買い物タイムも終わり、帰り道。

 “三人”で、という単語ばかり考えていたので思い出したのだが……残る一人、四人目である秋穂さんの妹さんはどうしているのだろうか?

 ふと気になったので秋穂さんに聞いてみると、


真冬まふゆちゃんならまだ来ないと思うよ。もともと、こっちに来るの否定的だったしね。予定ギリギリまで来ないんじゃないかな」


 私は我慢できずに来ちゃったけど! と無邪気な笑顔で教えてくれた秋穂さんの言葉を聞いて、ちょっとだけ安心した。

 否定的ってことは秋穂さんと違って普通と思ってもいいんだよな? 変態が増えないのなら、俺としては大助かりだ。

 

「……その妹さん、もしかして黒髪のショートボブだったりしますか?」


 そんな時である、突然何かを思い出した様子の楓夏が口を開いたのは。


「そうだよ、楓夏ちゃん会ったことあるの?」

「ないですが……なるほど、見たことはありますね」

「「?」」


 よくわからない俺と秋穂さんは頭にハテナマークを浮かべる。

 そんな俺たち、というか俺を楓夏は同情するような目で見た。

 ……嫌な予感しかしない。よし整理しよう、黒髪のショートボブで秋穂さんの妹、ってことは顔も似てるんだよな。

 秋穂さん似の黒髪ショートボブ? あれ、どっかで見たような……――――


「ふふ、あーはっはっは! やっと見つけたわ、大和谷蒼春ッ!! さっきは上手く逃げ果せたみたいだけど、今度は逃がさないわ。ここで会ったが百年目ッ!」


 そうそう、あんな感じで仁王立ちしていた変な子がまさにそれ。

 ってあれ? あの変な子がどうしてここにいるの? というか、どうして俺の名前知ってるの?

 その時、パズルのピースが組み合わさったようにあることが頭に思い浮かんだ。……ああ、なるほど、楓夏のあの目はそういうことね。

 完全にこの後の展開が読めたので口元が引き攣った。

 変な女の子は道のど真ん中で仁王立ちし、俺たちの進行方向を完全に塞いでいる。

 その子は秋穂さんとは違うベクトルだが、黒髪ショートボブのスーパー美少女。

 そりゃそうだ、だって雰囲気は違えど、顔のパーツは秋穂さんそっくり。……つまり、


「何してるの真冬ちゃん?」

「さぁ覚悟……――って、な、ななななぜ姉様がここに!?」


 彼女が最後の一人で四人目、秋穂さんの妹である篠戸瀬真冬しのとせまふゆなのだから。




「妹も千差万別、私のような妹もいれば真冬あんな妹もいるのです。ですが、お願いします兄さん……妹に絶望しないでください! 兄がいなければ妹はああなってしまうんです、頭がおかしくなってしまうんです!!」

「ちょっと待ちなさい、今のは聞き捨てならないわ! 誰が頭おかしいですって?」

「貴女のことですよ、篠戸瀬真冬」

「むきゃー!」


 むきゃー、とか口にする人類はじめて見たぞ……?

 と、新たに現れた四人目のキャラの濃さに胸やけを覚えつつ状況を整理する。

 突然現れた篠戸瀬真冬は秋穂を連れ帰ると言い出すも、その場で一刀両断された。

『私、絶対帰らないよ』

 とまぁ、愛する姉? に裏切られた(真冬いわく)彼女はその場で座り込んで号泣、連れて帰るのに一苦労した。

 帰ってからも一騒ぎを起こすものだから楓夏がブチ切れ、これまでの奇行を合わせて言及されているのが現状である。

 妹vs妹の戦争はどっからどう見ても楓夏が優勢であり、このままだと篠戸瀬真冬が一方的になじられて終わりそうだ。

 ちなみに姉の方はというと、


「お腹空いたね~」


 まるで無関心、哀れ篠戸瀬妹。

 せっかく姉のために頑張っているのに報われないのはちょっとだけかわいそうだ。俺くらいはもう少し楓夏に優しくしてやるべきかな。


「ま、貴女と私とでは愛情が違います。私は兄様に愛されていますからね、唯一無二の愛を注いでもらっていますからね、もう子作り秒読みなくらい愛し合っていますからね」

「むきゃー!」


 うん、やっぱさっきの無しでお願いします。

 ……っと、妹キャットファイトを見ている場合じゃなかった。

 問題児は楓花に任せたので、今日の晩飯当番は俺ということになる。

 何を作ろうかな? 冷蔵庫の中を物色していると、秋穂さんが興味津々といった様子で俺を見つめていた。


「そう見られると作りづらいです」

「まぁまぁ、私のことは気にしないで作ってよ、ね? あーそうだ、晩ご飯美味しかったら、ご褒美あげちゃう。でも、美味しくなかったら罰ゲームです!」

「ちなみに内容は?」

「ご褒美は、わ た し ♪ 罰ゲームはハルくんのはじめてをもらいます!」

「それどっちに転がっても結果変わんないですよね!?」


 もう料理する前からどっと疲れた、出前にしていいかな?

 まぁそんなことしたら今度は楓夏に何を言われるかわからないので、秋穂さんをスル―しつつ、料理を開始する。

 今日はカレーだな。材料、難易度的にも最適解だろう。


「家庭的な旦那さんもいいなぁ。あ、ハルくんが望むなら私が働くのもいいね、主夫もありだよ」

「…………」

「エプロン姿のハルくんを後から抱きしめ、「今日の晩ご飯はアナタがいいなっ♪」って耳元で囁いて、押し倒してもらうの! でね、でね、ニンジンよりも、貴方の逞しいにんじ――――」

「カットオオオオ!」


 後ろでくねくね蠢く変態どうにかしてよ! ろくに料理もできないよ!?

 ぐ……っ、楓夏は動けそうにない。俺はこの変態をいなしつつ、カレーを作り上げなければならないのか。

 ―――それはとんでもなく厳しい道のりだ。

 しかし、高い山ほど登り切った時の達成感は素晴らしいはず! いいぜ、やってやる、この困難を乗り越えて最高のカレーを作ってやるッ!


「冗談はさておき、私も手伝うよハルくん。材料を見るにカレーだよね? ふふん、お姉さんに任せなさい!」

「あの、いきなり下山されると拍子抜けといいますか……」

「へ? 何の話?」

「いえ、何でもないです、はい」


 知られてはいないのに死ぬほど恥ずかしい今日この頃。

 もういっそのこと誰か恥ずかしい俺を罵ってくれ……


 多分、というか絶対に秋穂さんは俺より料理が上手い。

 野菜を切るのはもちろん、その他も俺よりはるかに要領よくやってのけるものだから、これじゃどっちが料理当番なのかわからない。


「秋穂さんって普段から料理するんですか」

「今まではほとんどしてなかったけど、ちょっと前から料理の勉強はじめたんだ~」


 触れないよう肩を並べながらキッチンに立つ光景は、もう少し寄り添えば恋人に見えるのかもしれない。少しだけ意識してしまい気恥しくなった。

 横目でちらっと秋穂さんを見ると、カレーの味見をしている。

 髪をかきあげ小皿を唇に運ぶだけの仕草なのに、見惚れてしまい思わず息を飲む。些細なことでさえ、男を魅了してしまうほどに秋穂さんは綺麗だ。


「ん、美味しい。ハルくんも味見する?」

「それじゃお言葉に甘えて……ッ」


 ふふ、と小悪魔めいた笑みを浮かべた秋穂さんを見て気が付く、これ間接キス。


「え、えーっと、その」

「勿体ないから、ちゃんと食べてね。……ね?」


 じーっと俺を見つめて逃がさない今の秋穂さんはさっきまでの変態さんとはまるで別人で、一枚上手のお姉さん。

 ……誰だよ、秋穂さんの扱いに慣れたって言った俺は、まるで手も足も出てないぞこの野郎。

 しかし負けっぱなしというのも男が廃るので意を決して味見する。


「お、美味しいですね」

「うん、それはよかった。ふふ、ハルくん顔真っ赤だよ。可愛いなぁもう」


 正直、味なんてわかないくらい緊張していたので、可愛いと言われても反論できない。

 そんな俺の反応に満足した様子の秋穂さんは、今にも鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌で料理を続ける。

  

「この先もハルくんと料理できるといいなぁ……ふふ」


 ぼそっと小さな声で呟く秋穂さん。多分、それは意識したものじゃなくて、なんとなくの独り言なんだろう。

 でもその威力は絶大で、耳まで熱くなっているのがわかった。

 好意を向けてくれるのは純粋に嬉しい、秋穂さんほどの人なら尚更だ。でも、本当にどうしてこんなにも俺によくしてくれるんだろうな……?


「考え事しながら料理するのは危ないぞーっ、はむっ♪」


 と、俺もつい考え事をしていたせいで、ぼーっとしていたところを秋穂さんに弄られる。

 その内容が耳を甘噛みされるという、ぶっ飛んだものじゃなきゃ可愛らしい悪戯ですんだんですけどね!?


「あほやあああああう!?」


 当然のことながら、生温かい感触と触れられたことで人語とは思えない悲鳴をあげる俺。

 どう考えてもこっちの方が危ないと思うんですけどねぇ!? というツッコミさえ口にできず、腰を抜かしてぺたんと床に座り込んでしまった。


「……ほうほう、これは中々にえっちなシチュエーションだね。ぐふふ~」


 草食獣を目の前にした肉食獣が如く、獰猛な瞳で俺を見下ろし小悪魔のような笑みを浮かべる秋穂さん。

 この光景も少女漫画とかで見たことあるぞ! ヒロインが上から唇を奪われたり、そのまま組み伏せられてあれやこれやな感じになる場面ですよね? どうしてヒロイン位置に毎回俺がいるの? ねぇ!?

 だがこのまま少女漫画のようにいくはずもない。なぜなら近くに妹ズがいるのだ、少なくとも楓夏が止めに入ってくれーーーー


「這いつくばって許しを請えば考えないこともないですよ?」

「むきゃー!」


 まだやってるよあの二人!? しかも篠戸瀬妹に関して言えば「むきゃー!」しか口にしてないし、人の言葉忘れたのか?


「よそ見しちゃだーめ。ふふ、ぞくぞくするなぁ……」

「あばばばばば」


 助けを呼ぼうにも既に時遅し。

 秋穂さんの細くて白い指が喋らせまいと俺の唇を塞ぎ、逃げようにも足が動かない。

 秋穂さんは中腰になり、空いている手で俺の頬に触れ、覗き込むようにして俺と目を合わせる。吐息が感じられるほどに近く、薄桃色の綺麗な唇に吸い込まれそうになった。


「ハルくんはキスしたことある?」

「…………」


 首を横に振ると秋穂さんは嬉しそうに微笑み、少しづつ距離を詰める。


「そっか、よかったぁ~。じゃあ私もファーストキスだからお互いにはじめて、だね」


 キス。という単語が何なのか、理解するのに数秒を要した。

 それだけ秋穂さんの色香が強烈で、俺の視界と意識を支配していたから。

 このままなら、俺は何の抵抗もできずにキスをされてしまうだろう、そのあとがどうなるかはわからないが。

 ――――……でもまぁ、そんなことを考える余裕があるということは、キスをしてないわけであって、お約束のように横槍が入ったのだ。


「むきゃー!」

「お前は本当にそれしか喋れんのか!」


 今まで石化したかのように固まっていた俺がついツッコミを入れてしまうような状況がやってきた。

 八重歯を光らせ威嚇する小者……じゃなくて、小動物のように篠戸瀬真冬が飛び掛かって来た。

 その滑空姿勢はまるでムササビのようで――――あまりに弱そうだからつい、


「ふん」

「むきゃー!?」


 飛んできた篠戸瀬真冬を巴投げしてしまった。

 投げられた勢いのまま冷蔵庫にぶつかり、そのまま地面に倒れて目を回している。

 あー……ついやっちまった。大丈夫か?

 と心配したのも束の間、投げられた本人は何事もなかったかのようすぐに立ち上がりピンピンしている。


「このあたしの奇襲を防ぐとは中々やるわね。褒めてあげるわ」

「そりゃどうも。むきゃーさんに褒められるなんて光栄だ」

「誰がむきゃーさんよ!? あたしには真冬って立派な名前があるの。ちゃんと名前で呼びなさいよ、呼ばないと泣くわよ!」


 もう既に泣きそうなのは気のせいでしょうか……?

 身体は頑丈でも精神面はへっぽこらしいむきゃーさんこと真冬さんは、騒がしいほどに表情をコロコロ変える。

 

「じゃあ真冬」

「真冬、さま」

「むきゃーさま?」

「名前で呼びなさいよばかー!」


 地団駄を踏んで半泣きする真冬を弄るのが面白くて、危うく嗜虐趣味に目覚めそうになった。

 ああ、なんだろうとても新鮮な気持ちだ。いつもは俺が酷い目にあっているが、こうして弄る側に回るのって素敵。

 なんてことを考えて変な顔になっていたのか、真冬の方から刺さるような視線を感じた。


「ふん、まぁいいわ、真冬って呼ぶのは許してあげる。でも、貴方が姉様に近づくのだけは絶対に許さないわ、絶対にね」

「……?」


 敵意……なのか? 睨むわけではないが、とても鋭い視線で俺を見ながら喋る真冬からは違和感を覚えた。

 拒絶されているわけではないが、近づくことを許さない刺々しい感情。ここ最近感じていなかった否定的な感覚に思わずたじろぐ……が、


「そんなこという真冬ちゃんは嫌いだよ」

「嘘ですごめんさい許してください仲良くしてください蒼春さま」


 秋穂さんの一言で即堕ち二コマよろしく、秒殺で折れる情けない瞬間を目の当たりにして、そんなのどうでもよくなった。

 

 余談だが、騒ぎで料理作りは中途半端になっていたが、そこは上手く楓夏が調理してくれたので夕食は美味しく頂けました。

 いいお嫁さんになれる自慢の妹です、お兄ちゃんも鼻が高い。


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