第5話 妹だって甘えたい
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ふと昨日のことを思いだす。
秋穂さんに迫られ、なんとか自制心を保って振り切ったはいいが……今後のことを考えると悩みの種は尽きない。
昨日のことを気にしているのかはわからないが、秋穂さんと朝は会えなかった。
楓夏とは何を話したか知らないけど、その余波で朝飯は卵がけご飯オンリーだったし。
んー、考えること、というか問題は山積みだ。……だが、何よりもまず解決しなけらばならない問題がある。
「ああ、おっぱい」
「蒼春の奴、ついにイカれちまったか……!」
とても、とーっても欲求不満なのだ! あんな生殺し(自分で拒否っておいてなんだけど!)されたせいで、もう我慢の限界。
たくさん人がいる教室でついつい変なことを口走ってしまうのも欲求不満が悪い! 健康優良男児にとってエロスが足りないのは死活問題だ!
なんてな具合で軽く壊れ始めている俺を生温かい目で見る男子生徒が目の前に一人。
「俺は正常だ! 正常だからこそ問題なの、いろいろと!」
「具体的には?」
俺の変態発言を前にしても平然と対応しちゃう、こやつは
友人でありエロマイスター。俺の問題を解決してくれる(はず)、救世主だったり。
「かなーり欲求不満、もう限界」
「ああ、なるほど。確かに、あんだけ可愛い妹さんがいるなら欲求不満になるのも仕方ないよなぁ。同じ部屋に楓夏ちゃんがいたら、俺なら五秒で押し倒す」
「楓夏は関係ない。妹耐性は完璧だぞ」
体質と己が信念で長年鍛えていますので。
じゃなきゃ、あんな積極的に迫ってくる美少女と一緒に暮らせない。
「あれだけ可愛いと妹とかどうでもよくなりそうなものだけど。んじゃ、なんでよ?」
「昨日から従姉妹が
「あー、その気持ちわかるわ~。普段いない人間が家にいると警戒して発散できないよなぁ。でも、真の強者はその緊張でさ興奮する材料にするらしいぜ」
「そんな高みには至ってない」
「そりゃそうだな、蒼春チキンだし」
「誰がチキンだ!?」
そりゃ女子にまるで近づかない、触れようとしないせいでホモ疑惑かけられたこともあるが、別にチキンってわけじゃないし! 持病が悪いんだし! 本当だし!
俺の心の叫びを知る由もない雄二は、煽っているような笑みを浮かべている。
「女の子にまるで近寄らないチキン野郎が何をおっしゃいますか~……ま、冗談はさておき、つまり俺の秘蔵の品が必要ってことだろ?」
「流石心の友、わかってるーっ!」
ニヤニヤと悪代官のような笑みを浮かべる雄二と、越後谷よろしくな感じで卑しい笑みを浮かべているだろう俺。
いつものやりとりを終えた雄二は警戒するように周囲を見渡したあと、他の生徒に見えないように隠して鞄を開く。
その中身は少しの教科書と、勉強には関係ない数々の物資で埋まっていた。
「エロスの貧困に喘いでいる友のため、心優しい俺は宝物庫を開くぜ! さて、今回のリクエストは?」
「姉もの、巨乳、黒髪ロング! 守ってあげたくなるような可愛い感じならならパーフェクト!」
「今日はやけに具体的だな。えーっと、ちょっと待ってろよ――王道故に選び手のセンスが問われるってもんだ、腕が鳴るぜ!」
なんかいい感じのこと言っているが、要するに秘蔵のエロ本の貸し借りである。
エロマイスター(男子内での呼び名)である雄二は求められるニーズに答え、とても良い品物を提供してくれるのだ。
それなりの見返りと信頼関係が必要となるが、それでも彼にお世話になる男子は少なくない。
かく言う俺もその一人だ。体質的にも年頃の男子という意味でもこれらの
秋穂さんに迫られたことで溜まっているものは雄二に借りた品物で発散することにしよう。
部屋に籠っていれば流石に大丈夫だよな? ……だよなぁ?
「ところでさ、その従姉妹って年上? お姉さん?」
「そうだよ」
「美人?」
「めちゃくちゃ美人で可愛い。しかも巨乳」
「やっぱ貸すのやめるわ」
「なじぇ!?」
「あたりめぇだろ! そんな羨ましい環境にいる奴に貸すモノなんてねぇよ!」
「でもそのせいで欲求不満なんだよ!」
「知るか!」
おーねーがーいー! と泣き顔で嘆願する情けない俺と嫌がる雄二。
なんとも醜い絵図らだが、俺にとっては死活問題なので必死である。
そんな俺の必死さに根負けしたのか、雄二は一息ついて鞄から数冊本を取り出した。
「よーし、なら条件がある! これを聞いてくれれば――」
「何をしているんですか兄さん? 傍から見ているとアホの子ですよ?」
「「……ッ!?」」
予想外の訪問者に固まる俺たち。
横から声をかけてきたのは楓夏で、上級生の教室だというのに何食わぬ顔で現れた。
「ど、どどどどどうした楓夏?」
「や、やややややあ~妹ちゃん、いらっしゃい」
とてもじゃないが女子には聞かせられない内容の話をしていた俺たちは目に見えて動揺してしまった。
どう見ても挙動不審な俺たちを楓夏は氷のような疑いの眼差しで見つめる。
「アホの子から不審者にクラスチェンジですね。……とりあえず、ここはお約束として何をしていたのか尋ねるべき場面ですか?」
「はっはっは、何もしていなかったよ、なぁ
「そうだな、俺と
何かしてました! と態度で答える二人をジト目で見ていた楓夏だったが、諦めたのか、それとも察してくれたのか、わざとらしく嘆息し空気を切り替えてくれた。
「まぁいいです、妹はできた妹なので気にしないでおきましょう」
「そう言ってくれると兄は助かる」
ふぃ~、と安堵の息をもらす俺とは対照的に雄二は楓夏にばれないよう例のブツを隠すためにこそこそ動いていた。
とりあえず一安心。エロ本借りている場面を妹に見られるとか恥ずかしくて死ねる。
「で、どうした楓夏?」
「このあと買い物に行くので荷物持ちを手伝って欲しく来ました。
「了解、すぐに準備するから教室の前で待っててくれ」
「ありがとうございます兄さん」
快い返事を貰えた楓夏は微笑んだあと、隣にいる雄二にも会釈して教室から出る。そんな楓夏に集まる視線の数々。
我が妹ながらその人気と可愛さは罪作りだなぁ~、と思いつつ楓夏を見送ったあと、緩みきった表情でずっと手を振っている雄二を現実へと引き戻す。
「おーい、俺はもう帰るぞ」
「……はっ、意識がトリップしてたぜ。妹ちゃん可愛すぎ問題」
「知ってる」
「あーはいはい、シスコンおつおつ。でも兄としては気が気じゃないだろ? あれだけ可愛いと言い寄る男も山のようにいるだろうしな。何を隠そう俺もその一人だ」
「よーし、脱落させてやる」
「友人相手でも容赦ないよなお前は!?」
なんてアホなやりとりをしながら荷物をまとめる。
……まぁ楓夏がモテるのは事実で、そのせいで酷い目に合ったこともある。
言い寄る男子生徒はそれこそ山のようにだが、例外なく一刀両断してきたのが我が妹だ。
断るさい「身近に素敵な人がいるので、今はお付き合いに興味ありません」と決まって口にするらしく、その“身近な素敵な人”とされる人物は例の如く俺。
そのせいで“大和谷楓夏はブラコン”ということになっているが、それでも人気が堕ちる気配はない。 あくまで“常識的な範囲内でのブラコン”となっているからだろう。
家での楓夏なんて見られた日には俺の席はなくなっているに違いない。今の状況でさえフラれた腹いせに、ちょっかい出してくる連中がいるくらいだ。
なんで俺なの!? と思わなくもないが、まぁ楓夏が危ない目に合わないのならそれはそれでいいいか、と思ってしまうあたり何だかんだ俺も
「んじゃ、帰るわ。お疲れー」
「おーう! シスコンもほどほどにな!」
「うるせえ!」
そうして教室から出ようとした時、「あ」と何かを思い出した様子の雄二に背中越しで言葉を投げかけられる。
「あれ、入れておいたからあとで確認しておけよー」
あれ? あれって何のこと―――
「では行きましょうか兄さん」
「ん? あ、ああ、そうだな、行くか」
聞き返そうとして足を止めたところで楓夏が俺の意識を独占した。
何のことか気になったが、楓夏と一緒にいると集まる視線に耐えかねて歩きはじめる。見られているというのに、隣の楓夏はやけに機嫌がよかった。
昇降口は一階なので階段をおりる必要がある。
なのにどうしてか、楓夏は俺の服を掴んで階段を上がった。あれ、買い物行くんじゃ?
階段の一番上、屋上への入り口がある踊り場で楓夏は動きを止めた。警戒するように辺りを見渡したあと、今度はじーっと俺の顔を見つめる。
「どうしたんだ?」
「
外では基本的に“兄さん”と呼ぶ楓夏が“兄様”と呼ぶのはとても珍しい。今回の場合は楓夏のいう“兄様成分”とやらが冗談抜きで足りないのだろう。
ところで兄様成分って何? って聞きたいのは山々だがやめておこう。
飽きもせずじっと俺の顔を眺めている楓夏は、満足した顔で一息つくと腕に抱きついてきた。
つい「ひぃ」と情けない悲鳴を漏らし、冷や汗もかきはじめてきたが、楓夏は抱きつくのをやめようとしない。
「辛いのはわかりますが家に帰ったら邪魔されて甘えられないので、今くらいは妹に兄様の時間をください。その、甘えられないのが辛いのです……私だって女ですから」
「あばばばば」
頬を薄っすら赤く染める楓夏は抱きしめる力を強める。
小柄なわりに大きいな胸が否応なしにその存在感をアピールしていた。ああ、柔らかい感触を堪能したいのに、身体がそうさせてくれない!
でも……楓夏が俺に無理を強いるなんて本当に珍しい。楓夏なりにかなり自分を抑えていたんだろう、じゃなきゃこんなふうに甘えて来ないはずだ。
それなのに俺は気の利いた言葉を口にしないどころか、人の言葉じゃない奇声を発しているんですけどね!
「兄様……兄様……んんっ……兄様兄様ぁ」
はーい、そこ色っぽい声出すのやめようか! ちょっと股間に悪いんだけど!?
でも役得なので言わない、言えない。そ、それよりも……――
「い、いいい妹よ! そ、そろそろこのあとの予定に影響でちゃうくらいピンチ!」
ヒートアップして猫のように全身を擦りつけてくる妹の行動に兄大ピンチ! 失神しちゃう、しちゃうぞ!?
ちょっとして満足したのか、それとも顔真っ青な俺を見て諦めたのかはわからないが、妹は腕から離れると、ふやけていた顔を切り替え、いつものクールな妹に戻っていた。
「それでは今度こそ行きましょうか兄さん」
「この変わりっぷりには兄もびっくりだよ!」
生まれたての小鹿のようにプルプル震えている足に力を入れ、先に進む楓夏を追う。
何かを思い出したかのように立ち止まった楓夏はゆっくりと俺の顔を見て口を開く。
その時の楓夏は“可愛い妹”というよりは――……不覚にも可愛い女の子、として見てしまうほどにいい笑顔だった。
「言い忘れてましたけど、妹だってこれからは遠慮しません。ちょっとは覚悟していてくださいね、兄様♪」
何を覚悟するの? ねぇ、ちょっとねぇー?
聞いても答えてくれない、これもまた妹クオリティである。
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