第6話 触らぬ神に祟りなし


 ただでさえ妹関連で目立っちゃうので、なるべく妹以外ではひっそりと過ごしていたい、そう思っているのが学園での俺だ。

 しかし、今回のように目立ってしまうのはもはや交通事故のようなもの。

でも神様がいるのなら言わせてほしい。……くだばっちまえこんちくしょうが! と。

 

 一階におり、昇降口で靴に履きかえて校門へ。ここまでは隣に妹がいるという点を覗けばごく日常的なシーンだ。

 しかし、校門のど真ん中で仁王立ちしている女の子を見つけた瞬間、バイバイ日常である。

 


「なんか変な人いますね兄さん」

「いいか楓夏、あの手の人物は触れないのにかぎる。触らぬ神に祟りなしってな」


 仁王立ちしている少女は周囲とは違う制服姿でこの学園の生徒ではない。

 それだけでも目立つというのに、とんでもない美少女という要素が加算され、更に注目を集めている

 とても真っ直ぐな瞳をした黒髪ショートボブの女の子で、明るい雰囲気から向日葵のようなイメージをもった。

 健康的な可愛らしさ、とでもいうのか、楓夏とも秋穂さんともベクトルは違うがこれまたどんでもなく可愛い。

 ここ最近、美少女ばかりで眼福だなぁ~、などと思っていた時、嫌な予感が頭の中を過ぎる。

 そういえばあの子、誰かに気持ち似ているような……顔の形というか、パーツが秋穂さんと似て――――

 

「……っ!!」


 触らぬようにしていたはずなのに、つい見てしまったせいで少女と目が合った。

 目が合った少女は俺の顔を見ると血相を変え、親の仇でも見つけたような形相で俺を睨む。

 あ、あれ、何か地雷踏んだ俺?


「やっと見つけたわ。ふふ、ここで会ったが百年目! さぁ、覚悟―――ってあれぇ!?」

「なんかわかんないけどさようならー」

「失礼します」


 とりあえず逃げることにしました。ええ、わざわざ関わる必要なんてありません。

 楓夏も賛成だったらしく、何も言わずに走り始めた俺にぴったりとついてくる。流石マイシスター、スペックの高さには驚かされてばかりです。

 どうもこっちのことを知っていた様子の少女は出鼻をくじかれたらしく、ぽかんと呆けていた。

 その後、やって来た生徒指導の先生方に連行されるところを確認したので歩きにシフトする。

 南無阿弥陀仏、そりゃ他校の校門のど真ん中で仁王立ちなんかしてたいらそうなります。

 

 



「予定外の出来事もありましたが、やっと兄さんとデートです」

「デートじゃない、買い物です。お買い物です。大事なことなので二回言いました」


 学園から少し歩いた場所にある商店街についた頃には、クールな妹殿の姿はどこかに消え去り、笑顔いっぱいの上機嫌なブラコンがそこにいた。

 隙あらば手を握ろうとする妹の魔手を回避しつつ、歩幅を合わせて歩く。

 手こそ握ってはいないが傍から見ればデートに見えるのだろう、刺さる視線はどうにもならんな、と諦めつつ目的地へ。

 

「愛し合う男女が二人で買い物をする、これをデートと言わずしてなんと言うのでしょうか? 兄様、兄様! 妹は休憩したいです、そうです休憩できる場所に行きましょう!」

「うわーい、ちょっと落ち着けマイシスター! ここ外だよ、お家じゃないよ、スイッチ入りかけてませんか!?」


 というかもう駄妹モードになってませんかねぇ!? 外でこうなるなんて今までなかったのにどうした一体?

 駄妹モードを学園の誰かに見られたら、それだけで俺の学園生活が終わってしまう……! いや、もう軽く終わっているけど、まだ希望は捨ててないよ俺!

 

「二人ならデート、じゃあ三人なら何になるのかな?」


 色々と絶望に呑まれかけていた時、俺と楓夏の間に割って入ってきた美人は今朝、姿を見せなかった秋穂さんだった。

 秋穂さんがやって来た瞬間、駄妹モードだった楓夏の顔は酔いが冷めたように一瞬で真顔に切り替わり、徐々に機嫌が悪くなる。

 そんな妹を前にして素直に助かったと喜べない今日この頃。

 

「何しに来たんですか変態」

「否定はしないけど、外くらいは名前で呼んで欲しいな」

「否定しないの!?」


 もちろんだよ! と真顔で秋穂さんはこっちを見るが、当たり前と言われても困ります。

 

「そうですね、確かに外でそう呼ぶのは控えましょう。兄さんまで変な目で見られるのは困りますし。……では改めて、何の用ですか篠戸瀬秋穂」

「フルネームだと他人行儀に聞こえるけど、まぁいっか。とくに用事はないよ~、偶然ハルくんの匂い……じゃなかった、姿を見かけたから来ただけだよ。二人は買い物? それなら、私も混ぜて~」

「いいで―――」

「お断りします」

 

 妹、兄の意見を聞く前に即断です。兄びっくり。その前の匂いって単語にもびっくりしたけどな!

 断られた秋穂さんは動揺するわけもなく、だよね~ってわかっていたようで、笑みを浮かべたまま、


「むー、それじゃ仕方ない。じゃあ、ハルくん私と買い物行こっか!」

「面白い冗談ですね。喧嘩売ってるなら買いますよ?」


 などと、あえて燃料を投下するものだから、楓夏の額に青筋がたった。

 一方の秋穂さんも譲る気配はなく、笑顔のまま楓夏と視線をぶつけ合う。わーい、バチバチ火花が見えるー!

 待てよ? このまま二人を放って逃げ帰ったらいいんじゃ……天才だったか俺!

 別に俺と買い物じゃなくても、楓夏と秋穂さん二人で問題ないはずだ!


「じゃ、俺は帰るからあとは二人で……」

「兄さん、帰ったら今日寝かせませんので」

「ハルくん、帰ったら今晩は一晩中付き合ってもらうよ~」

「お前ら実は仲いいだろ!?」


 なんでこんな時は息ぴったりなの、ねぇ!? 

 


 ――――……で、結局のところ。

 

「そこ、兄さんの手に触れたら刺しますよ」

「楓夏ちゃんこそ抜け駆けは駄目だからね?」

「…………」


 三人で買い物することになりました。

 ちなみに両手に花といわんばかりに、挟まれるような形で商店街を移動中。

 で、予想できたことでもあるが……

 

「……○ねばいいのに」

「呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪われろ呪呪呪呪呪呪呪呪キェエエエエエエエエエ!!」

「ああ、俺だ。大和谷蒼春っているだろ、妹が可愛いので有名の。……ああ、そうだ、今すぐ学園裏リストに記載してくれ。抹殺せねば、美少女を独り占めする奴は抹殺せねば……!!」


 あちらこちらから聞こえる怨念の声。どうやら月のない夜道は気を付けないといけないようだ。

 楓夏がいるだけでも目立つのに、秋穂さんまで一緒だとこうなるのは目に見えていた。もう胃が痛い。

 

「どうしたのハルくん、そんな疲れた顔して? 休む? 休憩しちゃう? むしろ体力使うかもしれないけど!」

「あーはいはい、休憩できる場所になんて行きませんからね。……秋穂さんの下ネタに慣れつつある自分が嫌だ」

 

 とまぁ嘆いていても何も始まらないので買い物続行。

 目的地である大型スーパーにレッツゴー! ……無事に辿り着けるのを祈ろう。

  


「あれと、ああ、これも必要ですね。あとはジャガイモ、玉ねぎ―――」  


 楓夏の指示を聞きつつ大量の食材が入ったカートを押して食品売り場を移動する。

 常日頃から大和谷家の家事を担当している楓夏の指示は的確で、無駄にうろうろすることもなく、目的の食材を次々に確保。

 ただ時おり秋穂さんが余計なものを入れては二人が火花を散らすので、それは本当に勘弁してほしい。俺の胃は今悲鳴をあげているのよ!


「―――これでよし、です。必要なものは揃いましたので、兄さんも欲しいモノがあるのでしたら遠慮せずに言ってください」


 買い物メモとカゴを数回確認した楓夏に言われ、欲しいモノを考えるがこれといったものはない。好物は楓花が用意してくれるし。

 そう思うと俺の妹ハイスペックすぎ! なんて考えていると、一番年上なのに一番子供っぽい笑顔で秋穂さんが手を上げた。


「はーい! 私買いたいのあるーっ! うなぎ、レバー、山芋、スッポン!」

「篠戸瀬秋穂は黙っていてください! 私は兄さんに聞いているんです。……それはそれとして、今言ったのは買っておきましょう」

「おい、そこ隠れて握手するのやめい。秋穂さんは握手した理由を喋ろうとするのやめい」


 変なところは気が合う二人、実は仲いいよね君たち? っていうかスッポンなんてあるわけ……あるんかい!?

 ちょっと予想外のことに驚きつつも、秋穂さんの扱いに慣れ始めてきた俺は、何となく下ネタが飛んでくるタイミングがわかってきたので、言われる前にそれを阻止。

 その証拠に言おうとしていたことを止められた秋穂さんは、ぶーぶーっと子供っぽく頬を膨らませ不満を漏らしている。

 どうよ、俺だっていつまでもやられてばかりじゃないんだぜ!

 

「ハルくんが私を上手くあしらうようになってきてる。……私、ハルくんにいろんなこと知られちゃって、まるで調教されてるような気分だよ、ぐへへへ」

 

 テレッテー! 蒼春はレベルアップ、秋穂の扱いが上手くなった! 秋穂の変態度が上がった!


「……俺、もうどうしたらいいのかわからないの」

「兄さん、変態には何を言っても意味はありません。どう足掻いても喜びますからね。その点、妹は優秀です。兄の思うままにカスタマイズ可能、愛を注げば無限大の可能性がそこにあります! さぁ、愛を注ぐために今日の晩ご飯はウナギやスッポンはどうでしょうか?」

「ふふーん♪ 私、知ってるよ~、その愛ってのはせいえ―――――」

「カットオオオオオオオ!」


 この下ネタマスターどうにかしてくださいよ本当に!?

 これ以上、この変態共と買い物をしていたら社会的に死ぬので危険発言を掻き消しつつ、カートをレジまで強引に運ぶ。

 悲しいことに変態共は白い目で見られず、変態発言を隠ぺいする為に頑張った俺だけが周りから白い目で見られるのだから世の中本当に理不尽だ。


「――――山芋、うなぎ、レバー、ニラ、ニンニク、スッポン、合計で、○○円です。」


 山のような食材を会計してくれるレジのお兄さんが、精がつく食材の数々をカゴに入れるたび刺さるような視線で俺を見る。

 わかる、言いたいことはわかる。後ろの見た目は美少女二人と俺の組み合わせを見て、本日はお楽しみですね、〇ねばいいのに! とか思っているんだろ? でも違うの、俺は違うの!


「ハルくん、これで明日までお楽しみできるねっ♪」

「それは私の専売特許です。篠戸瀬秋穂は引っ込んでいてください」

「もう本当に勘弁して、違うの、本当に違うんです……」


 俺のそんな心の叫びなんてものが届くはずもなく、変態二人がトドメの一撃を入れたことにより、周囲の視線が全て集まった。

 もうこの三人で買い物しない、絶対しない、絶対だ! と誓った今日この頃である。



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